転章 王の忠犬
突然ですが、ティア姫の母上の話です。
その頃・・・
当時、神聖騎士の中に騎士団長候補は二人いた。
実家の支配者・エリティアの弟子エミリアを孕ませ、結婚したばかりのバルディア・ティアムルと、
流れ者の人狼の少女ウィルである。
「まさか、こうなるとは・・・」
剣を構えるバルディア。
「両雄並び立たず・・・よく言ったものね・・・」
二人は、王立闘技場のステージに立っていた。
「しかし、なんとかならんか?騎士団長志望の理由・・・」
「い・・・いいじゃないの!陛下のお側にずっといたいってのは!」
そう。二人ともまじめで職務に忠実だが、バルディアは堅物。対してウィルは『ご主人様のためならば』というスタンスである。
バルディアの場合は、独り身を続けていたため、周囲は。「たまにはいいんじゃない?」という反応を示した。
しかし、ウィルは、そのまま拾われた犬である。
勝負は、一瞬でついた。
バルディアの勝ちである。
「ん・・・」
ウィルは、ベッドの中で目を覚ました。
「気がついたか?」
そこにいたのは、王その人。
「へ・・・陛下・・・!?」
「気がついたか?」
王は、にこやかな笑みを浮かべていた。
「あ・・・あの・・・騎士団長はどっちに?」
「バルディアだ。」
「えっ!?」
残念そうな顔をするウィル。
「しかし、適材適所という言葉がある。エリティア殿の予言で、大魔王がよみがえるという。ならば、次の王は強く賢い者でなくてはいかん。私は、自分の身は自分で守れる。が、国ともなるとそうはいかん。多くの騎士や兵の協力なくしてはな・・・そこで、皆を導き、自分の身を守れる次の王と、それを自身でできる女性を探していたのだ。」
「じゃ・・・じゃあ・・・騎士団長なんて選ぶ必要は・・・」
「うむ。まったくない。ただ、近年このトラルティアは多種多様の種族で溢れてきておる。よってここらで獣人の血を王家に入れても・・・と考えていたところ、行き倒れのそなたを拾った。」
「そ・・・それって・・・」
「うむ。余の一目ぼれというやつだ。あんまりそなたが騒ぎ立てるもので、こんな機会でもなければ余からは告白できなんだ。」
つまり、ウィルははめられたということに・・・
「それに、王妃の件を受けてもらうかどうか以前に、上には上がいるという事を身を以って知ってもらいたかった。」
そうして、流浪の狼は、トラルティア王妃の座におさまった。
周辺国特に、ウズドガルドからは『王の忠犬』と呼ばれた。
しかし彼女はそれに対してまったく怒るそぶりを見せず、言われる度に王に甘えて見せたという。