「湖の精霊-その心-」
「はじめまして。」
その声に、私はゆっくり目を開けた。
「はじめまして。」
視界いっぱいに見える青い光がゆらゆらと揺れていた。
それは水面の様に、淡く、綺麗だった。
「あなたは、誰?」
さくらの木よりとても小さく響く透き通った儚げな声が私の心に響く。
「私はシータ。
あなたを助けたいと願う者の一人。」
「私を助けたい・・・?・・・」
「そう。そしてこの町の人々も助けたいと思ってる。」
少しの沈黙。
「・・・・・・どうやって?」
その言葉に、私は申し訳なくなって俯く。
「ごめんなさい。実際、方法は解からない。けれど、あなたと話をして、その方法のヒントだけでも解かりたいと思っているの。」
そんな私に切なげな短い笑いが聞こえた。
「そうよね。そんな簡単な事じゃないわよね。
……ここは湖。
川や海と違って水はどんどん流れていく訳じゃない。
この毒に犯された水が回復するよりも早く私は消えてしまう。
きっと数日の間に。
そうしたら今度は私がこの地を更に荒らしてしまうのね。」
悲しい悲しい精霊の嘆き。
ずっと守ってきた地が、悪い人間によって汚されて、そのせいで自分の意思に反して今度は自分がその地を荒らしてしまう。
「そうならない為に、何か方法を考えましょう。」
私がそう言うと、湖の精霊はフーッと深く息を吐いた。
「あなたは不思議な人。
あなたが近くに居るせいかしら、なんだか少し気持ちが軽くなって来た気までするわ。
所で、あなたの胸の印は何?
精霊の力を感じるわ。
あなたはその印は、その精霊を助けたお礼に貰ったの?」
そう言われて、私は首を振る。
「違う。これは、私が助けたいと願っている精霊に貰ったもの。
私が他の精霊を助ける為にと私に授けてくれた。」
「ねぇ、その精霊は今、どうしているの?」
聞かれて、私はハッと一つの事を思い出した。
「ねぇ、あなたは眠りに付けないの?
この印をくれた精霊は、今眠りについている。
眠っている間力は使えないけれど、その間消える事は無いと言っていたわ。」
私の問いかけに、湖の精霊は頼りなげな声を上げた。
「解からない。
私も眠りにつけるのかしら。
きっとその精霊はとても力のある精霊なのね。
私は精霊が眠れると言う事も知らなかったし、誰かに自分の印を残すという事が出来ると言う事も知らない。それに、こうして人間と話が出来るという事も。」
精霊の言葉に、私は驚いた。
「もしかして、あなたを作った存在も知らないの?」
「自分がどうしてここにいるのか。
自分がどうして存在しているのかなんて解からないわ。」
私はこの精霊から色々聞けることを少し期待していた。
けれど私は、少しがっかりする気持ちを心の奥にしまい、再び話を戻す。
「・・・・・・あなた、眠ってみない?」
「けど、どうやったら眠れるの?」
「うーん。瞳を閉じて、心を静める感じ。」
「・・・・・・こんな感じ?」
実際見える訳じゃない。
けれど、少し私の周りの気が落ち着いて弱まった感じがしたので頷いて見せた。
「そう。そんな感じ」
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・っ!!
本当に少しずつだけれど気が弱まったのを静かに感じていたその瞬間、気が一気にざわめいた。
「怖い!!」
精霊の精霊らしくない声が聞こえた。
「どうしたの!?」
私も思わず大きい声を上げる。
「・・・・・・怖い。瞳を閉じて、心を無に少しずつ近づくのを感じた。
けれど、駄目。
瞳の裏に、焼きついている。
この湖に毒を放つ人間の姿。
この湖で苦しんで死んでいった魚の姿。
この湖の淵で、悔しそうに、悲しそうにたたずむ人々。
そしてこの湖のせいで争いを始める人々。
・・・・・・尽きる事の無い苦しみや悲しみが私の眠りを妨げる。
これ以上ここの人々を苦しめたくないのに・・・・・・。」
精霊の悲しみが私の胸を締め付けた。
「大丈夫。きっと眠りにつける。
私を信じて。
あなたの悲しみを少しでも解消してあげる。
あなたが素敵な未来を夢見られる様に」
うっすらと瞳が開くと、カイトの顔が見えた。
「シータ?」
カイトの静かな声に、私は再びゆっくり瞳を閉じる。
体が温かな物に包まれている。
私、カイトの腕の中・・・・・・
ぼんやりそう思う。
・・・・・・心地良い・・・・・・
「シータ?」
再び声を掛けられて、私再び瞳をゆっくり開いた。
「カイト・・・・・・」
ボーっとする頭で、カイトの名前を呟く。
そんな私を見て、カイトはホッと息を付く。
「良かった。目が覚めて。
2度目だけど・・・・・・目を開けるかが不安だった。」
真剣な瞳。
本当に私の事を心配してくれていたんだ。
「突然意識を失って・・・・・・
精霊の気が落ち着いたりざわついたりしていたから、きっと精霊と話をしてるんだろうと思ってその場で待っていたけど・・・・・・不安だった。」
苦しそうにそういうカイトを私はボーっとしながらもゆっくり腕を伸ばし、そっと抱きしめた。
ビクッとカイトの体が動くのを感じたけれど、私は頭がそっちには回らずに、そのままカイトを抱きしめ続けた。
「心配掛けてごめんね・・・・・・心配してくれてありがとう。
精霊とね、話をしたよ。」
カイトは黙って私に腕を絡まされたまま話を聞いていた。
話の途中から、再び瞳が重くなっていく。
最後まで話が出来たか出来なかったか。
私は再び眠りに落ちていた。
「再び目が覚めたらそこは見覚えのある天井。
土色で、ヒビも見える。
「あ、ここ、昨日の宿屋だ。」
比較的すっきり目覚めた私は、昨日の夜眠れない時間ジッと眺めていた天井を思い出した。
ゆっくり体を持ち上げて窓の外を見る。
すでに日は昇っていた。
周りを見渡す。
カイトの姿は無い。
って言ってもいつも部屋は別。
けれど、ここまで運んでくれたのはカイトのはず。
何故だかここにカイトがいてくれていない事を少し寂しく感じた。
今まで城での生活でファスト兄様に何度か感じていた感覚。
・・・・・・大抵こんな時、兄様は私のそばに居てくれた。
けれど、仕事のある時は、仕事優先。
そんな時、私はこんな気持ちになった。
そして今、私はその気持ちを感じた。
兄様以外にこんな気持ちを感じるんだな。
そんな事を不思議に思いながら、私は窓まで歩いた。
朝焼け。
けれど、霧がすごすぎて景色も殆ど見えない。
数年前の景色が見たいな。
フッとそう思った。
きっとそれが皆の願いかも。
トントン
扉が軽く叩かれる。
「シータ、俺」
そして小さい声。
私は急いで扉まで歩くと、扉を開ける。
「起きてて良かった。」
優しく微笑んだカイトに私は胸がドキッとした。
さっき一瞬感じた寂しさが一瞬で満たされた。
「朝食、取れそうか?」
カイトの誘いに私は頷く。
「おなかすいた。早く行こ。」
「私、あの湖を元に戻したい。」
私は机に座ってすぐに運ばれてきた水を一口飲むと、カイトにそう言った。
「俺だってそう思うよ。
けど、あの湖を元に戻すまでここに留まる事は出来ない。
けれど、精霊の心を安心させないといけないんだろ?」
「なら、希望をあげたい。」
私は運ばれてきた料理の為に飲み物を動かしながらカイトにそう言った。
「いただきます。」
「いただきます。」
暖かい羊の肉の煮込み。
お豆のサラダ。
そして、パン。
城で食べていた料理と比べ物にならないほど質素。
けど、とってもおいしい。
「体調良さそうだな。」
私の食べている姿をみながらカイトはゆっくり微笑んだ。
「いつも我慢して無理やり口にしているって感じだっただろ。
とってもかわいそうだった。
けど、食べなきゃ体が持たないからな。」
私は自然に食べる手を止める。
「手を止めるな。・・・・・・食べろよ、もっと。」
優しい微笑みに、私は少し恥ずかしくなって視線を伏せた。
「ほら、口を開けて。」
そう言ってカイトは自分のお皿のお肉を一つ私の口に入れた。
「沢山食べて、力をつけて、がんばろうな。」
もう言葉も出ない。
ただもぐもぐ咀嚼を繰り返す私に、カイトは微笑をくれた。
「さっき少し話しを聞いて回ってみた。」
私は目線を上げてカイトを見る。
「この湖に放たれた毒の種類はフランセントらしい。
例の豪商がその毒を大量に手に入たから湖に放ってやるって言っているのを聞いた人間が居た。
この、皆の命とも言っていい湖に本当にそんな事をする訳無いと。
話を聞いた人間は、いつもの愚痴の一つと考えてそれを聞き流した。
その翌朝に大量の魚が白い腹を見せて浮かんでいた・・・・・・という話だ。」
フランセント?
「フランセントとは、毒の花の名前。
その花を乾燥させて、粉にしたものが一部で薬として扱われている。
本当に微量の粉を大量の水で薄めて飲むんだ。
心臓発作に効く。
例の豪商も処方されていたらしい。
けれどフランセントはほんのほんの少しでも量を増やすと中毒。
そして、さらにほんのほんの少しでも量を増やすと死んでしまう危険な薬。
解毒方法を調べないと。何かあればいいけど。」
調べる・・・・・・私はそう呟いた瞬間、ハッと閃いた。
「王宮の図書室は?」
「そうだな。この国の王宮へ向かうか。
そこの図書室で調べよう。
ついでに王様の様子を見て、この町の税金の事を何とかしなくちゃな。」
私達はうなずき合って、残り少しになった料理を急いで食べた。




