「 世界が生まれ変った日 」
久しぶりの再開だった。
彼女の呼吸の音が聞けるだけで、俺は幸せを感じられた。
彼女の体温は、相変わらず心地よくって。
俺は必要以上に彼女に触れた。
けれど‥‥‥彼女がファストの婚約の話を聞いたら、どう思うだろう。
きっと表面上彼女は納得するだろう。
けれど、本心は。
ファストがシータとの話しを望んだ。
きっと婚約の報告をするだろう。
俺は早く部屋へ戻って彼女を抱きしめたかった。
彼女の心変わりなんて微塵も疑っては居ないけれど、それでもファストを思いやる彼女を見るのは辛い。
けれど、俺の足取りは確かに自分でも解かるくらいゆっくりで、扉を叩く手も、一瞬躊躇われた。
「シータ。」
部屋に戻った俺は、真っ赤な瞳をした彼女を抱きしめた。
俺の胸で声を殺して泣く彼女の背中を優しくなで、俺は彼女と部屋を後にした。
俺達の部屋へ着き、俺は彼女に魔法を掛けた。
泣きはらした瞳が、ゆっくりと閉じていく。
「有り難う。」
そう言って小さく微笑み、彼女は瞳を閉じた。
暫くして俺の腕の中で静かな寝息をたて始めた彼女の唇に俺はそっとキスを落とし、俺も目をつぶった。
明日の為に。
本当の俺達の未来は、明日から始まるのかも知れない。
朝、私はすっきりと目覚めた。
隣にはカイトがいて、その体温が私の心を暖めてくれていた。
昨日の晩、沢山泣いて、もう気分はすっきりとしていた。
兄様が幸せになれないわけじゃない。
この国だって、きっと立ち直れる。
「おはよう。」
重そうに瞼を薄く開いたカイトが、私を抱き寄せ、額にキスを落とした。
「おはよう。」
私はそんなカイトに、しっかりと挨拶を返す。
そんな私をカイトはジッと見つめ、そして、再び瞳を閉じて私を抱き寄せた。
「…愛してる。」
心の中心に響く彼の少し掠れた声。
私に勇気と力を与えるカイトの心。
きっとケートに皆の心は届くよね。
きっと、きっと、届くよね。
遅い朝食の後、私達は教会へ集まった。
クーの存在は知られるわけには行かないので、教会の外から、私がケートの元へ行くタイミングに合わせてクーも精神を飛ばしてくれる事になった。
「無理はするなよ。
危ないと思ったら、直ぐに帰って来るんだ。
今日が最後のチャンスって訳じゃないんだから。」
カイトと兄様に何度も何度も繰り返し念を押されて、何時もなら笑ってしまう所だったけれど、今日は更に緊張が増すのを感じた。
「解かった。」
私は短くそう答えると、カイトに抱かれて、横になった。
「俺達はここから、気持ちを伝えるから。」
カイトの言葉は、最後まで聞き取れなかった。
「シータ。」
クーがやっぱり人間の男の子の姿で私の手を引いた。
「クー。」
私はその手の感触と、クーの姿で、精霊様の世界に来た事を感じた。
私達は視線を合わせ、頷き合って、そしてケートを呼んだ。
「神の子と、不思議な少女シータ。
お前達が来るのを待っていた。」
えっ?
「私はお前達をずっと見ていた。
シータ、お前の兄とケイトの姉セトの幸せを心から願う。
こんなに世界を荒れさせてしまった私だけれど、やはり私はここに残りたい。
そして、この場所で、愚かで、弱くて、けれども愛しい人間を支えて行きたい。
これからは人間の負の気持ちも包んで、慈しんでいけると思う。
だから、どうか私がこの世界に残る事を許して欲しい。」
穏やかな声。
私は嬉しさで、胸が苦しくなって。
何度も頷いた。
「世界が荒れたのは、人間のせい。
こんなにも愛されて守って貰っていたのに、それに気が付きもせずに、貴方達を苦しめてしまっていた。
有り難う。
こんな私たちを見捨てないでくれて。
私たちも、今回の事を決して忘れないように、ずっと語り継いで行きます。
そして、同じ過ちは繰り返さないように、国を愛し、守っていきます。」
「ありがとう、シータ。
私は今直ぐにでも神と話をしようと思う。
少しでも人間の苦しむ時間を短くしたい。
クー、手伝ってくれるか?」
「勿論だ。」
そうクーは力強く答えると、私の方をむいた。
そして、私をそっと抱きしめた。
私より背の低いクーの顔は私の肩の位置だったけれど、それでも逞しい腕に、私は包み込まれているように感じた。
「シータ、ご苦労様。
後は俺が残る。
お前は先に戻るんだ。」
私は小さく頷く。
「ありがとう。」
最後に、薄っすらと心にケートの声が響いた。
目が覚めたのは、次の日の朝だった。
カーテンの隙間から差し込む光で私は目を覚ました。
こんな光を感じたのは、とても久しぶりで、私は世界が変わった事を感じた。
ゆっくり体を起こす。
空気も気持ちが良い。
こんなにもすがすがしい気持ちで朝を迎えるのはとても久しぶりで、私は同意を求めたくて辺りを見渡した。
窓辺に、カイトが立っていた。
穏やかな微笑を浮かべて。
「おはよう。」
彼の挨拶に、私は、この先にある幸せがハッキリと見えた気がした。




