「 決 意 」
年寄りや、女性を乗せての二人乗りだった為、俺達の旅のスピードは行きとは比べ物にならないほどペースを落としていた。
けれど、魔物はシータの存在のせいだろう、大分姿が減って見えた。
そんな中、俺達はサマス、コジモ、そしてセト達に、今までの旅の話、そして精霊ケートの話をした。
勿論オーマ王国、魔法、そして俺とシータが婚約していた話は飛ばして。
サマス、コジモとは沢山話を重ねた。
けれどセトは、ジッと話を聞くだけで、意見等は出してこなかった。
明日の夕方にはきっと城に戻れる。
そんな頃、俺は何も語らないセトに、俺の考えを伝える事にした。
今までの話の流れで、大体解かっている事だとは思ったが、ケートの所へ行った時、気持ちがしっかり向いていた方がいい。
小さい泉の淵にある小さい小屋を見つけ、俺達はそこで一晩休む事になった。
城に近づいてきているのに、やはり魔物が少ない。
行きとは格段の差だった。
寝ずに進む事も出来たが、急いで戻るよりも、彼女に覚悟を決めてもらう為に時間を使ったほうが良いと判断した。
俺はカイト達を小屋に残し、彼女を連れて泉に来ていた。
彼女と二人で話をしたかった。
泉での水浴びを提案したら、余り感情を表さなかった彼女が、喜びというか、安堵というか、何はともかく、俺の提案を受け入れた。
彼女が泉で体を流し、続いて俺も手早く泉で体を流した。
俺が泉から戻った時、彼女は泉の淵で足を浸らせ、何かを考えているようだった。
そんな彼女に俺はそっと近づくと、隣に座った。
「明日の夕刻には、あなたの生まれた城に着くだろう。
そろそろあなたの気持ちを聞きたい。」
俺の言葉に、彼女は俺の方を向き、俺を見つめる。
初めてまともに彼女を見つめた気がした。
数日体を寄せてすごしていたのに。
彼女は暫く黙って俺を見つめていたが、小さい唇を開いた。
「私の気持ちは、勿論不安だし、怖いと思っています。
けれど、あなた達の話を聞いて、逃げる訳には行かないと解かっています。
……只、やはり、自信は全く有りません。」
そう言って俯いた彼女に、予想通りだなと俺は思った。
当たり前だ。
俺は彼女に少しだけ体を近づけて座りなおした。
「そうですね。
けれど、あなたがケートに受け入れられて、そして彼女の庇護の元、豊かな国を作っていけたら、どれだけの人々が幸せに暮らしていけるのだろうか。
もともと何も無い土地でも、精霊が要るだけで、そこに町ができ、国が建って行っているんだ。
その精霊がケートの様に力のある精霊ならば、きっと素敵な国になると思う。
勿論、その力は諸刃の剣。
今回のような世界を巻き込む破滅を呼んでしまう事も有ると思う。
けれど、俺は今回の事件を人間が忘れる事が無ければ、きっとこの世界はもっと素敵な場所になれると思う。
俺の生まれた国は、ここからとても離れた場所だけれど、まだ国は荒れていないはず。
カイトの国も、この世界の事件にそれほど巻き込まれていない。
俺達の国からの援助を約束しよう。
そして、俺自身もあなたの側で、あなたと一緒にあなたの国を守って行くから、一緒に頑張っていこう。」
俺は彼女の肩に手をそっと添えた。
精一杯の気持ちを彼女に解かってもらいたかった。
一人にはしない。
俺なら彼女を支えていける。
それが俺の決意。
そんな俺の言葉に、彼女は驚いて俺を見つめ返す。
「俺と結婚しよう。」
そんな彼女に、俺は追い討ちを掛ける様にそう続けた。
「あなたは、豊かな国の‥‥‥第一皇子なのでしょ?」
驚きの表情のまま、彼女は小さい声でそう呟いた。
「そうだよ。だからこそ、あなたやあなたの国を支えることが出来る筈だよ。」
俺の言葉に、彼女は言葉を失った。
「あなたに伴侶や恋人がいるかどうかは、聞かない。
それを聞いても現状も、俺の気持ちも変わらないから。
決してあなた一人に背負わせたりしない。
俺や、コジモ、サマス、カイトに、シータ、そして、何よりケートがついている。
魔物が居なくなれば、散り散りに散った町の人間達も、帰ってくるはず。
精霊の心には、希望が一番響くんだ。
俺達と一緒に頑張ろう。
一緒に、幸せになろう。」
俺の気持ちは彼女に届いただろうか。
彼女は、そのまま顔を下げ、何も語らなかった。
「あなたの決意は解かりました。」
もう直ぐ城に着くというカイトの言葉に、彼女が顔を上げ、真っ直ぐ俺を見つめた。
「私はあなたに付いていきます。
自分の出来る事を、精一杯頑張ってみます。
私の家族は既に居なくなってしまったけれど、そんな私にも守るべきものが残っていて、そんな私を支えてくれる人達がいる。
あなたを私の国のごたごたに巻き込んで申し訳ないと思いますが、貴方のプロポーズをお受けさせてください。」
きっぱりと言い切った彼女に、俺は少し驚いた。
弱そうに見えていた彼女が、この言葉を俺に返す為に、逃げ場の無いこの状況で、どれだけ心を強く保とうと頑張ったか。
それを考えると、俺は胸が苦しくなった。
けれど、そんなに頑張らなくっていいよなんて言葉は言えない。
目の前で、自分の言葉に負けそうな影を瞳に浮かべながら。
それでも強くあろうとする彼女が俺には強く感じられた。
そんな彼女を俺は後ろから片手を手綱から放し、優しく抱きしめた。
「一人で沢山悩んだんだね。
これからは、一緒に頑張ろう。」
俺の腕の中で、体を一瞬硬くした彼女は、俺の言葉に、少しだけ体の力を抜いてくれた様に感じた。
「おかえりなさい。」
シータが城の出口で大きく手を振って俺達を迎えてくれた。
「ただいま。」
カイトがコジモ先生を馬から下ろしてから、馬から降り、シータに歩み寄った。
シータは、涙を薄っすら浮かべ、それでも満面の笑みでカイトを見つめ、そしてカイトの胸に抱かれた。
俺はそれから視線を逸らした。
そんな自分の行動を情けなく思いながらも、移動の間に、少しずつ心を開いてくれたセトに手を貸し、馬から降ろした。
続いて降りた俺を待ち、視線をシータとカイトに向けた。
「彼女がシータ様ですか?」
真っ直ぐな瞳。
少しシータに似てるかな。
一瞬そんな事を感じた。
そして、その度に俺は自己嫌悪に陥る。
「そうだよ。」
俺はそう言ってシータに歩み寄る。
俺達の気配に気が付いてカイトはシータを胸から離すと、手を腰に回し、二人でセトに向かって立った。
「彼女が、シータ。
俺の婚約者で、ファストの妹。」
旅の道中色々話をしてきたから、彼女もシータを理解していた。
「初めてお目にかかります。
セトと申します。
この度は、色々とご迷惑をお掛けして、申し訳ないと思っています。」
セトはシータを目の前にして、深々と頭を下げた。
俺はそんな彼女の肩を抱こうと一歩足を踏み出した。
けれどそんな俺よりも早く、シータは彼女の肩を両手で掴んで顔を上げさせた。
「迷惑なんて……。
精霊が苦しんでいたのはこの国だけでは無いのよ。
もう既に居なくなってしまった精霊だって、数え切れないほど。
ただこの国の精霊の力が大きすぎただけ。
あなたの家族が不幸な事になって、あなたは突然城に呼ばれて、今までの世界とは全く違う場所で大きな使命を持つことになってしまった。
けれど、どうか一人で頑張らないで欲しい。
あなたの周りには沢山の協力者がいるわ。
それに、こうなったのは決してあなたのせいではない。
だから、罪悪感なんて持たないで欲しい。
一緒に頑張りましょ?」
シータの言葉に、一同皆が頷いた。
顔を上げたセトの心の扉が、また一つ開いた様に感じた。
「まず、セトに確認したい。
この国を守っていくと決めたのだな。」
蝋燭の薄暗い光の中、見知らぬ少年が、横柄な態度でセトに問う。
この少年はクーの仮の姿。
俺達が旅に出ている間に、魔物の減ったこの城に、只一人たどり着いた死に掛けの少年に乗り移っていたらしい。
俺達も、クーについてどう話したらいいか悩んでいたが、到着後クーの姿を見た俺は、とっさに、俺の弟だと紹介した。
一瞬不満そうな表情を見せたクーを俺は本当の弟の様に感じた。
そういえば、今までも人間の様な感情を見せていたな、なんて思った。
それが人間の少年の姿になって、現実味を帯びていて、それが何だかおかしかった。
「はい。」
力強い答え。
彼女の心が時間と共にしっかりとした物になっていっている。
俺はそれを心強く感じながら彼女の肩をそっと抱いた。
俺を見上げる視線が、ふっと揺れたのを感じて、俺は彼女を抱いた腕の力を少し強めた。
「ならいい。
明日、早い時間にケートの元へ行こう。
俺とシータでケートに会うが、その場にカイトとファストと共に居る様に。
心をケートへ向けて、お前のその気持ちを心で伝えるんだ。
きっとその心はケートへ伝わるはず。
ファストも、頼んだぞ。」
設定を無視しての偉そうなこの態度に、セトが驚きの表情を見せて俺達の顔を盗み見る。
俺は頭を抱えたい気持ちで、軽くクーを睨みつける。
「俺の弟だと紹介しなくて良かったよ。」
笑いを抑える様に耳元で囁くカイトのわき腹を俺は思いっきり小突いてやった。
「痛てっ。」
小さい声で俺にそう言ってきたカイトを無視し、俺はクーに再び視線を戻した。
「解かってる。
今日はもう遅いから、彼女を休ませたい。
今日はもう解散にしよう。」
俺の言葉に、クーは頷く。
「では、解散。
セト、コジモ、サマスには部屋を用意してある。」
カイトの言葉に、セトは部屋を出て行こうとしていた。
そんな彼女を俺は呼び止めた。
「これ、睡眠薬なんだ。
今日はこれを飲んで、早く寝ること。」
そう言って俺は少量の粉の入った小さい包みをセトに手渡した。
セトは手の平に乗ったその小さい包みをジッと見つめた後、俺の顔を見て、小さく頷いた。
「はい。
では、あした。
お休みなさい。」
そう言った彼女の額に俺はそっとキスをした。
目を見開いて俺を見つめたそんな彼女に、俺は優しく微笑んで。
そんな俺を一気に染まった赤い顔で彼女は見つめた。
「お休み。」
そして俺の言葉を聞くと、真っ赤な顔のまま俯いて、小さく頷ずき、急いで俺に背を向けて部屋を出て行った。
そんな彼女を可愛く思いながら見送っていると、視界の端に、シータが俺を見ているのを感じた。
横を向くと、驚いた表情でシータは俺を見つめていた。
「すまないカイト、少しシータと話をしたい。」
「解かった。俺は彼女達を部屋へ案内してくる。」
俺の言葉に、カイトは、一瞬だけ俺達を見ると、直ぐに背を向けて部屋を出て行った。
「嫉妬させちゃったかな。」
俺の言葉に、シータはカイトの出て行った扉へ急いで視線を移した。
けれどその時には既に誰の姿も無くなっていた。
『俺はこの国の王、そしてセトの伴侶として残る事に決めた。』
兄様は私にハッキリとそう言いきった。
そう言われた時、私はそれが良い判断だと瞬時に思った。
けど、心がそれに付いていかなかった。
兄様の決断に、反論のしようが無くって、私はただ、頷くだけで。
『何処に居ても、俺はお前の幸せを祈っているから。』
そう言われて。
私は涙が流れた。
理由なんて、有りすぎて。
聞かれたって、きっと答えられない。
そんな私の頭をそっと、優しく撫でてくれた。
皆が幸せになれるといい。
心のそこからそう願った。




