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「 世界の現状、少女の心 」

「ごめんなさい、先に夕食食べてしまったの。」

 私は暗くなってから帰ってきたカイトに、そう言った。

「別に構わないよ。」

 私の頬に軽く触れ、カイトはドザッと火の前に腰を下ろした。


 カイトは自然に私に触れる。

 それで私がどれ程ドキドキするかを知ってか知らずか。

 その度、胸の中のクーが“ケッ”と小さく呟く。

 けれど、カイトもカイトでクーの存在・・・・・・というか、クーが私の胸の中を定位置としている事を不満に思っていて、何度もクーに場所を移す様に言っては無視されていた。

 私も最初はくすぐったかったけれど、暖かいクーがそこにいる事を心地よく感じていたし、クーの発する“気”が私の体力の消耗を抑えてくれていたので、私はクーがそこにいる事に何の文句も無かった。

 けれど、クーがここに居る事で、カイトは私をそうそう抱きしめる事も出来なくって。

 結婚を誓い合った私達は清い時間を共に過ごしていた。


「町の中で、最近まで生活していた形跡を見つけた。

 そこが盗賊のアジトだと思う。

 建物の崩れも殆ど無く、扉も強化してあって、しっかり閉めておけば魔物の進入も防げる。

 今夜にでも戻ってくるかもしれないから、俺は食事を済ませたら、そこへ戻って様子を伺う。

 盗賊が戻って来たら、しっかりと両親の敵を討ってやる。

 そしたら、そのアジトで俺達が目的地に行って目的を果たして帰ってくるのを待っているんだ。

 その間生活できるだけの食料を置いていくから。」

 カイトの言葉に私は驚いてカイトに身を乗り出した。

 そんな・・・・・・。

 こんな所に置いて行くなんて。

 けれど、そんな私の口にカイトは人差し指でそっと触れた。


「良く考えた結果だよ。

 俺達には時間が無い。

 それに連れて行くには危険すぎるんだ。

 不満は、夜が明けた時に聞く。

 その時にちゃんと話し合おう。」

 ジュンシーの為、世界の為にどうするのが一番良い方法なのかもう一度良く考えてみよう。

 ここに置いて行くよりもいい考えが浮かぶかも知れない。

 私達は既に日が暮れた夜の森で、カイトを見送った。


「火は消していく。

 町の入り口で盗賊の様子はしっかりと見張っているから、今夜はゆっくり眠るといい。」

 ジュンシーに優しくそう言い残して、カイトは闇に消えて行った。


 その言葉で、私はカイトがいつもと違ういう事に気が付いた。

 自分が側に入れない時、それがほんの少しの時間であっても、カイトは私の事をとても心配する。


 クーが居れば魔物が来ない。

 私達はそれを身をもって知っていた。

 それでも安心しきる事は出来なかったし、盗賊がいつ襲ってくるかも解からないから。

 最新の注意を払って、出来る限り安全な場所に私たちを隠し、出来るだけ短時間で戻って来てくれた。


 そんなカイトが、私達を森に残し、一晩。

 しかも盗賊が近くのアジトに戻ってくる事を知っていながら。

 しかも、ゆっくり休む様に言い残して。

 ・・・・・・カイトの考えが私には解からなかった。

 けれどカイトがそう言ったからには、安全だという自信が有るのだろう。

 それでもカイトの居ない夜に私は不安を感じずには居られなかった。



「さ、横になって。

 昨日は眠れなかったんでしょ?」

 それでも私はジュンシーに不安を感じさせない様にジュンシーを横にさせた。

「カイトがああ言ったなら絶対大丈夫。

 私も直ぐに眠るから。」

 そう言うと、ジュンシーは素直に“お休みなさい”と眠りに付いた。

 私はカイトの言葉を信じない訳ではなかったけれど、どうしても胸が騒ぎ、一晩中起きている事にした。

 この胸騒ぎがカイトの身に関係ない事を祈って。





「手に持ったナイフを捨てて、荷物から手を離せ!」

 カイトの怒鳴り声に、私は飛び起きた。


 何時の間にか眠ってたんだ・・・・・・


「シータ、俺の後ろへ来い!」

 カイトの声が私の体を全身緊張で包んだ。


 私は飛び起きて。


 そして目の前の現状に目を奪われた。


 ナイフを手に両手を上げるジュンシー。

 そのジュンシーに剣を向けるカイト。

「ジュンシー!?」

 私は驚いてジュンシーを呼んだ。

「シータ、こっちへ!」

 けれど私は再びカイトに呼ばれ、私はあわててカイトの背中へと隠れた。

「さぁ、ナイフを置くんだ!」

 再びの怒号に、ジュンシーは忌々しそうにナイフを捨てた。

「だから上手く行かないと私は言ったんだ。」

 ジュンシーの発した言葉は、今まで聞いてきた彼女の物とは全く違う、擦れた感じの、声のトーンも全く違う、別人の物の様だった。




「お前の仲間は、今頃別の場所で、お前が帰ってくるのを待っているのか?」

 カイトはジュンシーの腕を後ろ手で縛り上げ、木に繋いだ。

 私は何が何だか解からず、ただその作業を見つめていた。

「あぁ、そうだよ。」

 すっかり態度を変えたジュンシーはカイトに吐き捨てる様に返事を返す。

「初めから俺達の荷物を狙っていたんだな。」

 驚くその言葉に、私は信じられない思いでジュンシーを見た。

 私の驚きに気が付いたジュンシーは、一瞬私に視線を送り。

 けれど直ぐに視線を逸らせて再びカイトを見た。


「そうさ。

 お前は最初から気付いてたのか?」

「あぁ。

 盗賊が、若い娘を連れて来て、縛り上げただけの状態で放置していくなんてありえないからね。

 盗賊はそんなに気は長くない。

 それにお前みたいな少女が縄から逃げられる様な間抜けな縛り方なんてしないからな。」


 私は話の展開に付いていけなかった。

 ジュンシーが私達の荷物を狙っていて、私達を騙していた?


「そんなの、嘘だよね。」

 願う様に口にした私の言葉に、ジュンシーは視線をそらせたままクッと小さく笑った。

「あんたは何処の金持ちの娘だ?

 今迄、どんなに大切に守られて来たんだ。

 こんな土地で生き残っている下級層の小娘が、堅気の生活を送れる訳無いだろう。

 そんな奴、とっくに死んでる。」

 馬鹿にしきった笑い。

 それはカラカラに乾いていて。

 私はこんなにも心が廃れた少女に初めて出会った。


「殺すなら、殺せ。

 生かしておいても、また同じ様に旅人を狙うよ。

 いつもなら仲間と一気に皆殺しだけれど、今回はカイト、お前がとても強く見えて。

 だから私が単身入り込んで、焚き火の木に睡眠効果のある薬草を混ぜ眠らせ、寝ている間に殺し、荷物を奪うって作戦だったのさ。」

 私達を殺すつもりだったの・・・・・・!?


「殺しはしないよ。」

 カイトはジュンシーを見つめてきっぱりとそう言った。

「生かしておいても、仲間の事は売らないよ!」

 食いかかる様に行ったジュンシーに、カイトは頷いて見せた。

「それでも、殺しはしない。」

 そしてカイトは私にゆっくりと歩み寄り、私の肩をそっと抱いた。

 見上げた私の視線に、真剣な眼差しで答えるカイト。

 そしていつの間にか流していた私の涙を、カイトはそっと優しくぬぐってくれた。

「俺達はこの世界を守る為に旅をしている。

 人の罪に対してその人間を殺して罰すると言うなら、この世界を守る意味が無くなる。

 少し時間をくれ。

 ジュンシーやその仲間が、人を襲わずに、生活を出来る世界を取り戻して見せるから。」

「そんな世界知らない。

 取り返すも何も、そんな世界、私は見たこと無い。

 少なくとも、私のお父さんもお母さんも、そんな世界にはすんでいなかったよ。」


 えっ?


「世界の均衡が崩れ始めたのはここ数年だ、よね?」

 ジュンシーの言葉に、私の認識が違っていたのかとカイトを見る。

「そうだよ。

 ・・・・・・けれど、その前だからって世界中の人間がみんな幸せな暮らしを出来ていた訳じゃないんだ。」

「何だよ、あんたは!」

 カイトが私に説明した話を聞いて、ジュンシーが先に声を上げた。

「本当に何処の金持ちだよっ!

 そんな事も知らないで、世界を救うだって?

 こんな世界滅びてしまえばいいんだっ!!」

 悲鳴のような声。


 きっとこれが彼女の心。


 そうだよね、私が城を出て見てきた事なんて、世界のほんの一部なんだよね。

「ジュンシー、落ち着けよ。」

 カイトはそう言って、ジュンシーの肩を優しく抱いた。

「確かにシータは世間知らずだよ。

 けれど、そんな世間知らずな少女が、世界の異変を知って、旅に出たんだ。

 そして世界を救う為に、色々な出来事を体験してきた。

 そして、今日の様に、厳しい現実を目の当たりにしてきて、それに心を痛めて。

 それでも逃げずに旅を続けている。

 それって、とても前向きだよね。

 ジュンシー、人はね、諦めたら終わりなんだよ。

 諦めない限り、可能性は残る。

 だから俺達は世界を救い、そして、世界中の人々が幸せに暮らせる様に頑張るつもりだ。

 だから、ジュンシーも幸せを諦めないで。」


 カイトに肩を抱かれたまま、ジュンシーは黙ってカイトの言葉を聞いていた。

「ジュンシー、諦めないで。」

 念を押すように言うカイトの言葉に、ジュンシーは体を硬くして、俯いた。

「私は、まだ、幸せになれるの?」

 声はまだ硬い。


 ・・・・・・けれど、ジュンシーの声からトゲが消えた。


「なれるよ。」

 私は精一杯力を込めてそう言った。

「・・・・・・騙した私を・・・許せる、の?」

「許すも何も、私は怒ってない。

 只、現実の厳しさが切なくって、悲しい。

 だから少しでも早く・・。」

 私がそこまで言った時、カイトが「シッ」と言って私の言葉をさえぎった。


「・・・これ以上ジュンシーをそそのかさないでくれ。

 そうしないと生き残れなくなる。」


 カイトの視線の先から、一人の男が姿を現した。

 歳の頃は私のお父様くらい。

 切れたり汚れたりしたボロボロの服を着て。

 ・・・・・・けれど腰には大きな剣を下げ、瞳をギラッと光らせていた。

「サント、ここは私一人でって約束したのに!!」

 ジュンシーがその男に、顔を真っ青にさせ、悲鳴のような声で怒鳴りつけた。

「とうとうお出ましか?

 お前はジュンシーの仲間だな。」

 そんなサントと呼ばれた男の人に、カイトは落ち着いた様子で話しかけた。

 私はとっさにクーを抱き上げて胸に押し込んだ。

「いたっ、あわてるな、大丈夫だよ。

 カイトは最初からあの男が潜んでいる事に気が付いていたし、あの男にはこっちに攻撃する意思はなさそうだから、落ち着け!」

 クーの言葉に、私はカイトを見た。

 カイトは真っ直ぐ私を見つめると、確信を持った瞳で頷いて見せた。

「大丈夫だよ。

 もしそんな事になっても、この男が剣を手に取る前に切り捨ててやる。」

 カイトの言葉に、サントさんはフーッとため息を付いた。

「だから俺はこの作戦に反対だったんだ。」

「だったら、早くこの地を去って、まだ魔物の少ない地にジュンシーと逃げるんだな。」

 カイトは腕に抱いていたジュンシーを離し、優しく背中を押した。

 ジュンシーは一瞬ためらい、そして直ぐにサントさんに駆け寄った。

 サントさんはジュンシーを両手で抱きとめた。

「大事な者が有るんだろ。」

 カイトの言葉に、サントさんはフンと鼻を鳴らした。

「有るよ。

 だから、その大事な者の為に色々な犠牲を払ってきたんだ。

 生き残らせる為に、甘い希望や夢は捨てさせた。

 そして、それらを望まない様に育ててきた。

 今更ジュンシーをそそのかさないでくれ。

 お前達の言葉は、まるで麻薬のようだ。

 こんな俺でも、夢を見たくなる。

 ・・・・・・ジュンシー、行こう。」


 そして、いつの間にかサントさんの胸の中で嗚咽を漏らして泣いているジュンシーを優しく抱き上げた。

 そして、スッと私達に背中を向けて歩き出した。


「・・・・・・頑張るから。

 ・・・・・・信じてて!!」


 二人の背中に私は大きな声をかけた。

 一瞬サントさんが立ち止まった。

 けれど再び歩き出した。


「伝わってるよ。」

 カイトが私をそっと抱き寄せる。

 さよなら、ジュンシー。

 また、会おうね。

 生きていればまた会えるんだよ。

 その時は本当の笑顔を見せてね。


 ジュンシーの笑顔が見れる様に、頑張るからね。

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