「 決 意 」
トントン。
私は昨日笑われた事を思い出し、先生の部屋の扉をノックする。
「どうぞ」
先生の声が聞こえ、私はゆっくり扉を開ける。
「こんにちは、先生。」
優雅に軽くお辞儀をすると、先生は満足げに私を中へ招き入れてくれた。
「いつもこうだといいのだけれどね」
一言が余分!
私は周りを見回し、カイトを探す。
けれどカイトの姿は見当たらず、私は先生に聞いた。
「カイト様は朝から城下町まで下ってらっしゃる。
シータ姫には申し訳ないが3時迄には帰るので、一緒に庭園でお茶をしようと言っておられました。」
さっきお昼を頂いたばかりなので、3時まではまだまだ。
城下町まで下るのなら、私も連れて行ってくれたらよかったのに。
もっと早く来ればよかった。
・・・・・・私も今から後を追おうかなぁ。
「ねぇ、先生。
カイトは城下町の何処へ行ったのですか?」
そう聞いた私に、先生は深くため息を付いた。
「また城を抜け出すといけないので教えません。」
私が物心付く前からの付き合いの先生は、きっぱりとそう言いい、それから礼儀や立ち居振る舞い、そして王族としての心得に付いてクドクドと話をした。
・・・・・・それも、1時間以上・・・・・・
「ねぇ、あなたは居なくならないでね。」
さくらの木の下。
いつもの様に私はそこに居る。
「あなたや、あなたの仲間の精霊達の為に私ができる事ってなんだろう。」
返事は無い。
けれど、優しい“気”が私を包む。
人々のマイナスの気が精霊を溶かしてしまうというのなら、人々がマイナスの気を持たなくなればいい。
けれど、人それぞれに悲しく、寂しく思う気持ちはあると思う。
私だってファスト兄様が他の姫と結婚するのかと思った時はとても悲しかった。
きっとその時にはかなりマイナスな気を放っていたはずだ。
そんなマイナスの気を持った人が沢山いれば、それが精霊を苦しめる事になるということなのかもしれない。
そんな気持ちの人の心が、更に他の人を傷つけて、そして精霊が消える。
沢山の苦しんでいる人達をまとめて幸せにしてあげる。そんな事が出来るのだろうか。
あ、それよりも溶けて負のパワーを放出しだす前に、精霊を一時的にでもその場所から離して助けてあげられる事は出来ないだろうか。
で、精霊を他の場所で保護しながら、その土地の人々の不安を解消出来ないだろうか。
とにかく精霊を溶かしてしまってはいけないんだ。
負のパワーが魔物を呼び、その魔物への恐怖が更にその周りの人々の負のパワーになってしまう。
そしてまた次の精霊が溶けて・・・・・・
精霊が消えるような状況の町や村の人々はどんな状況なのだろうか。
消えた後、その周りの人々はどうなってしまっているんだろうか。
ご飯は食べられているの?
住む所は残っているの?
「あなたは他の精霊の状況を知っているの?」
さくらの木の幹に頬を当てる。
体温を持たないはずの木。
けれど暖かい。
「あなた達の事を知りたい。
あなたとお話がしたい。
ねぇ、あなたの事が大好きなのよ。」
「はじめまして、って言うのも少し可笑しいかしら」
透き通るような声。
辺りを見回すけれど、人の姿は見えない。
それどころか、地面すら見えない。
うっすらと緑掛かった光の中に自分は立っていた。
「あなたはさくらの木の精霊?」
ありえない状況の中、私はなんとなく声の主がさくらの木の精霊だと感じた。
なんだか漠然とこの状況が理解できた。
そして、これが現実の世界とは違うという事も理解できた。
「ええ。そうよ。
やっとあなたと話を出来た。
ずっとあなたと話をしたかったのよ。」
透き通るような心地よい声。
「私もです。」
抱きつきたい位嬉しくなった。
「姿は現してもらえないのですか?」
私がそう聞くと、精霊はクスクスと小さく笑った。
「いくつになっても甘えん坊の姫ですね。
精霊に体は無いの。
けれど・・・・・・私はいつも貴方に触れているのよ。
私の“気”をいつも感じているでしょ?
そして貴方からも私に触れてくれている。
貴方が私を思う時、私は貴方の温もりを感じているのよ。
けれど今日は特別に貴方と話がしたくてここへ呼んでしまった。」
私に、話し?
「大切な話。
よく聞いてね。
―――――世界の理が壊れてきて、負の連鎖が始まった。
世界中の私の仲間達がどんどん消えている。
これは私達を作った・・・・・・ある人の作ったプログラム。
人間が自然を愛す心、人を愛する心を忘れたとき、この世界ごと消えてしまうように作られたプログラムなのよ。
そのプログラムを作り変える事が出来るかどうかは、私にも、ごめんなさい。解らないの。
けれど、私はこの国が好き。
貴方がいるこの世界が。
だから貴方がいるこの世界を守りたい。
だから私の知っている精霊の話をしてあげる。」
精霊の切ない声。
私はその声に全神経を向ける。
「―――精霊は地下に流れてしまったら、もう元には戻れない。
精霊は基本的に自分の場所から出られない。
けれど、中には自分の守護範囲内のほんの少しだけなら場所を移動出来る者もいる。
けれど、それにはかなりのリスクがあるし、直接の解決方法にはならないわ。
何故って、本当に少し。・・・・・・きっと人間の歩幅で1・2歩が限度だと思うから。
そして、私達を作ったあの人。
私達でもあの人には会えない。
けれど、あの人は私達を監視している。
だから、私以外の、他の精霊達とも会いなさい。
そして、その精霊が悲しんだり苦しんだりしていたら助けてあげて。
その様子をあの人は見ているはず。
この世界を守りたいという心をあの人に知ってもらいなさい。」
そこまで言って、さくらの木の精霊は苦しそうに荒い息を漏らす。
「どうしたの?」
私の言葉に、精霊は荒い息を繰り返した。
「あの人があなたと私の接触を断ち切ろうとしている。
・・・・・・力が抜けていくわ。
・・・・・・ごめんなさい。
しばらく私は精霊としての力を失うかもしれない。
・・・・・・けれど、決して地下に溶けてしまわない。
少しの間眠りに付くだけ。
約束、する。
・・・・・・・シータ、最後の力であなたに私の友の印を刻みます。」
その言葉と同時に、左胸がポーッと熱を持って光りだした。
「これは、他の精霊たちに会う時に、きっと役に立つはずです。
さようなら、シータ。
私の愛する姫。
また、この場所で、会い、ましょう・・・・・・」
そして、精霊の声が消えるように、私の意識もゆっくりと消えていった。
「シータ!シータ!!」
声を掛けられて、私は瞼を持ち上げた。
目の前にはカイトが心配そうな顔で私を見つめていた。
「カ、イト?」
私はボーっとする頭でカイトの名前を呼んだ。
「目を覚ましたか。」
ホッとするカイト。
「何があったんだ、なんでこんな所で倒れていたんだ!?」
倒れていた?
「ちょっとごめん。」
そういってカイトは私の胸元のリボンやボタンをを片手で一瞬ではずし、私の左胸開いた。
・・・・・・・えっ・・・・・?
頭がボーっとする。
カイトの行動に、思考が付いて行かない――――
「・・・・・・なんだ、これは」
私を見つめるカイトの瞳。
私はその瞳を見つめながら、再び意識を失った。
気が付いたら私はベッドに横になっていた。
窓から差し込む朝日。
私は一瞬で昨日の事を思い出した。
そして私は左胸を開いて、自分の胸を見た。
そこには、小さいさくらの花びらの形にピンクの印が付いていた。
これが精霊がくれた友の印?
――――カイトに話そう。
精霊との話を。
けれど朝の食事を終え、私がカイトを探しに部屋を出ようと準備をしている時にカイトの方から私の部屋にやってきた。
「何があったんだ。
あの木の下で意識が無いお前を見つけたと思ったら、お前の胸が光って。
その直ぐ後、精霊の気が消えてしまうし、お前はなかなか意識を取り戻さないし。そして、胸のさくらの花びらの印。」
言われて、私は今度は自分で服の隙間を作り、再び自分の左胸を見る。
そこには小さいさくらの花びらの形にピンクの印が付いている。
「状況を説明してくれ。」
私はそんなカイトに、精霊との話をした。
「そうか。」
全てを話し終わる迄、ずっと黙って聞いていたカイトがそう言った。
「では、ここの精霊は溶けてしまったわけではないんだな。
確かに、精霊の気は感じられなくなったが、消えた後の負の気までは感じられない。」
いつもの暖かい気を感じられなくなってしまった。
それがとても寂しい。
私は頷いて見せながら、左胸に手を当てる。
「寂しいか?」
心配そうに私を見つめるカイト。
私は素直に頷いた。
「ええ。
けれど、私にやるべき事が見つかった。」
精霊を助ける旅。
「・・・・・・俺と、行こう。」
私の決意に気が付いたカイトがそう言った。
「俺の旅の答えはお前に繋がっている気がする。
俺と行こう。」
大きくたくましいカイトの腕が差し伸べられた。
真剣な瞳。
・・・・・・世界の為に旅を続けているこの人と私は行こう。
私はカイトの手を取った。
「はい。」
カイトの手は、とて暖かく、とても大きく感じられた。




