「 精 霊 」
「最近ファスト様は忙しそうですね。」
私の午後のお茶の用意をしながらククルが小さくため息を付く。
「ええ。
隣の国との境の森の精霊が先月消えてしまったの。
そのせいで、魔物が住み着き、付近の民が襲われ始めたんですって。」
精霊。
それは森や城、海や山、色んな所に住んでいる守りの者。
古くからある大きな木やサンゴ礁の沢山ある海の大きな岩等に住んでいると言われている。
基本余り姿を見せないが、その精霊の守護範囲内で困っていると、フッと現れて助けてくれたりするらしい。
このクル王国にも精霊の居ると言われている湖や森、山、がいくつか有る。
精霊の姿を人間は見ることは出来ない。けれど、その精霊の守護範囲内はとても穏やかで清涼な空気が流れているから解るんだって。
けれど、精霊の力が弱くなると、その空気はよどみ始め、消えてしまうと、今まで守られていた反動の様に魔物が巣食う荒れ果てた地となってしまうんですって。
私の大好きなさくらの木にもその精霊は居る。
この木はいつからか解らないほど昔からここの庭園に立っているらしい。
毎年全盛期の様に花を咲かせ、沢山の実を成す。
私はこの実で作るお酒が大好き。
お酒に弱い私でもそのお酒は、美味しく、優しく楽しい気持ちにさせてくれる。
直接精霊を見た事は無いけれど、この木の下は、本当に心が安らぐ。
きっと精霊はとても心が綺麗で優しいんだ。
そんな精霊は何故消えてしまうんだろう。
あのさくらの木の精霊もその内消えてしまうの?
その考えは一度浮かんだら私の頭から消える事は無く、私をとても寂しく、不安な気持ちにさせた。
「ククル、今日のお茶は少しヌルメがいいわ」
そう言って私はヌルメのお茶を用意して貰うと、それを一気に飲み干した。
「姫様、お行儀が悪すぎます!」
私の一気飲みの姿を見てククルはピシャッと注意を入れる。
「ごめんなさい。明日から気を付けるわ。」
私はそう言って席を立ち、足早に部屋を出た。
「お茶ごちそうさま。
先生の所へ行ってくるわ。」
後ろでククルが呼び止めている声を聞きながらも私は先生の下へと足早に向かった。
「先生!」
先生の部屋のドアをノックしながら開ける。
「聞きたいことがあるの。」
そう言って入った部屋の中には、私の姿をため息を付いて見ている先生と、突然の私の登場に、ビックリした表情を見せる見知らぬ男性が居た。
「姫様、ノックは2回。
そして相手の返事を確認してから開けること。」
「今日は特別急ぎの用事なの。」
私の答えに、先生は再びため息を付いた。
「姫様には特別な事が多すぎます。
さあ、お客様に挨拶をしなさい」
先生の言葉に、私よりも先に、先生のお客さんの方が席を立って私に歩み寄ってきた。
「はじめまして、あなたがシータ皇女ですね。
私はカイトと申します。どうぞお見知りおきを。」
そう言って私の手を取ってそっと口付けをする。
そしてゆっくりと顔を上げる。
誰だろう。
皇女と解っていて手に口付けて挨拶するという事はそれと同等かそれ以上の地位のある証拠。
私はジッとその男性を見た。
瞳は綺麗な琥珀色。
目は切れ長で、優しいお兄様よりも少し強い瞳の印象。
背もすらりと高い。
ファスト兄様よりほんの少し低いくらい。
服は正装ではなく、ラフ。
正式に招かれたお客様では無いのかも。
そんな私の目の前で、カイトと名乗った男性はクスッと笑った。
「ずいぶんと可愛い姫ですね。」
先生に向かってそう言ったその人に、私は少しムッとした。
18を迎えた女性。しかも皇女に向かって、かわいい?
しかも、笑いながら言う?
「おや、失礼。
私の言葉がお気に障りましたか?
皇女らしくないあなたが、とても可愛く見えたもので。」
私の表情を見て、その人は更にクスクス笑いながらそう言った。
「あなただってそれなりの身分をお持ちの様ですけれど、とてもそうは見えなくってよ。」
プンと横を見ながらそう言った私に、今度は先生がクスクスと笑い出した。
「シータ様、あなたの負けです。
今度からはもう少し皇女として、18歳の女性として、そして、この国の第一皇子の婚約者としての立ち居振る舞いをしてください。」
先生に言われると私は何も言えなくなってしまう。
だって、いつでも先生は正しい。
私は少し悔しく思いながらも私からも挨拶をしようと再び目の前の男性に目を向けた。
その時、私はその男性が再び驚いた表情で私を見ている事に気が付いた。
「18?」
私は再びムッとして先生に視線を送る。
文句言っていいですか?
けれど、先生はあきれ返った表情を浮かべて首を振った。
「とりあえず挨拶をしなさい。」
私はしぶしぶ目の前の失礼な男性に挨拶を返した。
「カイト様は、私のお客様じゃ。」
私の乱入で、あの失礼な男性は席を外した。
庭園を散歩してくるらしい。
「身分の話は避けられてしまったけれど、シータ様も気が付いたようにそれなりの身分をお持ちのようじゃ。」
カイト、様。
私は心の中で、名前を呼んだ。
「が、私にとっては身分よりも、カイト様の知識に興味がある。
今は頼んでここに留まって貰っている。
世界の事情に詳しく、これからのクル王国・・・・・・いや、世界を守っていく為に必要な知識を沢山持っておられる。
シータ様も一国の王妃となられる立場におありなのだから、多くを学ばなくてはならない。
シータ様の質問の答えですが、この城の精霊も消えてしまう可能性も有ると思います。
そうならない為にどうしたらよいか。
カイト様のお話を直接お聞きになってはいかがでしょうか。
私にはカイト様以上の話は出来ませんから。」
・・・・・・精霊が消える。
何としてでも阻止しなくてはいけない。
私はその答えを求めに庭園に向かった。
「カイト様」
私の呼びかけに、さくらの木を見上げていたカイト様が振り返った。
舞い落ちるさくらの花びらを浴びながら優しく微笑みを見せるカイト様はとても爽やかで、かっこよく見えた。
「先ほどは失礼をしたね。」
私に向かって優しく声をかけてくれた。
「いえ、私の方こそ。
私の言動が私を幼く見せているんですよね。」
さっきまであんなにムキになっていたのに、さくらの木を見上げるカイト様の優しげな微笑みを見てしまったせいか、何故だか素直にそう言えた。
私の言葉に、カイト様は返事の代わりに優しく微笑んでくれた。
「所で、何か用事でも?」
言われて、私はさくらの木を見上げた。
「この木に精霊が居る事を聞いたのですか?」
私の問いかけに、カイト様は私と同じようにさくらの木を見上げた。
「聞かなくても感じるよ。精霊の気を。
強く、優しく、そしてとても美しくここに居る。」
その言葉に私は頷く。
「はい。私もそんな風に感じます。
けれど、世界の精霊たちが次々と消えていると聞きました。
先月は隣の国との国境の森の精霊が消えたそうです。
どうして精霊は消えるのですか?
このクル王国。
ううん、この世界はどうなってしまうのですか?
この世界の精霊達をを守ることは出来るのですか?」
私はさくらの木から視線を外し、カイト様を見上げてそう言った。
そんな私を真っ直ぐ見つめ返しながらカイト様は私の話を聞いてくれた。
「精霊の話をしようか。」
カイト様はそう言うと、ポケットからハンカチを出し、パッと広げると地面に置いた。
「マントだったら格好が付くんだけどね。」
そう言って私に座るように促した。
「いいえ、ありがとうございます。」
私が座るのを待ってカイト様は少し離れた隣に腰を下ろした。
スマートで、控えめな行動。
「後、その丁寧な言葉使いやめて貰えるかな。
俺はそんなに偉い人間じゃないし、話もしづらいから。」
「でも、カイト様は先生のお客様だし、どう考えても身分がお有りの方ですよね。」
そんな私に、カイト様は首を振って見せた。
「俺は色々な国を旅している。
自分の国を離れている今の俺に、身分なんか無いんだよ。
俺の事はカイトでいい。
その代わりお前の事はシータと呼んでいいだろうか?」
「・・・・・・カイト。」
私はその言葉の響きがとても心地よく感じた。
「ええ。解ったわ、カイト。」
私の返事に、カイトは優しく微笑みを返してくれた。
「精霊は守りの者。
これは知っている?」
私は頷く。
昔に聞いたことがあるし、自分でもそう感じる。
「そして、その精霊に寿命は無い。
その代わりに新しく産まれる事はないんだ。」
ビックリ。
そうだったんだ。
「精霊は自分の住処の周りを見守っている。
只、只、純粋に。
そして、困っている人が居ればそっと助けたりするし、寂しかったり悲しかったりする人が居れば、自分の気を使って癒してくれる。
精霊の守りの範囲は結構広い。そして、近ければ近いほど力も強く働く。
その事からも解るように、一人の精霊の力はとても強大なんだ。
そして、精霊は負の力に弱い。
数人の負の気持ち位ならなんとも無いけど、長年に渡って沢山のマイナスの気を送り続けられると途端に弱ってしまう。
弱ってくると、負の力を抑える力がどんどん弱まって行き、とうとう押さえ切れななくなると、精霊は消えるのではなく、溶けて地下へと浸透していってしまう。
地下へ浸透した精霊は精霊ではなく、只の負の何かになり、地下に留まる。
今まで地上で出していたプラスの気の様に、今度は地下からマイナスの気を放出する。
そうなると、そのマイナスの気が大好きな魔物がそこに巣食い始め、繁殖し、増える。
・・・・・・そして地上が荒れる。
地上が荒れればそこに住む人々の心が荒れる。
そこに住む人々は荒れた心で少しでも豊かな場所を求め移動する。
そしてその移動した先の精霊がその荒れた心で病んでいく。
そして溶けて地下へ・・・・・・
その繰り返しなんだ。」
私は言葉を失った。
なんて恐ろしい負の連鎖。
この連鎖を止める事が出来るの?
「怖い?
けど、これが今の現状。
けど、この世界の何所かに、この精霊達を作った誰かが居るという話を聞いた。
俺はその誰かを探し出す為に旅をしているんだ。
だから各国の知識のある人々に話を聞いたり、自分の見てきた世界の現状を伝えたりしているんだ。
シータも世界の事を。
この世界を守る為に自分に出来る事をよく考えるんだ。」
真っ直ぐ真剣な眼差しで私を見つめる。
今まで私はこんなに大切な事を自分で考えろと言われた事が無い。
一国の皇女ではあるけれど、ううん、あるからこそ守られてきた。
けれど、この目の前に居るカイトは私にも世界を守る為に出来る事を考えろと言った。
突然降りかかった自分の課題。
とても重く感じた。
ぎゅーっ、と、押さえつけられている様。
けれど、この重みを感じて、自分が生まれ変わって行く様な気がした。
「精一杯考えてみる。
私に何が出来るのかを。
この美しい世界の為に」
私はさくらの木を見上げる。
ここの精霊もきっと守って見せる。
舞い散るさくらの花びらを浴びながら私は誓った。
「・・・・・・まるでこの木に宿る精霊のようだね。」
隣で小さくカイトが呟く。
「強く、優しく、そして、とても美しい。」
眩しい物でも見るように少し目を細めながらそう言ったカイトの言葉。
私は思わず顔を赤くして俯いた。
「そして、かわいい」
最後にクスクス笑いながらそう付け加えたカイトに、私は我慢出来ないほど恥ずかしくなって、立ち上がった。
さっき言われたときは、あんなにムッとしたのに・・・・・・
「もう、部屋へ戻ります。」
気が付けばもう少し暗くなりかけている。
「そうだね。部屋まで送ろうか?」
私の為にひいてくれたハンカチをパンッと一回払って手早く畳んでポケットにしまうと、カイトは私に手を差し伸べた。
まだ顔が熱く感じていた私は、少しでも早くカイトから離れたかった。
私はブンブン首を振った。
その瞬間、遠くから名前を呼ばれた。
「シータ」
そう呼んだのはファスト兄様だった。
兄様は私の所へまっすく駆けて来てくれた。
「兄様」
私は何故だかホッとしてファスト兄様の腕を掴んだ。
「こんな時間まで何してたんだ。」
普段は見せない少し厳しめな表情に私はドキッとした。
「所で、君は誰なんだ?」
少し失礼にも見える様な態度を見せる兄様に、私は慌ててカイトを紹介した。
「兄様、この人はカイト・・・・・・様。
先生のお客様なの。」
私の紹介に、カイトはクスッと笑いを漏らす。
「カイトでいいって言っただろ。」
そんなカイトの言葉に、兄様の体がピクッと動いた。
「・・・・・・うん。
で、この人は私の兄様のファスト。
この国の第一皇子よ。」
「シータの婚約者」
そう小さく呟くと、カイトはスッと腕を差し出す。
「よろしく」
軽い言葉とは裏腹に、カイトのは、立派に王族の物。
そんなカイトの立ち居振る舞いに、ファスト兄様は一瞬驚きを見せたけど、すぐに状況を把握して、兄様も腕を伸ばし、握手を交わした。
「こちらこそ。
どうぞごゆっくりお過ごし下さい。」
言葉は丁寧だったけれど、ファスト兄様から感じる気はとても不穏で、私はいつものファスト兄様と違う雰囲気に少し怖くなってしまった。
「では、失礼。」
そう言ってファスト兄様は私の腕を掴んで踵を返して歩き出した。
「あ、ちょっと待って。」
私はそう言ってファスト兄様を止めた。
そんな私に少し驚きの表情を見せた兄様に腕を掴まれたまま、私はカイトを振り返った。
「いつまで居るの?
明日も会える?」
カイトの話をもっと聞きたかった。
「まだ暫くは居るつもり。
用が有る時は先生の所か図書室へおいで。」
そう言ってカイトはヒラヒラと手を振った。
「じゃぁ明日」
私はそんなカイトにそう言うと、再び帰る方向に体を向けた。
「ごめんなさい。お待たせしました。」
そう言って私はファスト兄様を見上げた。
いつもなら、優しく微笑んでくれるタイミング。
けれど、ファスト兄様は真っ直ぐ前を見たまま私を見ようとはせず、再び歩き出した。
「ファスト兄様?」
いつもと違う今日の兄様が、なんだか怖く不安に感じた。
「ごめんなさい。私、何か怒らせる様な事をしちゃったの?」
私を部屋へ入れて帰ろうとするファスト兄様に、私は勇気を出して聞いてみた。
話しかけるのがなんだか怖かったけれど、兄様とこんな状態が続くのがイヤだったから。
ピタッと立ち止まる兄様。
けれど、振り向いてくれない兄様。
私は思わず兄様の腕を掴んでグイッ部屋の中へと引っ張り入れた。
そして自分の方へ体を向けさせた。
振り向いた兄様はさっきまでの無表情とは違い、少し苦しそうで切なげな表情をしていた。
「聞いていい?」
表情とは違う優しい話し方。
「なにを?」
私の返事に兄様は私の顔を覗き込むように質問を始めた。
「カイトとは、いつ知り合ったの?」
「・・・・・・今日だよ。先生の所へ行ったときに紹介された。」
「どんな話をしていたの?」
「・・・・・・精霊の話。
カイトは世界を旅して、精霊の事を沢山調べたり、伝えたりしているの。
そして世界を守る為の方法を探している人なの。」
私の答えに、ファスト兄様の表情がフッと和らいだ。
「また会いたいのは、その話をしたいからなの?」
「うん。
カイトが私に出来ることを考えるようにって。
・・・・・・私、自分に何が出来るか知りたいの。
その為に、カイトから沢山話を聞きたい。
精霊の事だけじゃなく、世界の色々な話も。」
私の話を聞いて、ファスト兄様は私の頭を優しく撫でてくれた。
「そうだな。
今世界はよくない方向へ進んでいる。
俺達はやれる限りの事をやらなくてはいけないんだよな。」
ファスト兄様の言葉が嬉しかった。
カイトと同じ。
私を一人前として見てくれた。
「兄様、大好き」
私はそう言って久しぶりの兄様に抱きついた。
兄様はいつもの様に、私を抱きとめてくれる。
実は、兄様とお話をするのは1週間ぶり。
「兄様、さっき怒ってたよね。
私、何かしたんだよね。」
さっきまでの雰囲気が無くなり、私は話しかけやすくなった兄様にもう一度聞いてみた。
今日会った時には既にいつもと違う様に感じたから、原因は前回話を交わした1週間前?
思い起こしても思い当たる節が無い。
「怒っていたわけじゃないよ。
ただ、お前が知らない男と二人でいる姿を見て、胸が苦しくなったんだ。
一秒でも早くお前をその場から離れさせたかった。」
私を胸に抱きながら、ファスト兄様はゆっくりそう言った。
「これが嫉妬ってものなんだな。」
えっ?
私は驚いて顔を上げた。
そこには、少しバツの悪そうな表情を浮かべたファスト兄様が居た。
「こんな気持ちになったのは初めてだよ。」
少しかすれた声。
まっすぐ私を見つめるファスト兄様。
・・・・・・嫉妬。
私が兄様が他の国の姫と結婚の話が持ち上がった時にした物。
苦しくて、苦しくて、とても切なかった。
それを兄様は感じたの?
私とカイトが只、話をしていただけなのに?
「シータ、愛してる。」
初めての“愛”の言葉。
ゆっくり兄様の顔が近づいてきた。
余りの甘い雰囲気に、私は身動き一つできない。
そして優しく唇と唇が触れた。
初めての、キス。
心が解けてしまいそうな程、甘い。
一度離れて、再び重なる唇。
暖かくやわらかいそれが、兄様の愛情。
私は瞳を閉じて、そのキスに酔った。




