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アップルパイと犬

 勉強――と思ったものの、どうしても内容が頭に入ってこない。

 

 アツムが早く帰ってこないかな、と思って時計を見たり、

連絡来てるかも? なんてケータイを見たりしているアタシは完璧に上の空だった。

 参考書を目で追っても、全く内容が頭に届かないなんて、アタシってどれだけアツムのこと好きなんだろう?


 もう一度腕時計を見ると11時10分をさしている。


 あれから1時間近く経ったんだけど、まだアツムからの連絡はない。


 アタシは参考書をぱたりと閉じて、イスから立ち上がった。

 ちょっと喉が渇いたので、外にある自販機で飲み物でも買おうと思ったからだ。


 とられるほどの荷物はないので、アタシは財布とケータイを持ってちょっとだけ席を離れた。

 

「どれにしようかな? 」

 アタシはきれいに整列されている飲み物の見本をじっくりと見る。

 ロイヤルミルクティーと炭酸のレモン……ロイヤルミルクティーでいいか。

 アタシはちょっとステキなお嬢様気分で、優雅にそのボタンを押す。

 

 ガシャンと音を立てて出てきた紅茶には、優雅にティータイムを決め込むお姫様の絵が描かれていた。


 アタシはまたアツムを待とうと、オクションの中に入る。

 するとアタシが勉強のために陣取った席の辺りに、誰か居ることに気が付いた。


 小太りの、ちょっと派出目なオバサンだ。

 シーズーかマルチーズみたいな白い小さな犬を抱きかかえてる。


 なんか、ちょっといやなんですけど……。


 アタシはそんなことを思いながら、歩いていく。


 広いエントランスではちょっと歩くだけでも足音がこれでもかというほどに響いて、

当然その音に気が付いたオバサンはアタシの方を振り向いた。


「貴女、ここで何をやってますの? 」

 オバサンは急にアタシに向かって口を開いた。

 その声はとげとげしくて、アタシはますます嫌な気分になった。


「知り合いが帰ってくるのを、待っているところです」


 アタシは出来るだけ完結に言った。


 この手の『ザマス』的なオバサンはどうも苦手なのだ。

 出来ることならかかわりたくないし。


「知り合い? 本当に知り合いなんですの?

もしそうであっても、ここで待ってるというのは、いかがなものかと思いますけれども? 」

 オバサンはアタシをじろじろと上から下まで眺めてこう続けた。


「それに……こう言ってはなんですけど、貴女みたいな子の来るところじゃありませんわ。

この場所を勉強する場所にされても……あれですしねぇ」

 オバサンはそう言うと腕の中の白い犬に向かって「ねぇ~メリルちゃん? 」とか言ってる。


 やなヤツ!!


「では待っている間に勉強するのはやめます。

どうせ暇つぶし程度でしたから。

それなら宜しいんでしょう? 」


 アタシはわざと笑顔を振りまきながらオバサンに言った。


 こういう人には逆らわないほうがいいのだ。

 えーっと。こういうのを『触らぬ神に祟りなし』とかっていうんだっけかな?


 アタシがそう言って参考書をかばんに入れ始めると、オバサンは急に声を荒げた。


「貴女、私の言ってること全然分かってらっしゃらないのね!

もっと単刀直入に言うべきだったかしら?

ここは貴女のような庶民が来る様な場所じゃないのよ!

早く荷物をまとめて出て行きなさい! 」

 

 オバサンのものすごい剣幕に、その白い犬(メリルちゃんだっけ? )は驚き、

腕の中から飛び出ると、すごい勢いでテーブルの上に置いてあるアタシの荷物めがけて突進してきた。


 あっ! アップルパイ!!


 そう思ったときにはすでに遅く、アタシが昨日苦労して作ったアップルパイの箱がぐしゃりと床に落ちた後だった。


「――うそ――」


 運の悪いことに、箱の口が開いてしまい、アップルパイが半分以上床に付いてしまっている。


「まぁ~ メリルちゃん!

怪我はなくて? 」


 オバサンはアタシのアップルパイのことより、その犬のほうが大事らしくて、

その犬がしたことなんかまるで無視している。


「……なんてこと、するんですか……」


 アタシはオバサンを睨んだ。

 

 オバサンはちらりと床を見ると、はき捨てるようにこう言った。

「そんな不安定なところに置くからでしょ?

こっちはメリルちゃんがその変なもののせいで怪我をするところだったのよ? 」

 

 なにそれ……


 アタシが、悪いの???!


 カッとなって、おもわず右手に力を込めたそのときだった。


「今のは長谷川はせがわさんが悪いですよ、彼女に謝ってください」


 不意に後ろから男の人の声が聞こえて、アタシは思わず振りむく。


「さ、佐藤センセー?! 」

 アタシは驚いた。

 だってそこにはアタシの担任で、料理部顧問の佐藤翼さとうつばさ先生が立っていたから――。



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