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イルマギア  作者: 鳴澤 衛
昔話
76/80

1 マルティンがいた頃

ドレイクがマルティンとイゾルテに拾われた頃の話。

 もう、いつの頃の話になるのか──。


 遠い昔、『竜狩り』が横行していた。

 過去には、沢山の種の竜がいて、それぞれ群れを作って生活していた。

 一つの種だけで纏まって暮らす群れもあれば、多種類の竜が一緒に暮らす群れもあった。

 小数の群れ、大数の群れ。様々だ。

 テリトリーを守れば、お互い争うこともない。

 唯一の火種と言えば『竜王の欠片』争奪だけ。


 戦うのは各群れにいる騎士竜だった。

 騎士竜は、夜のように闇のように黒く、瞳は流れる血の熱さを証明するかのように紅かった。


 戦う──それが騎士の役目を担う『黒竜』役目であり使命。

 それも、騎士と言う役割から主である竜の命がなければ、自らの意思で戦うことはならない。


 それがいけなかったのだ、と思う。


 戦うべきだったのだ。

 主のために

 種のために

 生きるために


 ……只人に思い知らせるために──。



 銀の髪が、森に差し込む朝日の光に照らされる。

 影の部分が深い海のような色を出し、照らされた髪の部分を更に明るいものにしていた。

 そんな神秘な光を放つ髪の色を持つ者は、一人ではなかった。

 同じ様に輝く銀髪をたなびかせながら足元を気にかけ、森の中を歩く数人の者達がいる。

 奥深い森は、もう何千年とそびえ立つ太く高い木々達によって作られていて、まるで小人がさ迷い歩いているようだ。

 それでも、天を覆うように枝を伸ばす木々の間から差し込む光は、的確に銀の髪を持つ者達を捕らえていた。

 深い森に、まるで海の底が出現したような幻想―しかし、当の本人達は自分達が作り出している光景など気にする様子など無い。

 ひたすら地を眺め歩く。何かを捜すように。


 一人が苦々しく眉を寄せ、しゃがむと地に落ちていた物を拾う。

 そして、ある一点の方向を見つめ言った。

「この先だね……」

 その呟きに、周囲にいた者達が頷き先へ進んでいく。

 ただ一人いた女性が、彼の側へ近付き、手にしている物を一緒に見つめた。

 それは扇形の白い鱗だった。

「まだ小さいわね……可哀想に」

 彼は、しんみりと呟いた女性の形良い頭を撫でる。

「我々も行こう。足元に気を付けて。イゾルテ」

「大丈夫よ、マルティン」

 イゾルテと呼ばれた女性は、マルティンと呼んだ彼に微笑むと、頼りにしていると訴えるように手を握った。

 そんな彼女に、マルティンは愛しげに笑うと手を握り返す。

 二人歩調を揃え、仲間の後を追った。


 生える木々の間隔がどんどん広くなっていく。これは竜の根城が近くにある証拠だ。

 竜は得てして用心深い。分からないよう自然と一体化する『目眩まし』を掛ける。

 巧妙に根城まで辿り着けないようにする上に、罠が施行されているのが常だ。

「見て」

 イゾルテが指を差す方に、破られたサークルがあった。

「かなり巧妙に細工してあるのに……狩りをした中に強力な魔力の使い手がいたな」

「嫌だわ……竜の云われは偽りなのに。それを分かっていながらどうして……?」

「竜の骨や爪は、強い防具になるらしい。あと、鱗は装飾品や魔具に血は──」

「止めて!」

 分かってるわ、でも何故? と問わずにいられないの。

 悲痛な彼女の訴えにマルティンは、イゾルテの頭ごと腕に抱え込んだ。

「帰る?」

 マルティンが、腕の中にすっぽりと収まっている愛しき対象者に、優しく尋ねた。

「……大丈夫。もし、生きている竜がいたなら、私も力になるために来たのだもの」

「うん」

 マルティンは腕の力を弱め、イゾルテを解放し微笑んだ。

「でも、無理はしないで。それは約束だよ?」

「ええ」

 二人微笑みながら見つめ合う。

 二人は同じ日、同じ時に生を受けた所謂双子だ。

 二人の種族の習わしで、男女の双子が誕生した場合、産まれた時点で二人は将来は番になると定められていた。

 それをおかしいとは思うことはない。それが彼らの種族のモラルなのだから。

 マルティンもイゾルテも、自分達がこれから夫婦となって生活しいくことを自然に受けとめていた。

 同じような表情で微笑み合う二人は、容姿の良さも手伝い一つの絵画のようであった。


 その二人をじっと見つめる二つの紅い目に、真っ先に気付いたのはイゾルテだった。

「──視線」

 イゾルテはマルティンから離れ、キョロキョロと辺りを見渡す。

 少々肩を落としながらも、マルティンも精神を研ぎ澄ました。

「「そこ──」」


 二人が指差した場所は、森の中では新しい若樹であった。

 根本に宿り木が、何かを隠すように枝を伸ばしていた。

 迷いなくその場所に進んでいくイゾルテに、マルティンは「気を付けて」と声を掛ける。

 しゃがむとイゾルテは、宿り木を優しく撫でた。

「守ってくれていたのね。優しい子……ありがとう。私達は保護しに来たの。あとは私達に任せて」

 ―─ね? イゾルテが宿り木に語りかけてから暫く、サワサワと枝が震え二手に別れ倒れた。

 開かれた場所には小さな虚がぽっかりと空いていて、覗くと奥に小さな黒い塊があった。

 黒い塊からは紅い二つの光が煌々と瞬いている。

「黒竜だ」

 マルティンが誰ともなく言う。

「おいで」

 イゾルテが、白く細い腕を黒竜に広げ招く。

 小さな竜はシャー! と威嚇をしながら更に後退していってしまった。

「恐いことしないわ。大丈夫。安心して」

 イゾルテはこれ以上、幼竜の癇に障らないよう慎重に言葉を選び、穏やかな表情を作った。

 竜は知能が高い。生まれながらに知識を親から受け継いでいく。他種族の言葉も既に知っているだろう。

 それでも全く警戒心を解こうとしない幼竜は、それどころか背中を三角に上げますます威嚇する。

「イゾルテ、小さくたって獰猛な黒竜だ。油断するな、襲い掛かってくるぞ。まだ騎士じゃないからな」

 歯止めをかける主が決まっていない黒竜ほど、獰猛なのはいない。例え幼くても。

「大丈夫よ」

 ニコニコしながらマルティンを見上げるイゾルテが、隙だらけに見えたのか──


「ガアアアアアアアアアアア!!」


 幼竜が幼いながらも口を開き、鋭い歯を惜しむことなく見せイゾルテに襲いかかってきた

 ──と、言うタイミングで

「おりゃ」

 マルティンの間の抜けた掛け声と同時


 ──ゴッ──


と言う痛々しい音が、幼竜の首元から聞こえた。


 魔力を含んだマルティンの拳骨が入ったのだ。

 仕止められた小さな虫のように黒の幼竜は、へにゃへにゃあとイゾルテの膝の上に落ちた……。


「取り合えず気絶させて連れて帰った方が早いって」

 さらりと答えるマルティンにイゾルテは

「兄様……」

と、呆れながら呟いた。




**

「『竜狩り』に同行した魔法の使い手が分かりましたよ」

「誰?」

「フィアン族の混血で、ククルスと言う若者です」

「フィアン族か……」

 書物を読むマルティンの顔が上がる。


 灰褐色の肌に尖りの大きな耳。

 耳が特徴なだけに聴覚がやたら鋭い種族。

 結界と目眩ましの術に隠れない、僅かな音を頼りにしたか──マルティンは顎を擦り思った。

「族長はなんと?」

「『あれは当の昔に追放した。我が一族には関係がない』と。確認を取った所、族長が言っていることに嘘はないようです」

 如何します?──そう尋ねてきた報告者に、マルティンは顎から手を離し微笑む。

 穏やかな笑いなのに、背筋が凍り付きそうになる怒気を感じ、報告者は緊張に身体を強張らせた。

「竜狩りが横行し、今や竜は絶滅危惧種だ。竜の云われはでたらめで、狩っても意味がないと訴えてきてようやく『狩猟禁止条令』が各国や種族に定められたばかり。これからも、そんな馬鹿な行いをする輩が出てくるだろう」

「今度は、密猟と言う形でしょうね」

「初めが肝心だ。ククルス一派全員『見せしめ』になってもらう。狩った物を売買した者達全ても」

 マルティンの笑みが深いものとなった。

 一見、とても柔らかな笑みなのに、底冷えするのは何故か。

 台詞の内容と見掛けの雰囲気があまりにも一致しないせいか。

 ただ言えるのは

 ──彼を敵に回してはいけない──

 それだけは、はっきり断言できた。

「ククルスは捕縛したら僕の元へ。後は各個人の国元や部落へ。『見せしめ』にして送って」

 はい。報告者は固いながらも、はっきりと返事をし部屋から出ていった。


 気がそれて読む気の無くなった書物を閉じ、長めの前髪を後ろへ流す。

 ふと保護した黒竜の幼子を思い出した。

 イゾルテが「育てる」と張り切っていたが大丈夫だろうか? と不安が襲う。

 竜は孵化した瞬間から既に親から教わらなくても、習性や習慣、生きていく知恵を身に付けている。受け継いだ血が教えるのだ。卵の中で育っていく時に。

 勿論、幼いうちは親や仲間の触れ合いをして感情を育てていくが。

 あの幼竜はその途中で惨劇に出くわした。

 良く言えば純粋な本能を持つ竜だ。悪く言えば黒竜の『攻撃性』と『獰猛』さしか持たない竜と言うことだ。


「……見に行くか」

 マルティンは、想像して流れた冷や汗を手の甲で拭うと、足早に部屋から出ていった。




 イゾルテが幼竜に与えた部屋に一歩一歩近付く度に、騒音が大きく激しくなっていく。

 女性達の悲鳴に、ぶつかる、壊す破壊音。

 イゾルテの止める声は、一向に効果が無いようだ。

「駄目よ! そんなに飛び回らないで! 恐い所じゃないの! だから安心して!」

 オロオロとした口調ながらも、必死に説得しているのが痛々しいが

「そんな弱腰じゃあ、甘くみられるだけだよ」

と、部屋に入りイゾルテに助言する。

「でも……どうしたら良いのか……あんなに勢い付けて飛び回っちゃって……」

 マルティンは、ホトホト困り果てているイゾルテから、今だ室内の威嚇による破壊を繰り返す幼竜を目で追った。

 壊せるものは全て体当たりで壊してる。まだ興奮状態で壁にぶつかっては方向転換し、またぶつかる。

 その繰り返しだ。また、それを煽るかのように、イゾルテ付きの女達が騒ぐからますます暴れるのだろう。

「破壊活動続行中。全員避難」

「ふざけてないで。マルティンもあの子を落ち着かせて」

「無理無理」

 対象外とでも言うように肩を竦め、万歳をするマルティンをイゾルテは溜息を付いた。

 しかし、その先の扉が開けっぱなしなのに、さっと顔を青ざめ叫んだ。

「そこを閉めて! あの子が逃げて他の部屋まで被害が……!」

 時、既に遅し。

 幼竜がいち早く気付いて、空いている扉に飛び込んでいく。

 皆、部屋どころか住処が崩壊する場面をリアルに想像する。だが、只一人マルティンは、ケロリとして目の前を飛び抜ける幼竜を眺めていた。


 ──ドガンッ!


 凄まじい音が、開け放たれた出入り口と幼竜の間で起きた。

 暫く宙に浮いていた幼竜は、物凄い固さの壁に突き当たった後のように

 ズズズズズズズズ……

 と床に滑り落ち、コロンと床に転がった……。

「やだ! 大丈夫なの? この子!」

 イゾルテが抱き起こし瞳孔を確認する。気を失っているだけでホッと息を付いた。

「ふははははは、馬鹿め! そう易々と扉を開けとくか」

 愉快そうに笑うマルティンにイゾルテは

「兄さま……」

と呆れたように呟いた。



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