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イルマギア  作者: 鳴澤 衛
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貴方に出会えて

「フレン、フレン」

 後ろから、息せきを切って駆け寄ってくる少女が微笑ましく、フレンは笑みを浮かべ迎えた。

 最近魔導術統率協会に引き取られたリシェルと言う名の少女で、魔法はまだまだ 初歩の初歩だ。

 本来なら魔導術統率協会に入るのを許されるのは、方陣移動が出来る者が第一条件だが、リシェルのように特例もある。

 リシェルは特殊な例で生を受けた少女だ。

 身体と魂が別の生として受けた母体から産まれた。

 父親は魔力を持たない只人だったらしいが、彼女はどちらかの母の血を受け継いだらしかった。


『トラップ』のカーリナ

『治癒師』のサマンサ


 どちらも稀少な力だが、特に『治癒』は行える者は年々その数が減ってきている。

 リシェルがそちらの力を受け継いでいる可能性を期待し、ドレイクが連れてきたのだった。

 魔力を持っていても魔法として施行しなければならない。

 その施行を行うための必要な知識を今、リシェルは学んでいる。

 彼女が成長し、どちらの力が強く出るか、それか、他の力が強く出るか──まだ先の話だ。


「フレン、お願いがあります」

「何?」

「私を、一番近い大きな街へ連れていってください。イゾルテ様のお使いなんです」

「イゾルテ様の?」

「イゾルテ様のドレスの裾をお直しする時にレースを使うんです。『ただ切るだけじゃ寂しいからレースとかお付けしたら以下がでしょう』とお薦めしたら『じゃあ、買ってきてくれる?』とお使いを頼まれました!」

 リシェルはエルズバーグの宮廷に暫くいたせいか、同じ年頃の子より行儀作法も出来て、言葉遣いも丁寧だ。

 だけど、今のこの喜び方は、歳相応の無邪気な様子が全身から溢れている。

(憧れの魔承師様に頼まれたのがよっぽど嬉しいんだろうな)

「それで、私はまだ方陣移動が出来ないのでイゾルテ様にそれを言ったら『魔導術統率協会ここで仲良くなった人に頼んでみると良いわ』って! 魔導に来てフレンと一番最初に仲良しになりましたので、こうしてお願いに来ました!」

「そうなんだ。……でも、俺の方はまだ用事を済ませてなくて」

 たちまちリシェルは萎んだようになった。


(まいったな……)

 フレンは少し考え、リシェルに

「じゃあ、急いで用事を済ませちゃうから待っててくれる? 」

と案を出す。

 顔を紅潮して頷くリシェルに、フレンはほっとし

「じゃあ、イゾルテ様に少ししたら俺と行くこと伝えてくれる? 後……そうだな、縫製用品が豊富な街も誰かに聞いといて」

と更に付け加える。

 リシェルは「はい」と元気よく返事すると、再び元きた廊下を走っていった。


「さて……俺も」

 フレンも足早に目的の場所に向かった。





「魔導術統率協会に来ている依頼の仕事の振り分けは、各自に届いているはずです」

「はい」

 魔承師補佐のドレイクの言葉にフレン始め、何人かの魔導師達が返事を返す。

 月に何度かの連絡事項。

 フレンはドレイクの補佐的役割をしている。

 ただ、魔承師とドレイクのように公私全ての補佐ではなく、公のみである。それも簡単な雑用がほとんど。他の魔導師や同じ竜の血が流れる者が、手分けしてやっている。

「来ていない者は立候補制の依頼に就くように。依頼の振り分けに意義ある者、都合の悪い者はこの後に私のところへ来てください」

 フレンはドレイクの後ろに立ち丸めた大判の羊皮紙を広げ、壁に張り付ける。

 立候補制の仕事一覧である。

 期日までに名を書き、決定すると本人に通達がくる。名の記入の無い仕事には、イゾルテかドレイクが推薦するか、ドレイク本人が出向く。

 魔導術統率協会に来る依頼は、大抵地域に息づく魔法使いや魔導師達では困難なものがほとんどだ。

 後は国で召し抱えている者達では解決が不可能な事件。

 ──そして戦──

 ここ二・三年は大きな戦が無い。

 活躍の場が無いとぼやく者も中にはいるのは、長い時を生きていくと刺激が少なくなっていくからだろうか?


「来年には二年ぶりに魔導師認定考査が開かれる。推薦通達が届いている魔法使いは必ず受けるように!」

「えー……」

 嫌々な呟きが聞こえ、クスクスと忍び笑いが出た。呟いたのが人目を引く美人のエマだから余計だ。

「意義ある者は解散後と言ったはずです」

ドレイクの注意と共に再び厳粛な雰囲気となり、幾つかの連絡事項の後、解散となった。




「ドレイク~、私、考査受ける気無いんだけど~」

「いい加減に受けなさい」

 え~、と腰を振りながら拒絶しているエマ。

「ドレイク殿、何故儂がこの件に参加できんのかね?」

「俺、この事件無理。自信無い」

 それに意を介さずに、割り振られた仕事に異議を申し立ててきた者達の話を聞くドレイク。

 立候補制の仕事に、名前を記入していく者達で解散後は騒がしい。

「異議申し立ての方は並んで下さい。順番守って!」

 参ったな──今回はいつもより異議者が多い。

 これは荒れそうだ、リシェルとの約束を守れそうもない。フレンは少女の泣きそうな顔を思いだし溜め息を付いた。


「フレン」

 突如ドレイクに呼ばれ顔を向ける。

「はい」

「ここは他の者達に任せて、魔承師様のご用を済ませに行きなさい」

「えっ……?」

 意味が分からず、聞き返すように呆けるフレンに

「魔承師様から精神感応で伝達が来ました。リシェルのお守りをきちんと随行なさい」

と、ドレイクは相も変わらず淡々と説明した。

「あ、──はい! では失礼します!」

 自分が持っていた資料を仲間に渡すと、ドレイクに軽くお辞儀をして扉に向かう。


「フレン」

 再びドレイクに呼び止められ、振りかえる。

「外で食事を取る際には、食べ過ぎに注意するように」

ドレイクの台詞に、周囲からどっと笑いが出た。

「──そんな注意を受けるほど子供じゃないから!」

 フレンは恥ずかしさに顔を真っ赤にし、言い捨て、足早にその場を去った。


(全く! もう、俺もいい大人なのに、いつまでも子供扱いだよ!)


 フレンは心の中で悪態をつきながら、リシェルの待つ待ち合わせ場所に向かった。





 魔導術統率協会に一番近く、手芸用品が整っているのはデオドラのと言う場所らしい。

 そうリシェルに言われ、フレンは戸惑いの色を隠せずにいた。

「……方陣で行くのは難しいですか?」

「──あ、そう言うんじゃないんだ。久しぶりに聞く名前の町だったから」

「ご存じだったんですか」

「うん、随分行ってないけど大丈夫。場所は分かるから」

 フレンは、ほっとしているリシェルの左手を優しく取ると

「じゃあ、行こうか」

と微笑んだ。





 ──あの見世物小屋は、まだあるんだろうか?──

 デオドラ

 俺が人でもなく、竜でもなく

『得たいの知れない化け物』

として檻の中で見世物として生きていた町──





「……大分、変わったな」

 綺麗に整備された路上。

 小洒落な町中と雑踏の中に聞こえる機織りの音。足踏みで織り成される刺繍・レース編み。

 織物業の卸売りを中心に発展した町。

(俺がいた頃は、商業流通通過地点の宿場町で、機織りなんて一部しかしてなかったのにな……)


 ほんの五十年で、こうも変わるものか──。


「フレン……」

 小さな手がフレンの指を握る。

 その先を見ると、不安げに眉を下げるリシェルの顔があった。

 懐古の記憶に浸り、共に来た少女のことを放ってしまった。

 リシェルの手を握り返し、フレンは微笑んだ。

「──さ、イゾルテ様に似合う素敵なレースを買いに行こう」


 色々な店を覗く。

 ついでだからと、刺繍糸や生地にボタンの店、ハンドクラフトに皮にビーズ──キラキラと瞳を輝かせ、テンションの高くなっていくリシェルに、どんどん疲れていくフレン。

 女は幼い頃から女だ。フレンはつくづくそう感じた。

「リシェル、休憩しない? お腹空いたし、喉もカラカラ」

「──あ……そう言えば……」

 フレンに言われ、リシェルはお昼はとうに過ぎていることに気付き、お腹を押さえた。

「どこか入ろうか?」

 二人顔を見合わせ、笑った。





 四角い卓上に、はみ出す勢いで並べられた様々な料理に、リシェルはあんぐりと口を開けたままであった。

「どうしたの? 食べなよ」

「は、はい!」

 次々と口に運んでいくフレンを見て、リシェルも一生懸命食べた。

 周囲も驚く量を二人で平らげ、何とかデザートにいく。

「レースは良いのあった?」

「はい」

 熱々のホットアップルパイを頬張りながら、リシェルは答えた。デザートは別腹らしい。

 それから黙々と食べていたリシェルが、フレンに徐に尋ねた。

「フレンはここに住んでいたんですか?」

「──うん。と言っても、昔ね……。こんなに栄えてなくて、街と街の途中の宿場町みたいな所だったんだ」

「そうなんですか」

「この先が公国の城下街だから、身なりを整えようと旅行者やお偉い様達が、買い付けして……それでこちらに方向転換したんだろうね」

「昔はどんな町だったんですか?」

 無邪気に聞いてくるリシェルにフレンは

「今とは違った賑やかさがある町だったよ。今みたいに人が沢山いた」

と微笑んだ。




 ──賑やかで、人が沢山いて……。

 沢山の人が好奇な目で俺を見る。檻の向こうから。

 自分を見に来ているのだと分からずにいた。

 毎日鞭や棒で身体を打たれ、痛みと怒りで身体が熱くなると姿が変化した。

 どよめく声、叫ぶ声、泣く声──様々な声が重なり混じる。

 気が高ぶっている俺は、それがうるさくてムカついて檻を揺らす。

 また鞭や棒で叩かれ、それでも落ち着かないと魔法で痛め付けられた。


 傷だらけになっても放置──数日経つと治ってしまうから。


 それでも

 自分の置かれている場所が不幸だとか幸せだとか

 何も思わない考えない。

 寝る時間と食事の時間だけが楽しかった時代。




「ドレイク様が俺を引き取って下さって、魔導術統率協会で他の仲間達と勉強をするようになったんだ」

 開錠され、怯むことなく自分に近付き差し出された手。

《ついてきなさい》

 自分の頭に直接語れる声。

 殴るものを持っていない手が差し出されるのも、脳に入ってくる声も初めてで、警戒して唸る俺にドレイク様は言った。

《私は仲間だ》

と。


 ──仲間


 意味なんて分からなかったけど、彼の赤い瞳は冷たい表情と違っていた。

 俺はここから出るべきなんだ──

 そう感じて手を取った。

 ドレイク様は、四つん這いでしか歩けなかった俺を易々と抱き上げ、興味津々で見つめる観衆を掻き分け、堂々と歩く。


 錆び臭い檻の、黒々とした囲いの無い空は青くて高くて。

 ドレイク様の腕や肩は、温かくて脈の躍動が聞こえてきた──初めて知った。

 

 生きている者同士の触れ合い……。




「丁度、今のリシェルくらいの時に魔導術統率協会に来たんだ」

「……フレンは今、幸せ?」

「幸せだよ。リシェルは違うの?」

 ううん──とリシェル。

「お母さんが、私を利用するために産んだんだって知った時……悲しくて泣いちゃった。会いたくて、辛いことも一生懸命に乗り越えてお母さんに会えた時、お母さん泣きながら抱き締めてくれたんです……会いに行って良かったって思えて嬉しかったんです。──でも、みんな嘘だったんだ、って悲しかったんです。私、これからどうしたら良いんだろうって、不安で怖かったんです」

「……リシェル」

「でも──!」

 リシェルの、緩やかに肩に落ちる髪が跳ねる。楽しそうに。

 その髪と同じように少女の顔は、晴れやかで生き生きとしていた。

「フレンが言ってくれましたよね?『ここに来る為にリシェルは生まれたんだよ』って! 私、その通りだって思うようにしたんです」

「俺、そんなこと言ったかなあ?」

「言いましたあ!」

 ぶう、と頬を膨らませてむくれたリシェルにフレンは

「ごめん、ごめん」

と笑いながら謝る。


「俺もドレイク様に同じようなこと言われたんだ」

「ドレイク様が?」

「うん……」


《―その姿で生まれたのには、何かしら意味があるもの。意味のなく生まれたものはいない。

 出会いも何か意味がある。私と出会い、魔導術統率協会に来たのはフレン──貴方がここに必要な者だからです》


「俺もすごく嬉しかったんだ……だから、リシェルにもそう思って欲しかった」






「戻りました」

 魔導術統率協会に帰ったフレンは、リシェルを魔承師の所まで送ると、真っ先にドレイクのいる執務室に足を運んだ。

「ご苦労。今は特に仕事はありません。部屋で休んでいなさい」

 ドレイクは書く手を止めずに、フレンにそう告げる。

 フレンは暫くその様子を眺めていた。

 いつもと変わらない淡々とした動作・表情。そんな彼を苦手だと言う者は多い。

 だが──同じ血が流れているせいなのか、フレンは彼を苦手だと感じたことはない。

 同じ血が流れているせいだけじゃない、フレンはそう思う。

 最初から彼の内面の温かさを知っているから──握られた手の熱さ。抱き上げられた時の幼子を労るような仕草。竜の愛情表現の頬の触れ合い。

 ──俺は、ずっとドレイク様にお仕えするだろう。

 ドレイク様が魔承師様を主として側にお仕えするように、俺にとっての主はドレイク様だから──。


「俺は、貴方に会えて良かった」


 フレンの言葉にドレイクはペンを走らせる手を止め、じっと彼を見上げた。

 相変わらずの表情の無さにフレンは苦笑いをする。

「それが言いたかっただけです」

「そうですか」

 

 一瞬間が空いて、ドレイクが口を開く。

「フレン、食べ過ぎに注意をしなさいと警告したはずですが」

「──え?」

 突然の話の振りにフレンは首をかしげた。

「貴方が沢山食べる分には構いませんが、人には適量と言うものがあります。彼女に自分と同じ量を注文してどうするんです」

「──え? あ? でもリシェルの食べれなかった分は、俺が食べました」

「それでもリシェルは残さないようにと懸命に食べたのでは? あの子はそう言う気遣いをする子です。私はその辺りを懸念して警告したのですが」

「……でも、あのくらいは食べれるかと……」


 はた──気付くいたフレンは、ソワソワと慌て出す。


 冷や汗が流れるのが自分でも分かった。

「──もしかしたらリシェル……今……」

「魔承師様から精神感応で連絡が来ました。リシェルが腹痛で踞ってしまったそうです。消化薬を調合しなさい、すぐに」

「は、はい!」

 走り去ろうとするフレンをドレイクが止めた。

「薬の調合の仕方は?」

「患者の症状を的確に見定め、年齢・体重に見合った薬の配合に量を調合!」

「拒絶反応の有無もです」

「はい!」

 では行ってきます──と、全速力で走り去っていく足音が遠くなっていったのを確認すると、ドレイクは再び視線を書類に戻しペンを走らせる。


「……全く」


 呆れたようにぼそりと呟くも、彼の口の片端が僅かに上がっているのだった。








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