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イルマギア  作者: 鳴澤 衛
SS
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イゾルテ乱心

「そう言えば、ドレイク」

 魔承師・イゾルテは、仕事の合間の休憩に茶を飲みながら、真向かいにいるドレイクに徐に聞いた。

「何でしょうか?」

 今日の茶葉の蒸らしは良くできた、と、ドレイクは紅茶のまろやかな香りを嗅ぎながら答える。

「このクッ……? 何と言う名前の菓子だったかしら?」

 でこぼこの形をした、手のひら大の創作物をドレイクに見せる。

「クッキーですね。エマとリシェルの作品なようです」

 ドレイクがさらりと答え、イゾルテは頷きながら「ふん」と力を込めて半分割ってドレイクに渡す。

 ボキッと言う、バタークッキーらしからぬ音が出たのはお互い無視を決めた。


 菓子を茶に浸して食べるのは、良くできた茶に残念な行為だが仕方ない。

 ドレイクの歯は鋼鉄も楽々噛み砕けるが、イゾルテは不可能だ。

 何せ、異世界の物がこちらに流通するようになってからも、あまり外に出ることはなかったし──今は、この協会の外から出てはいけない。

 元々食の細い彼女は、食べ物に執着がない事が重なり、異世界から来た食べ物の名も食べ方もあまりよく存じない。

 ──従って自分の歯が丈夫だからと、彼女の前でボリボリバリバリと噛み砕いては、イゾルテが真似をしてしまう可能性が高いのだ。

 イゾルテの歯の固さは普通の人並みだ。欠けてしまうかも知れない。

『再生』の力を持っているが「クッキー食べて歯が欠けましたから力を使います」と言う理由で、各国から集めている魔力を使うのはどうかと思う。

 食べ方一つでも、イゾルテの前では気を付けなければならないのだ。

 イゾルテはじいっとドレイクのやり方を見て、同じく茶にクッキーを浸し案の定真似をする。

 浸した部分を口に入れ頷きながら「食べれる……」と呟いた。


「ところで──」

と、ドレイク。

「聞きたかったのは、菓子の名前ですか?」

とイゾルテに尋ねる。

「ああ、そうそう。ルーカスとエマから聞いたのだけど『竜王の心臓』の欠片をカーリナが持っていたそうですね」

「はい。池から引き上げました」

「どこから手に入れたのかは聞き出せた?」

「いいえ、その前に事切れました」

「欠片に思念は?」

「王であった頃のものしか残っておりませんでした。断片的に、それも時間が経ちすぎて僅かなものです」

 そう、とイゾルテは息を付く。

「やはり、年月が経っていくほどに思念や記憶が消えていくのね……。もう少し前までは、欠片となっても受け取った相手などは視えたのに」

「しかし、死んでもなお、未だに影響を与えているのですから大したものです」


 ドレイクは竜王たる竜を見たことがない。

 自分が生まれた頃には等に竜王は没していた。

 黒竜の自分は、主たる竜を定めると例え親でも殺し合う──そう言う習性の種族。

 昔、手に入れた竜王の一部の記憶と思念を視た。

 どの種族の竜も、王を尊敬の眼差しで見つめ称える。

 王は、自分が統一した竜の世界に満足に、永遠の繁栄を願っていた。


 ──自分の死後の継承争いが、己の身体をこと小刻みに刻まれ、それを手にしたものが王を受け継ぐと、竜達の間でだけでなく、他の種族にも影響を及ぼすなど微塵も考えずに。


 出来るだけ回収する──それもドレイクの使命。


「ねえ、ドレイク」

「はい」

「聞いたことがなかったのだけど、今まで集めた竜王の身体はどこに保管を?」

「私の中です」

 

 ──しばらく静寂があった。


「……中? 身体の……?」

「はい」

「……食べたのですか……?」

「はい」

 イゾルテの顔が白さを通り越して、青くなっていった。

 フルフルと震え、手に持つカップが揺れている。

「イゾルテ様?」


「な、な、な、何故食べるの―――!!!」


「──!!」

 いつもの彼女と同一人物とは思えない早さで、ドレイクの脇に来ると腹蹴りと背中を殴打しだした。

「ペッ!ペッ! ──よ! ペッしなさい! ばっちいでしょ!! あれってミイラでしょっ! 一体どれだけ人の手に渡ってると思っているのです! 見えない雑菌だらけだし、虫が沸いているかも知れないでしょう!」

「イ、イゾルテッ、さ──!」

 連続殴打と足蹴りで喋れないわ痛いわで苦痛に歪むドレイク。

 吐くも何も、既に吸収され自分の一部になっている。

「も、も、もぉ──消、がっ!!」

「駄目だわ! ああ、どうしましょう! ドレイクが病気になってしまう! ──そうだわ!逆さ! 逆さに!」

「──?!」

 イゾルテが口の中で含むように呟いた。

 刹那、自分の視界が逆の世界になり、それが上下に揺れる。それもかなりの速さで。


 (先程飲んでいた茶と菓子を吐く!)


 かつて無い危機にドレイクは口を手で塞ぎ、フレンに精神感応で助けを呼んだ。





「ドレイク様!」

 雷に打たれたかと錯覚する程の救済信号にフレンが全速力でやってきて、その様子にへたり込んだ。


 ──俺だけじゃ無理!


 そのまま四つん這いで

「だ、誰か──! イ、イイイゾルテ様が! 乱心されたーー!!」

と、他の者達にも大声で助けを呼んだ。






 後日、フレンと助けに来た者達は

「……ドレイク様の様子より、イゾルテ様の、あの表情の方が……ドレイク様の親御様代わりでご心配されたのだろう……けど……」

と、顔を青くし、口々に呟いたと言う。



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