表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イルマギア  作者: 鳴澤 衛
第一章
7/80

7 策 (1)

結局、その夜はコンラートは現れなかった──。


馬上で何度も欠伸を噛み殺しながら、宿舎へと戻ったアデラはズルズルと足を引きずるようにして自室へ戻った。

同僚達は朝の訓練で、誰1人宿舎に残っておらず黄色い声に囲まれずに済んで、ホッとした。

取り合えず、一寝入りしてから身体を清める事にしよう……。

それから、王立図書館の閲覧禁止の書をそっと持ち出して──出来るだろうか?


『魔法に関する古代文書があった筈なんだ……もの凄くぼろぼろだから……すぐに分かる。それを持ってきて……。 ぼろ過ぎて閲覧禁止になったやつだからそんな怖いものじゃないから平気』


 とにもかくにも……寝よう……。



ノックの音に目が覚める。

日時計はまだ昼……また、噂好きの同僚だろうと居留守を使うことにした。

「アデラ、居るんだろ?」

男の声に、まだよく覚醒しない頭でのっそりと寝台から身体を起こすと、閂を外す。

「──ロジオン王……!? ──エイルマー?」

むすりとした顔を此方に向ける同僚の男性仕官のエイルマーが、顔と同じごつい身体付きを扉を塞ぐようにアデラに向けていた。

偉丈夫の彼に目の前に立ち塞がられるようにされ圧迫感を感じながらも、同僚の気安さで夜着のままで構わず対応する。

「悪臭王子じゃなくて悪かったな」

ふざけた言い方であるが、明らかに機嫌が悪そうだ。

「私の主だ。 私の前で他の同僚のように悪態をつかんでくれ」

エイルマーの出現ですっかり目が覚めたアデラは、いつもの張りのある澄んだ声で厳しく諌める。

「──何が主だか……従者ではなく愛人じゃないか」

(それを聞きに来たのか……)

「……エイルマー、悪いが疲れているんだ……。休ませてくれ」

偉丈夫のエイルマーを外に追い出し、扉を閉めようとすると彼に止められた。

「お前、それで良いのか? 愛人なんか、そんなの仕官の仕事じゃないだろ?! しかも、剣や身体の鍛錬にも出てこないで……!!」

「この生活に慣れたら、仕官として鍛錬もきちんと行うつもりだ」

(とにかく眠いんだ……!!)

 エイルマーの顔を見つめ睨んだ。こいつは悪い奴ではないのだが、どうも空気を読む事が出来ない。 

 女は少々ぼんやりしてる方が可愛いとか、女兵士の前で平気でほざくし。

 これだけ険悪な態度を出しても分かっておらず、仕官としての心構えを淡々と説いてるし。


「──聞いているのか? 」

 エイルマーの問いに、アデラはやけ気味に「ああ」と応える。

 本当は全く聞いていないのだが、聞く振りしてさっさと帰って貰おうと目論んでいた──が、

「そうか!! 俺の気持ちを受け入れてくれる決意をしてくれたか!!」

と、いきなり抱きつかれた。


 ──えっ?


 あせってエイルマーから身体を引き離そうと身を捩るが、「恥ずかしがるなよ」とますます強く抱きしめる。

 「てっ手加減を知らないのか?! お前は!! 痛いだろが!!」

 本気で痛がるアデラにお構いなしのエイルマーはそのまま扉を閉めると、アデラをベットへ押し倒した。

 何が何だか分からぬまま、だが、貞操の危機だと本能で感じたアデラは枕元に隠してある短剣で鞘を外さぬまま、エイルマーの後頭部を殴打する。

 呻き声を出し後頭部を押さえた彼の隙を見てするりと離れると、投げといた仕官服を拾い自室から飛び出し、ベルの部屋へ逃げた。


 驚いたのはベルの方だ。

 乱れた夜着で血相を抱えて逃げ込むアデラ

 頭を押さえながら追いかけるエイルマー。

 焦りながらも素早く状況を察したベルは、エイルマーが部屋に入るぎりぎりで思いっきり扉を閉め、閂をかける。

 「なっ、何? 今度はアデラなの?? あの勘違い男?」

 叩き続け、しなる扉を押さえながらアデラに聞くベル。

 エイルマーは仕官の中では有名な勘違い野郎で、好かれていると勝手に思い妄想を広げ、標的の女性を追い掛け回すという、コンラートとは別な意味での化け物野郎だった──。

 兵士としての実力があるだけに、空気の読めなさと女性に関する勘違いが、彼の出世を妨げてると評判であった。

 二人で必死に扉を押さえていると、この騒ぎに誰か王宮憲兵に通報してくれたのだろう。

 「何だ?!貴様等!!」

 「女子寮で騒ぐな!」

 「取り合えず、話は向こうで聞くから!」

 扉の向こうの喧騒が聞こえる。

 「アデラー!! 何故だーーーーーー!!」


 エイルマーの悲痛な叫びが廊下に木霊していた……。


 アデラとベルは、力尽きたようにその場に座り込んでしまった。

 脱力感が襲い、二人扉に背もたれボンヤリする。

 「……何人目だっけ? あいつ……」

 長い沈黙の後、先に口を開いたのはベルだった。

 「……知らないよ……。おかげで目が覚めたけど……」

 アデルはそう答えると、肌蹴た夜着を整えながら立ち上がった。

 「ごめん、ベル。 迷惑かけちゃって」

 「私に迷惑かけたのは、エイルマーだし」

 ベルは肩を竦め、笑ってアデラを見た。

 「……あっ!!」

 自分を見つめるベルを見て、思い出したように彼女に問いかけた。


 「──ベル、確か貴女の恋人って……」



「これが、王子所望の古文書だと思う」

 ベルの恋人の司書であるボリスが、労わる様にアデラに渡した一冊の本は酷い有様だった。

 羊皮紙が所々虫食いと色あせており、しかも、紐が腐食して今にも解けそうである。

「本を修復するか、新しく写し直すかまだ、修史官と相談中なんだ。内容を訳できる人もいないから、これがどれ程の価値のある書物なのか分からないので、放りっぱなしだったから……ロジオン王子は訳できるのかい?」

「さあ……? 私はただ、持ってくるように言われただけだから……」

 歯切れの悪い返事を返すアデラは、今にも崩れそうな書物を至極大事に手に持ちながら、ボリスとベル礼を述べて図書館の裏口からそっと出た。

 勿論、この事は秘密にしてもらって……。


(持つべき友は、多い方が良い──ついでに口が堅い方が尚更良い)


 1人頷きながら、夕日を背に走るアデラだった。



「──うん、これ……」

 アデラから受けとった書物を見て、はっきり「酷いな」と露骨に顔をしかめて言った。

「前に見た時より酷い……ほっぽり投げてた……感じ?」

「ほっぽり投げていたと言うより、どうするか相談中でそのままだったそうです……」

「相談中? そのまま? だった? ……そうです? ……持ってくるのに協力者がいたの?」

「──うっ……!」

 怪訝そうに眉を顰めるロジオンに、アデラはグッと喉を詰まらせる。

「……」

「……」

「……申し訳ありません」

 たっぷり沈黙の後、恐る恐る主に事の次第を告げた。

「……そっと持ってきて……って言うのはね、内緒で持ってきてと言う意味だったんだけど……?」

「はい……たまたま知り合いが司書にいたものですから……つい……」


 (私が一番口が軽いのかも……)

 

 王子にもベルにも彼女の恋人のボリスにも、心の中でたっぷり謝りながら呟くアデラだった。

 

 ロジオンは肩が揺れるくらいに大げさに溜息を付くと、作業台に本を置いてそっとページを開きながら、いつもの平坦な口調で尋ねた。

「その司書、僕が訳せるか? と聞いてこなかった?」

「そう言えば……聞いてましたね……」

「何て、答えたの?」

「ただ、持って来るように言われただけだと……」

「……後で詰め寄られそう……」

 珍しく嫌悪の様子が分かる口調だった。

「……訳せるから、持って来いと言ったのですよね?」

 ロジオンは黙って頷くとそのまま、本にのめり込んでしまった。

 時々、本棚にしまってある本を開いては読んで、たまにペンを持って自分のノートに写し取ったり。


 日はとっぷり暮れ、遠くで梟が鳴いている。

 今夜は現れるのだろうか?

 ちらりと主であるロジオンを見る。

 彼は一心不乱に書物を読み解いていて、こちらの視線には気付いていない。

 そう言えばと──アデラは思い出したように奥の台所に入り、持ってきた夕飯を皿に盛り付けそっと、ロジオンの脇に置いた。

「お食事です」

「……」

 アデラに声を掛けられたことも、側に食事が置かれた事にも気付かないようだ。

 ──いや、気付いていても返事をする余裕が無いのかも知れない。その集中力に必死な気配が読みとれるようで、アデラは一抹の不安がよぎる。


(今夜辺り……来るのか……?)


 夜の住人ではないアデラは闇から逃れるように、そっと窓から外を眺めた。

 外は漆黒の闇……。

 遠くにかすかな王宮の灯火が瞬くだけ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ