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イルマギア  作者: 鳴澤 衛
第二章
63/80

63 黒竜の役目

せつなーく、すこーしだけ、ラブ。

 イゾルテは直したバルコニーで縫い物をしていた。

 共に直した白塗りの椅子に座り、円卓には裁縫道具が置いてある。

「ドレイク」

 後ろから近付いてくるドレイクに声をかけた。

 針を掴む手は動いたままだ。

「いけないわ……。ロジオンを叱るのに、身近な女性を使うのは……」

「彼女は聡い。 分かるかと思いますが」

「どんなに聡くても敏感でも、あんな風にされれば勘違いしてしまいます。貴方が、普段からああなら平気ですけど……」

 針の動く手が止まった。隣に立つドレイクを睨むイゾルテの瞳には、批難の光がありありと照らされる。

「好きになった人に使うのではなく、あのような時に使うのはやり方が間違っていますよ?」


「……今度、会う時にお詫びします」


「必ずですよ」

 そう言うとイゾルテはまた、せっせと針を動かし始めた。

 普段の彼女はいつも穏やかで、怒ることはほとんど無い。

 自分の命を狙う輩にも慈悲を与えてしまう。

 だから、たまにこのように怒りの眼差しを受けると迫力がある。

 ──ドレイクが素直に考え直すほどに。


 ドレイクは柵に腰を掛け、しばらくイゾルテの様子を見ていた。

 彼女は縫い物に集中しているようだ。話しかけづらい。

 ここで声を掛けたら、また注意を受けるだろうか?

 黙っていた方が良いのだろうか?

 滅多にされないお叱りを受けて、小さな子供のように萎縮してしまう。

 それは仕方がないことだ。

 ドレイクにとってイゾルテは主人でもあるが、その前に自分を育ててくれた養母でもあり、姉でもある。

 

 ──彼女と共に自分の人生がある──


 よく人が言う、男女の愛とは違うものだと思っている。

 自分は誰も、仲間とも人とも愛し合うことはないだろう。

 それはイゾルテに対しての恩義でもあり、誓いでもあった。



「ドレイク」

 いつのまにか針仕事を終えたイゾルテがいた。

 裁縫道具を片付けながらドレイクに言う。

「私のことは気にしなくて良いのですよ……? 好きな方が出来たら、お付き合いなさい」

 自分の決意を見透かす台詞を、この方はたまに吐き出す。

「いえ……。共にいたいと思うのはイゾルテ様お一人です」

 ふう、と溜め息のような息を付き、イゾルテは立ち上がる。

 広げられた縫い物を見て、それが何だか分かったドレイクは顎を擦った。

 裾を上げたドレスだ──しかも切る時適当だったのか、左右長さが違うし縫い目が吊っている。


「……お針子に依頼しましょう」

「……そうしてくれるかしら」

 くるくると畳んだドレスを裁縫道具の上に置く。

「裁縫も長くやっているけど、未だに鈕付け位しか上手く出来ないわね……」

「最初は針の穴に糸を通すことさえ出来なかったのですから、上達していますよ」

 ドレイクの励ましの言葉にイゾルテは微笑むと、ドレイクの頬に手が伸びた。

 すっ──と身体を寄せ、ドレイクの頬を自分の頬に寄せる。

「私の事は良いから、貴方は貴方らしく生きなさい」

「私らしく生きております……イゾルテ様は、私の本来の黒竜としての生き方を下さいました」


 黒竜は、他の竜達の騎士的役割を持つ竜。

 単体、あるいは団体の他の竜に忠誠を誓い、守るために戦い続ける。

 それが生きる原動力であり命。

 ──それ故に、主人である竜の命が尽きると──

 忠誠を誓った黒竜も、生涯を閉じる……。


 遠い過去、魔力を持たない者達の迷信で竜達が殺され、絶滅と囁かれた同じ時期に、獰猛と言われた黒竜も姿を消した理由であった。

 成人した黒竜は、主人を見つけなければ原動力がなく、自然に命が流れていく。

 ドレイクは、自分を育ててくれたイゾルテを選んだのだ。



「イゾルテ様」

「何?」

「ロジオンに、最後まで話さなかったのですね……」

「……聞いていたの? 盗み聞きは良くないわ……」

「私は貴女に忠誠を誓った日から、精神が繋がっております。話すのが躊躇う内容があったのは分かりました」

「……」

 触れた頬から、彼女の悲しみが流れてきてドレイクは彼女を抱き寄せる。

「昨日のこと以上のことが起きそうで……話せなかった……」

「あの子は勘が鋭い。勘付いているかも知れませんよ……?」

「どうしたら良いの……? 兄は何を考えて、このような魔法を考えたのかしら……?」

「目覚めを……待ちましょう……きっと、ロジオンの代で起きましょうから……」


 目を覚まさないで──


 イゾルテのロジオンを思う心の声と葛藤が聞こえ、ドレイクは哀れで抱き寄せた主人の額に口付けを落とした。

 

 彼女の決定は時に残酷だ。

 冷静に与えられた仕事をこなしているが、特にマルティンの魔法に関しての事がドレイクにとって堪えることだった。

 だが──

 自分に命を下す度に、彼女の心が壊れそうになるのを知っている──それを必死に抑えていることも。

 当たり前だ。マルティンは彼女の兄であり対だから。

 『魔法を使う者達を統治する』である時代の魔承師だったなら、イゾルテは相応しかった。

 

 ──魔承師と言う意味合いが変わってしまった今──


 それでも必死にその役割を成し、心を保ち、柱となっている。

 

 

 疲れてる──この繰り返しに──分かってる

 疲れているのは自分だけじゃない。

 待つのが、もう嫌なのは自分だけじゃない。

 分かっていたのに──ロジオンを見て苛立った。

 分かっていたのに──イゾルテに反抗し、ロジオンを導くと言ってしまった。



 

 

 彼女の心の葛藤がまだ聞こえる。

 きっと、自分の迷いも後悔も彼女には聞こえている。


 

 ──だから

 どんなに永い時でも、私は貴女の側にいます。

 孤独にはさせませんから──


 この、自分の心の声も聞こえることを願って……。





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