62 ドレイクの鞭
一晩経ち、エルズバーグへ戻る支度を整えたロジオンとアデラは、イゾルテの元へ挨拶に出向いた。
イゾルテは例の謁見場にいるようで、フレンと言うドレイクと同じ竜の血を持つ青年が案内してくれた。
イゾルテとドレイクは、二人揃ってある場所にいると言う。
──ある場所とは、ロジオンが壊したバルコニーである。
「……やばっ」
ロジオンが然知ったりした顔を露骨に出し、フレンが含み笑いをしながら言った。
「大丈夫ですよ。魔承師様は優しいお方ですし、よくあることなんです」
「よく物が壊れるってこと?」
昨日イゾルテが、かなりぼんやり屋さんと知ったせいか、常日頃からよく物を壊すのかと聞いてみた。
しかし、フレンは違う意味として読んだらしい。
「しょっちゅう壊されるって、言うわけでは無いんですけど。お立場を狙う方が時々現れるんですよ。いつも穏やかな風情でいらっしゃいますから、舐めている方もいるわけで……」
「頂点に立たれる方には、立たれる方のご苦労があるのですね」
アデラが同情するかのように言った。
「──まあ、大体は魔承師様に辿り着く前に、ドレイク様にえらい目にあわされますけど。逆に容赦無いですから、あの方は」
半殺しですよ、あははは──と、呑気に笑うフレンは、恐らくその状況に慣れているのだろう。
飴はイゾルテ
鞭はドレイク
(ドレイクに鞭を食らうのか……)
溜め息をつくロジオンだった。
*
謁見場に着いた時、二人はステンドグラスが割れ、ひしゃげた窓枠の前にいた。
周囲には様々な方向へ飛んでいったステンドグラスが、足の踏み場も無いほどに床に散らばっている。
三人に気付いたイゾルテとドレイク。
「お二人ともよく眠れました?」
イゾルテは、にこりと優しげな笑顔を向けた。
「はい……。昨晩はありがとうございます」
昨晩──と言うのは、意識の中で交わした会話のことで、ドレイクやフレンは魔承師としての彼女との付き合いで分かっていたが……。
(? 昨晩? )
一晩付き添っていたアデラには理解できないし、ずっと見ていたのに
(昨晩? え? 二人で何をしていたのだ?)
と、頭を捻った。
「落ち着いていてくれて良かった。外の話が沢山聞けて楽しかったわ。また、来て話を聞かせてくださいね」
イゾルテ自体が歪みを押さえる形代となっている。ここから離れるわけにはいかなかった。
一つの塔だけでもかなりの大きさに広さだし、空中庭園や温室もあるようだが、外の空気が吸えないと言うのはつまらないものだろう。
(しかも……付き添ってるのは口の悪いドレイクだしね……)
「はい、暇を見つけてまた……。その時は……悩殺させる美脚を是非ご披露ください」
ロジオンのこの台詞にドレイクは呆れ、イゾルテは、ふふふ、と笑う。
そして
「貴方の師匠であるコンラートにも、言われたことがあります」
流石、お弟子ですね──とイゾルテに切り返され、ロジオンは亡き師匠に妙な対抗心が沸いたのだった。
「イゾルテ様、そろそろお願いしたいのですが……」
ドレイクが促す。
「そうだったわね」
イゾルテは持っていた杖をドレイクに渡すと、両腕を空に差し伸べた。
瞬間に空間が変わった。
ぴん―とした張りのある静けさ。
床に散らばったステンドグラスが、ゆっくりと宙に浮く。
瞬きもしないうちだった。
何事もなかったように、ひしゃげた窓枠は美しい形容を取り戻し、ステンドグラスは窓に戻り、昨日のように柔らかな豊穣の色を付け、日の光を受けていた。
「……失礼」
ロジオンは驚き、真っ先に窓のステンドグラスに手を付け、間近に見る。
人が手を加えたような接着の後も無い。
「『再生』だ……初めて見た……」
『物』の完全な『再生』は『治癒』同様に難しく、魔法の中でも特殊な能力を使う一つだ。
「この力は、イゾルテ様のみのお力……。あと、私が知る限りには古代から命を保つ者達」
再生──
治癒──
これは遠い過去には、魔力を持つ者は持ち合わせていた力──。
ドレイクの言わんとしていることが分ったロジオンは、何とも言えなかった。
*
塔を出るとハインが待っていた。
「勝手に帰るから……迎えに来なくても良いのに……」
ロジオンがガッカリした口調で言うが、それは迎えに来たハインにもガッカリさせられた台詞だ。
「ロジオン様は、大国・エルズバーグの王子なんですから! 自覚を持ってくださいよ」
と、ハインに逆ギレされた。
「ロジオン」
ドレイクが見送りに出向いていた。
「何?」
「たまに様子を見に行きますよ」
「……心配しなくても……思い出したら、すぐに出向くよ?」
「魔承師様の命でもありますから」
それに──と、ドレイクはアデラに歩み寄り、彼女の手の甲に口付けを落とした。
驚いたのはアデラだけではなく、ロジオンもだった。
手の甲に口付けは、相手を敬愛する意味があるが、ドレイクが──あのドレイクが、魔力を持たない人の女性に、このような態度を取るのを見たのは初めてだったからだ。
驚いて、ぱくぱくと言葉に出ないアデラとロジオンに気にせずにドレイクは
「アデラ殿にも会いに行きます……。魔承師様も貴女に興味がお有りな様ですし」
と告げた。
「わ、わ、私に?」
はい、と返事すると、ドレイクは今までに見せたことが無いほどの笑顔を向ける。
無表情と言うより仏頂面に近い、いつもの彼がみせる笑顔は、女性には効果てき面に間違いはない。
案の定、アデラは全身真っ赤にし俯いてしまい、それでも小さな声で「はい」と返事を返した。
「では……」
ドレイクはそれだけ言うとアデラから離れ、協会に戻ろうと踵を返し歩く。
ロジオンの横を通るその時、二人の視線が絡み、ドレイクが笑う。
意地の悪い笑みで──。
「……!」
わざとだ。ロジオンは口角を下げた。
「性根の悪い……」
そう呟いた。
ドレイクの鞭を、こんな形で食らうなんて──ムカムカと胸元がざわつくロジオンだった。
今週末から来週の末まで、私用で更新が止まります。
ブログには既に書いておきましたが、この二章が終わったら題名を変更しますのでよろしくお願いします。