60 イル・マギア(2)
ああ、ここは夢だ──ロジオンはそう思った。
身体を起こし胡座をかく。周りは真白の世界──全く現実感が無い。
(夢だ夢だと唱えてれば目が覚めるか?)
そう思い、ぼんやりと遠くを見つめる。
(──?)
視線の先から、こちらへと向かって歩く人影が見えた。
距離感の無い夢の中で、人影はあっという間に距離が縮まる。姿形がはっきりした所で、ロジオンは息を飲む。
(魔承師……?)
長く伸ばした銀髪は腰まで届き、そよぐ。
それは昔見た、南の海の波打つ色と似ていた。
自分もよくそう例えられるが、彼女の方がずっと近い。
美しい人──彼女にその形容が一番相応しい。
イゾルテがロジオンの前で止まり、笑いかけてきた。
立ち上がり、彼女を見つめる。
「良かった。心の中はとても静かで……落ち着いたのですね」
「……ご迷惑をお掛けしました」
そうか──ここは意識の中だ。そこに彼女が入ってきたのかと、ロジオンは悟った。
「僕……周りに気をかける余裕がなくて……貴女にお怪我は?」
「大丈夫です」
そう、にこりと彼女は笑う。
「すいません……壊した箇所の修理代は僕がもちます」
「それは良いのよ……それに、謝らなければならないのは私の方です……」
「……いえ」
自分が魔法によって創られた人間と言うのは、落ち着いた今でも受け入れがたい。
そのロジオンの心情を読み取ったのか
「違うのよ」
と彼女は言った。
「兄・マルティンが創ったと言うのは、『魂』と言うもの。それも自らの手で、自らの『魂』を創り上げたのです……」
「……?」
ロジオンは首を傾げる。
『魂』と言うのは、魔法定義として形が定まらない、そもそも形として存在していると言う位置付けがないものだ。
そのせいか『魂』=『霊魂』と言う聖職の定義が世間では一般的となっている。
では──
「前・魔承師は……自分の霊魂を創ったと言うことでしょうか?……そもそも何故……?」
「話が長くなりますが……。ロジオン、どうか心乱さずに聞いて欲しいのです」
イゾルテは深く長い溜め息を付いた。
*
太古、この世界には生まれながらに理を知り、万物を自由に操作する者達だけの世界でした。
様々な姿を持つ多種多様な種族が息づく世界──。
──それは、突然でした──
足を出す先さえも分からない眩い光が、辺りを包みました。
その光がようやく収まった後に、その中心と思われる場所から、新しい人種が出現したのです。
──この行は聞いたことがあるでしょう?
クレサレッド教会の聖書で……。
新しい人種は、特殊した能力を何ら持ち合わせておらず、環境に順応できず、自ら命を絶つ者、狂う者、呆然としたままに他人種の僕となる者、襲われ食用となる者……。
力弱き出現者達を、姿形が似ていると言う親近感から、私達の一族が保護し、この世界に馴染み生活の基盤を作らせたのです。
彼らと肩を並べて生活してみれば特殊した能力は無いものの、特化した才を持っていました。
順応の早さと、既にある道具を更に高性能にする技術──私達は力がありました。生活するのに最低限の道具で良かった。
彼らは私達より短い寿命の中で、年老い弱っていく身体を持っていた。
だからこそ、短い人生を有意義に暮らそうと自分の知識と技術を駆使し、欲求を満たそうとする意力が湧いてくるのでしょう。
その者達から口々に言われた言葉がありました。
──『魔力』『魔法』
そして私達を
──『魔法使い』『魔導師』と呼んでおりました。
力に何の名前を付けなかった私達は、面白がった。
特に兄・マルティンは好奇心からも、色々と話を聞き出していました。
マルティンは私達一族の長であり、他の種族からも一目置かれた存在で、彼の意見は他種族でも受け入れられるほどでした。
マルティンは彼らから話を聞き、多くの情報を得て、また、彼らの疑問にも、彼らの分かりやすい言葉で説明していきました。
新しい者達は、私達が接触をしたことがない異世界の住民で、『魔法』『魔力』等が無い代わり『科学』『情報』『機械』『医療』と言うものが発達した世界だったと言いました。
そして、それらに頼るあまりに最大の過ちを犯したと……。
──世界規模の戦を起こし、『科学』の力で世界が滅んだだろう──彼らの一人がそう告げ、同じように皆が頷いていたのを覚えています。
私達の世界まで巻き込んだあの強い光は、『核兵器』と言う、人工で作られた恐ろしい武器だと──
その破壊力で空間に歪みができ、何人かは分かりませんが、こちらの世界に飛ばされた──そう私達は判断しました。
マルティンはその話を聞いた後、更に彼らに傾倒していき、時々、一人考え込むようになりました。
と言うのも、異世界からの住人がこちらにきて数十年の時が経ち、元からいた人との間に『新しい世代』が次々に生まれていたから……。
『新しい世代』は、私達より力もなく、また、成長が止まる時期にまばらで寿命が遥かに短かった。
一番私達が困惑したのは『死』を迎える時でした。
私達は死を迎える前に、著しく力が落ちる。そして『塵』となり、この世界に融け一部となる。
新しい世代を含む異世界の者達は、死しても形が残った。
そして祈りを捧げ、再び会えることを願う。
『輪廻』
『転生』
を──
*
「塵……?」
「古代より生きる者達は、身に纏う力が形代であり命であり全て。そこには魂や霊魂などは存在しません。私も亡くなれば塵となる……輪廻と言うものは存在しない。それが私達の理……」
──では。
「中の人達が言っていた『無理矢理、輪廻の輪の中に入った』と言うのは……」
「それこそがマルティンの魔法です」
『魂』と言うものを創りあげ、その中に魔力も魔法も意思も、生きてきた全てを閉じ込めた──。
(魂に個々の魔力の性質が宿ると言う説は間違っていない…と言うこと?)
いや──と、ロジオンは自分の考えを否定した。
この説を考えたのはマルティンで、自分の説に基づいて魂を創ったんだ。
だけど仮説だから──輪廻で転生はしたけど、融け合わなくて継ぎ接ぎになってしまった──魔法では魂の形成が完璧に出来なかったんだ。
「……何故、マルティンはそんなことを……?」
イゾルテは悲しげに目を伏せた。
「『ある』魔法を施行するために……その魂は創られました。今になって分かったの……ごめんなさい」
「イゾルテ様……」
ぱっ──と、真白の世界が変わり、辺り一体が何かの景色に変わった。
「ロジオン……」
イゾルテがある方向をゆっくりと指差す。
最初、雨雲に見えた。
真っ黒で、時々光るものは雷かと──だが、尋常でないものだとすぐに分かった。
「これは、私が見てきた過去の様子です」
「歪みだ……」
こんなにはっきりと大きく──。
「でかい……こんな空間の歪みなんて……ありま……!」
ロジオンの表情が固くなった。
「この歪みの場所は……魔導術統率協会……ですね?」
イゾルテは頷く。
「……もしかしたら、魔承師の本来の役割とは……」
「集めた力で結界を張り、歪みを押さえる為の形代……」
イゾルテはそう言った。