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イルマギア  作者: 鳴澤 衛
第二章
56/80

56 魔承師(2)

「大きくなりましたね……お顔をよく見せて?」

「はい……」

 ロジオンがイゾルテの元へ歩き始めたと同時、イゾルテも段差の低い階段を足早に下りてきた。


「「──あっ!」」


 足の甲まであるドレスの裾を踏みつけたイゾルテは、バランスを崩してしまった。

 階段から落ちる──ドレイクが後ろから手を伸ばすが僅かに届かず、前から支えようと両腕を広げたロジオンに向かって倒れてしまった。


「──きゃあ!」

「うっ! ぶっ!」


 うまく受け止めたかと思ったが、背のリーチ分か、案外、勢い良く落ちてきたせいか──しかも、身体の鍛練を怠っていたのが災いしてか、そのまま二人床へ倒れてしまった。


 ──しかも、ロジオンの顔にイゾルテの胸が押し付けられた形で──


 アデラとドレイクが、各々の自分の主人の元へ走る。

「お怪我は?」

ドレイクが後ろからイゾルテの両腕を掴み、よっこらと起こした。

「私は大丈夫。──ロジオンは?」

 アデラに起こされ、服を整えながら、顔を赤く染めて気をかけてくるイゾルテに

「僕も……平気です」

 男の意地をかけて平気な顔をし答えた。

 ──尻が痛いが顔面は良い思いをした──

 相殺だ。



「久しぶりにやらかしまたね。何の為の杖なのだか」

 ドレイクは、転んだ際に宙に飛んでいった杖をイゾルテに渡す。

「ごめんなさい。つい……」

 しおらかな口調だが、表情を見るにあまり反省していないようだ。

 だが、杖をつかないと転ぶ危険があると言うのは──―。

「失礼なことをお尋ねしますが、魔承師様はおみ足が悪いのですか?」

 思いきって尋ねたのはアデラだった。

「いいえ」

 イゾルテとドレイクは揃って首を横に振る。

「この御方は、見かけよりぼんやりなのです。よく転んだり滑ったりと目が離せないので、せめて自衛はするように杖を持たせているわけです」

 飾りの杖を持ち、うふふふ、とにこやかに笑うイゾルテと、無表情ながらもどこか呆れた雰囲気を出すドレイク。


 ──ああ、結構な回数なんだな──とロジオンとアデラは示し合わせたように頷いた。


「ドレスの裾が長いのよ……。こんなの無い方がずっと歩きやすいのに。そう思わない?」

 ドレスを掴み、アデラの同意を得ようとするイゾルテだが、ドレイクが反語する。

「アンダーパンツの姿で謁見して、謁見者の鼻血で何回床を汚しているんです?」

 アンダーパンツ──戦用の女性の補助防具で防寒も備えて且つ丈夫で動きやすい作りな為、普段着として履いている女性も多い。

 だが、鎧を着ける前に履くものなので、スパッツのようにピッタリとした、肌に密着する型がほとんどだ。大抵は重ね着をするが……。

「だって……鬱陶しいんですもの。それに、それが原因で鼻血が出たなんて思えないわ──だって、ドレイクは見たって一度だって鼻血を出したことが無いでしょう?」

「私の感覚と人間の感覚が違うからですと、何回も話をしましたよ」

 だだっ子のようなイゾルテの言い分に、懇々と親のように説き伏せていくドレイク。


 ──僕達、何のために来たんだっけ?

 ロジオンは首を傾けた。


「あの──」

 アデラが恐る恐る二人の会話の間に入る。

「イゾルテ様がお履きになっている靴は、丈の長いお靴なのでしょうか?」

「ええ」

と、イゾルテは裾を片方上げて見せた。

 膝丈まであるブーツだ。

「いつもこの長さを履いているのでしたら、膝丈か膝下までの長さでも問題ないと思いますが……」



 ──あっ──


 イゾルテとドレイク。

 今になってそれに気付いたらしく、二人でしばらく裾を眺めていた。


 それから、嬉しそうに両手で裾を上げ、イゾルテはアデラに礼を言った。

「気づかなかったわ、ありがとう……ええと──」

「アデラ、と申します」

 そう恭しく頭を下げる。

「貴女がアデラですね。やはり、同性の意見は参考になります」

「恐縮です」

「……やはり、近くに女性を置いた方が良いでしょうかね」

 ドレイクが、顎に手を当て考えに耽る。

「お世話する人はいないのですか?」

「以前はいたのですが、今は私がやっています」


「「えっ?」」


 今度はロジオンとアデラが、顔を見合わせた。

「着替えとか風呂とか……全部?」

 想像すると羨ましい──が、ドレイクは「いいえ」と首を横に振る。

「そう言うことは自分でやって頂いております。子供ではないのですから」

「でも、時々は手伝って貰っているのよ」

「長湯し過ぎで、よく湯船に沈んでいるので」 

 うふふふと、イゾルテはまた笑う。


 ──最初の印象と違う魔承師は、いつも笑顔を絶やさないぼんやりさんで。

 補佐のドレイクは、仕事の補佐より、日常の補佐の方に重点が置かれているらしいと、二人は知った。




 謁見と言っても、堅苦しい事は一切無かった。

 謁見前にいたバルコニーで、景色を眺めながら茶と菓子を頂き、雑談に応じた。

 従者だから、と後ろに控えていたアデラも、イゾルテに押しきられ怖々と椅子に座り雑談に加わる。

 ドレイクは脇に控えて、茶や菓子のお代わりを煎れては注ぐ。


(これで背広を着ていたら、執事だわ)

 アデラは左手を後ろに当て、直立不動に立っているドレイクが、様になっているので思わず吹き出しそうになる。

 竜なのに、その辺の中途半端な礼儀を身に付けた人より出来ている。

 人の生活を見て覚えたのだろう。

(そう言うのが好きなのだろうか)

 

 ──だが、彼の竜族としての只人との確執を思いだし、それは違うと考え直した。

 憎いから、見ていたんだ。

 人の醜い部分や傲った部分、弱点・短所・長所──全てをその紅い瞳で余すことなく見つめ──報復をする ために。


 ──何故、彼は人に報復をしないのだろう?


 今の彼なら充分に可能だろう、なのに──ドレイクの視線の先を見ると、いつもイゾルテがいる。

 彼女が──

 彼女がいるから。


(抑制剤なのか……)


 トクン……と、少しだけ鼓動が乱れたような気がしたが、微妙な乱れですぐに治まったせいかアデラはすぐに忘れてしまった。




「ドレイク」

 イゾルテが彼を呼ぶ。

 二人近付き、ドレイクの耳元で何か告げた。

 彼は承知したのか頷き、持っていたポットを卓上に置いた。

 そうしてアデラに向かい合う。

「アデラ殿、少々頼まれて欲しいことがあるのですが」

「何でしょうか?」

「先ほど助言頂いた、ドレスの裾の件で、早速一枚お直しをしたいとイゾルテ様が申しましてね。ここには針子がいないので、申し訳ないがご助力願えませんか?」

「え?……まあ、裾上げくらいは出来ますが……」

 主であるロジオンに眼差しを向ける。

 自分は従者だ。主人に付き添っている時は、常に主を一番に考えなければならない。

 勝手な行動は許されない。

「良いよ……行ってきて」

 ロジオンは特に反対する理由もないので、すぐに頷いた。


「では、参りましょうか」

 はい、とアデラは立ち上がり、イゾルテとロジオンに一礼をし、ドレイクの後を付いていった。





 来た時と同じように方陣で移動する。

 着いた場所は一階ではなく、別なフロアだった。

「ここから連絡通路を通り、別の棟へ行きます」

 向こうから話しかけてくることもなく、アデラも話題も無いので黙って後ろからついていく。

 聞こえるのは二人の靴音だけだった。

 人気の無い静けさに、ふとアデラは疑問がわいた。

「直属の魔導師や魔法使い達は普段、何処に?」

「別の棟です。これから入る棟にはイゾルテ様と私しか利用していませんから」

 連絡通路から別棟へ入る。

 真ん中に螺旋階段があり、その周辺にスペースがある。

「上へ」

 促され、螺旋階段とはまた別の、壁に沿ってつけられた階段を上る。


 上りきると開かれたスペースで、一番奥にある観音扉の部屋を案内された。

「どうぞ、お入りなさい」

 先に入ったドレイクに促され、失礼します、と入る。

 中は重厚な木材中心に作られた家具が揃い、長く使われているものしか出ない艶と渋味がある。

 だが、どれも質素で余計な装飾がない。

 しかも必要最低限の家具だ。

 目についたのは、本棚にびっしりと並べられた書物の数々。

 哲学的な書物の内容で、アデラには眠たくなる物ばかりだ。

(イゾルテ様は、このような難しい本を読まれるのか)


 感心してうんうんと頷いていると

「お好きですか?」

と、ドレイクが声をかけてきた。

「本は読みますが、私はもっぱら仮想の小説ばかりです。イゾルテ様は、このような難しい本もお読みになるのですね」

「この本は私のです」

「──えっ?」

と、言うことは──。

「イゾルテ様のお部屋は、この上。ここは私の部屋です」




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