53 緘口令解除
「だってえ、誰も聞いてくれないし~。ドレイクとルーカスなんかあ、リシェル連れてさっさと帰っちゃったしい」
「用件が済むとさっさと帰るところは……昔からじゃない。ルーカスは肋にヒビ入ってて……早く魔導術統率協会に戻って治癒師の手当てが必要だし」
ドレイクは予定より早く事が解決したので、魔導術統率協会の方の感謝祭準備の参加の為に今日の朝、帰ってしまった。
その際に、孤児となったリシェルを連れていったのだ。
『魔力を持ち、魔法も教わっていますからね。魔導術統率協会の所属している者に預けます』
サマンサかカーリナ──どちらの力を受け継いでいるか、観察し様子を見るとのことだろう。
「治癒の力は、サマンサから受け継いだものだったのでしょうか?」
ハインが誰ともなく尋ねた。
同じ宮廷で働いていた同僚が悪女と名高いカーリナで、サマンサと言う治癒系魔導師の身体を乗っとり、子まで産んでいた──今だ、にわかに信じられない様子だ。
魔力は、身体ではなく魂に宿ると言われている。
しかも──治癒系は『聖』と同様に特殊な魔法に入り、魂に宿る能力によって使えない者もいるのだ。
大抵は皆、使える治癒は微力で、専門の治癒系の者に任せる。
残念ながら『治癒』の魔力を持つ者はそういない。
使える者、その潜在能力を持つ者は稀少である為、どこの国でも雇いたがるのだ。ドレイクがリシェルを連れていったのには、そのような背景がある。
リシェルに治癒能力が備わっていれば、魔導術統率協会でも貴重な戦力となる。
「……僕はカーリナのことはよく知らないんだ……師匠の口からも、彼女の名が出た記憶がないし」
エマは知らないの? ──そう振られ、口を開く。
「コンラートを追っかけ回していた時代の時は知ってるわよ~。治癒は持っていたけどお、私くらいなもんよ~」
微力ながらもエマも治癒が使える。
それで暫く滞在してロジオンの治癒にあたれと、ドレイクに命じられたのだ。
──ちなみにハインは、エマにくっついてきただけである。
「サマンサとして働いていた時は、素晴らしい治癒能力でした。やはりサマンサの魔力だったのでしょうか? ──そうだとしたら、魔力は魂に宿ると言う理論が成り立たなくなります」
「……それは、あくまでも魔法の構造を理論的に説明した時の説明……。魔力だって……どう発動して魔法が施行されるか……はっきり説明出来ないんだから」
「そうよね~。この理論って、確か魔力の持たない者達に説明を求められて、創立者・マルティンが話したものなはず~」
「他の人物の身体に自分の魂を入れて……それで何かしら変化が生まれても……おかしくない、と結論付けても良いんじゃないかな……? 非道な行為だから禁行にした……と言うのも間違ってないし……へたをすれば、身体と魂に、おかしな変化が起きるから……との意味もあるのかも」
「ケースバイケースってねえ」
──今日はここまでえ──エマの治癒が終了した。
「……これじゃあ時間掛かるね……やっぱ」
「しょうがないでしょ~。感謝祭が済むまで私で我慢しなさいよお」
エマがぶーたれた。
宮廷の魔法管轄処に在籍している魔法使いや魔導師達も、非常事態が起きない限り感謝祭を楽しんでいる最中だ。
王子権限で命じることは出来るだろうが、生死に関わる怪我じゃないし──。
それにオープニングのバルコニーにてのお披露目に間に合うよう、殴られた顔の腫れは治癒してくれたのだ──我が儘は言えない。
「ドレイクに……感謝祭が終わったら魔導術統率協会に来るように言われてるからな……」
「魔導術統率協会の感謝祭は三日後だからあ、それ以降でしょう? ゆっくりで良いわよお。魔承師様も謁見ばかりで疲れてると思うし~」
『私の、貴方に対する見解が間違っているかも知れません』
ドレイクは僕にそう言った。
『……何の?』
問いにドレイクは、人差し指を僕の胸に当てる。
『今回で目覚めた……それは、分かりますね? 聞いているはず、欠片達に』
『……』
聞いたと言うより聞こえた、の方が正しい──僕はそう思った。
『しかし、肝心の方が目覚めない……いつも、いつの代の時も目覚める事は無かった……』
『誰が……?』
『目覚めが必要なのです。この世界の為に、あの御方の為にも──だから、ずっと追い掛けて来た』
『……そうして、道を誤ってきた、目覚める事が無かった前世の僕を殺めてきた……』
ドレイクは、僕の視線から逃れるように瞳を閉じた。
『目覚めている欠片は……ドレイク、君を恨んではいないようだよ……あのエクティレスは別として』
あの御方の為だと──欠片達は知っている。
世界の為と言うより、その人の為に生きていることを。
ドレイクも、繰り返す行為に苦しむ悔悛者だと言うことを。
前世の僕もその御方を愛していた。
今の自分では、助けることが出来ないと悟ったからドレイクの手に下ったのだ。
ドレイクは再び瞳を開き、その竜の受け継ぐ紅い眼を僕に向けた。
驚いたのは、彼が僕に今まで見せたことが無い、愛惜の眼差しで僕を見つめたことだ。
くしゃり──僕の髪を擦るように搔き雑ぜる。
『ロジオン、貴方が一番似ている……。そして、一番分からない』
──だから、来なさい。
──アデラも連れて。
──あの娘も、私には分からない。
あの御方に視て貰うのが、一番早いでしょう──魔承師様に。
思い出す。昨日の彼との会話。
「あ、でも、感謝祭後からはロジオン様は、大変かも知れませんね」
「? ……何が?」
ハインの台詞に思いに耽っていたロジオンは、ピンと来ないようだった。
「何がって──。緘口令ですよ、コンラート様の死の! エルズバーグは本日で緘口令は解除ですよ?」
「──あ!!」
「魔導術統率協会も、感謝祭でコンラートの死を発表して追悼するわよおって、ドレイクが」
ロジオンの顔色がどんどん冴えなくなっていった。
「……それって、もしかしたら『水』の称号争奪戦が始まるってことですか……?」
エマに尋ねるアデラも、冷や汗を掻いている。
「称号が得られるのは魔導師だけよお」
「──でも、ロジオン様はコンラート師の一番弟子ですから、お弟子さんを倒すことが一種のアピールであり、実力を周囲に認められることに繋がるわけです」
「ロジオンは魔法使いだから、殴り込みに来るのは基本、魔法使いだけどお……」
「最近は、ルールを守らない輩も多くなってますからね」
エマとアデラの痛い視線にハインは、過去にロジオンに戦いを挑んだ事を思いだした。
「……すいませんでした」
と亀のごとく首を縮めた。