51 君は何者
「申し訳ありません……。私がしたことなのに、亡きお方の所業にして……」
「良いんじゃない? よく 師匠は『女性に不利になる罪は被れ』と言っていたし……本望でしょう」
宮廷内の自室の寝台に横たわるロジオンは、自分に何度も頭を下げるアデラに、慰めるように言った。
腹と背に打撲。全治二週間は本当で、その原因はエクティレスであるが──身体はロジオンのものだ。
エクティレスは追い出せたが、アデラが付けた怪我はそのまま残った。
大変だったのは、それから数時間後で、痛みがますます強くなり普通に立っていられなくなってしまったのだ。
加えて、食べられないわ頭痛はするわで──。
こんな状態にした張本人がアデラだと知られれば、どんな処罰が下されるか……。
ロジオンは曲がりなりにも、王位継承権を持つ王子なのだから。
「結果的に……アデラの活躍が一役買ったんだし……気にしないで」
「代わりに心を尽くしてお世話させて下さい」
「じゃあ……」
「夜伽は無しです」
さらりとかわされ、湿布の用意をしますと、近くで甲斐甲斐しく支度をするアデラの姿を、ロジオンはじっと見つめた。
こんな状態じゃあ夜伽も何もないから、冗談だったんだけど。
(まあ、可能だったとしても……)
色々と問題が発生してるしね──。
ロジオンは考えに耽る。
自分自身の気付かなかった問題が、明るみに出たこともそうだが。
──アデラだ。
アデラは魔力を持たない。先祖に魔力を持つ者がいて、先祖がえりでもしたのかと魔力で探ってみても、欠片も視えなかった。
ただ、アデラといると、今まで経験の無い奇妙な感覚に襲われる時がある。
微々たるもので、はっきりと意識したことはなかったけど。
ドレイクの部屋から持ち出したコンラートの魔法日記だって、事前にドレイクが目眩ましをかけ、尚且、取り出したら『トラップ』が発動するよう施行してあったはず。
(だから、ドレイクも驚いていたんだ)
それに──魔法コーティングされた日記の装丁を千切るなんて──
(しかも師匠の日記を破ることが出来るなんて……)
長年使うものだからコーティングしていても、たまに手入れを行うが、その時だって大層魔力を要する。
(やることが豪傑だから……小さい所業が隠れてそのまま忘れてっちゃうんだよね……周囲が)
──エクティレスの、悪意に満ちたオーラを受けても動けていたし。
(魔力がなかったから平気だったとか言う問題じゃない)
魔力の無い普通の人間だったら尚更立ちすくむだろうし。
(魔法が通じない―とぼやいたのを聞いたし……)
──でも、ドレイクの意識支配や僕の身体憑依は施行できた。
『戦女神パラスの鎧』も施行できていた。
(……なんなんだろう……?)
湿布と替えの包帯を手にし、振り返ったアデラと視線が合う。
ずっと見られていたのかと、アデラはどぎまぎしながら
「な、何でしょうか?」
と尋ねた。
「ん……。アデラって立ち姿……綺麗だなって」
「……」
師匠と言う見本が常にいたとしても、息をするように女性の口説き文句が出てくるのってどうなのよ?
嬉しい反面、そんな考えが浮かんでアデラは素直に喜べずにいた。
「お褒めいただいて恐縮ですが、ロジオン様はまだ十五なのですから、大人の口真似をしないで年相応になされませ」
自分でも可愛くない返答だと思うアデラだが、こういう場合、誉めてくれた自分の主にどう言葉を返せば、気のきいた会話になるのか分からない。
だが、ロジオンは勘に障ること無く逆に問いかけてきた。
「年相応って……どう言う言葉?」
「しょ、少年らしい言葉ですよ」
じっと見つめられて、しどろもどろになりだしたアデラを見て、ロジオンは目を細めて笑う。
──こう言う時の主は、妙に大人びて苦手だ。
従者としてようやく認めてもらった時も、こうやっておちょくられた。
(私が子供だから……?)
歳の差が逆転している会話に気付き、へこみながら湿布の交換を始める。
「脱いでくださいな」
とアデラ。
「脱がしてくださいな」
とロジオン。
むーっ、とするアデラに
「痛いんだよね……脱ぐ時なんか特に……」
はあ、とロジオンは溜め息をつく。
「アデラが……必死だったのは分かるけど……見事に急所を当てるから……痛くて痛くて」
目を潤ませて、か弱い様子を見せる主にアデラは、罪悪感たっぷりに服のボタンに手をかけた。
そろそろと、ゆっくり服を脱がす。
彼女の顔は至極真剣だ。
動かしたり、何かに触れたりするだけで激痛が走ると言うのだから。
シャツを脱がし、ほっとしながら汗を拭うアデラを見て、ロジオンの顔はますます緩む。
(面白い人だ、ほんと)
何でも一生懸命で
何でも全力投球で
大人の中で育ってきたロジオン。
その大人達は大抵、何でもそつなくこなすか、やりたくないことは徹底してやらないと言う、極端な者達が多かった。
(こう言うの生きている輝き──と言うのかな)
包帯も真剣に外しているアデラを茶化す気もなく、その様子をニコニコと見つめていた。
湿布も取り替えて、服も脱ぎ着しやすいゆったりとした物に着替えさせてもらったロジオンは、満足そうに寝台に落ち着く。
アデラは気疲れでぐったりしていた。
ロジオンが「おいで」とアデラに手招きをする。
「──えっ?」
アデラが急沸騰した。
考えてみたらここは寝室。
しかも、今は二人っきり。
感謝祭で使用人などは出払っていし、呼ばなきゃ来ない。
──こ、これって……!
(あ、朝チュン設定じゃないのー!)
アデラは真っ赤になった顔をブンブンと振りながら
「ロ、ロロロロロロジオン様! け、結構ですから! その! お怪我を治すことに専念して頂いて──」
と後ずさる。
「え……? 良いの?」
「良いんです、結構です! 」
「……でも、髪の毛……解れてるよ」
──そのままでいるの?
と、困惑気味のロジオンを見て、アデラは改めて自分の姿を鏡で確認する。
結わいてある髪が、一束解れてしまっていた。
「──あ……」
包帯を巻く時に、引っ掛かった感じがこれだったのだと納得した。
「櫛……もっといで。結わいてあげる」
「へっ……?」
ぽ かんとしているアデラにロジオンは、目を細め、あの大人びた笑顔を見せた。