50 感謝祭
今まで後回しにしていた話が続きます。
エルズバーグの感謝祭は地区ごとに二日ずつ、ずれて行われる。
国の面積が広すぎて、国をあげて行うと産業が一気に停止してしまう為だ。
何せ、こうした年に数回の祭りには皆、仕事を休んで楽しみたい。
店という店は一斉に閉めてしまう。もちろん食べ物を扱う出店なんかも。
楽士や踊り子だって休んでしまう。
そうなると、飲んで食べて歌って踊って──楽しむことが出来なくなるのだ。
それで地区ごとにずれて行い、他の地区が祭りで休みの地区に出向き稼ぐわけだ。
中には年中無休で働き、稼ぐ商人もいるが……。
(王族も似たようなもんだね……)
ロジオンはそっと溜め息を付いた。
*
宮廷を背に上がる花火を背景に、メインバルコニーに集合する王族。
中央にはメインのロジオンの父である陛下。
両脇・左には第一王妃が立ち、ずらりと第一王妃の嫡子達が並ぶ。
第一王子のディリオン殿下夫妻とその子達。
第二王子は他国へ婿養子に行ってしまったので飛ばして第三王子・アリオン夫妻とその子達。
第四王子・エアロンが並ぶ。
第一王妃が産んだ王女達は成人し、皆、他国や他の区域の有力者達に嫁いでいった。
右には第二王妃が立ち、すぐ横には第五王子のロジオンに第六王子のユリオン。
第六王女のリーリヤ、第七王女のアラベラ、第八王女のイレインが並ぶ。
男子は名前に統一感を持たせたと言うが、返ってややこしい。
ややこしいが名前に連帯感を感じるのか、仲が良い。
しかも──今年はきちんとロジオンが『王子』として参加している。
同世代の民衆の女の子達に絶賛に人気のある、第六王子のユリオンと似た顔が並んでいる。
どよめきから歓声に、甲高い女性達の声──ロジオンは手を振りながら『王室スマイル』と言う上品な笑顔で、宮廷に集まってきた民衆に応えた。
バルコニーでのお披露目の時間が終わり、王族達は陛下である父と二人の王妃、それと後継者であるディリオン殿下夫妻は晩餐会に出席するが、後の兄弟達は自由である。
年に数回ある国をあげての行事には勿論、王族全員の参加義務がある催しがあるが、下に生まれた者ほど拘束が少ない。
その点、ロジオンは五番目なので、まだ気楽なわけだ。
バルコニーから室内に入った途端にロジオンは、ヘナヘナと踞った。
じんわりと汗を掻き、しかめっ面である。
「ロジオン様!」
控えていたアデラが肩を貸し、ロジオンはゆっくり立ち上がったが、背中を丸めたままだ。
「兄上、大丈夫ですか?」
すぐ隣にいたユリオンも寄り添い、肩を貸す──が、華奢なので潰れた。
慌てて、ユリオンの従者が彼を起こす。
「もう、兄様ったら力無いんですから」
百合の名を持つリーリアが、代わりにロジオンに肩を貸す。
身体を動かすのが好きな彼女は、普段から運動を欠かさない。ユリオンよりずっと安定している。
「フフフ……僕は竪琴以上の重い物を、持ったことが無いのさ」
念入りに手入れされた銀の髪を掻き分け、ユリオンは言った。
返す言葉が見つからないので皆、スルーする。
「ロジオン」
「陛下……」
家臣達が大勢揃っている中では、例え親子でもわきまえなければならない。
王室には面倒なしきたりや作法があることは、食客として師と渡り歩いていた頃から知っているロジオンだが、それが自分の身に起きると面倒くさい。
「負った傷が痛むようで……退出したいと思います」
ロジオンの台詞に、父である国王陛下はウンウンと頷く。
「師との戦いとの傷だと聞いておる。……よくぞ打ち勝った! 魔導術統率協会の皆々からその様子を聞いて、父は……父は……!」
腕を後ろに組んだままの体勢で立っていた父陛下は、くっ、と顔を上げた。
ぷるぷると震えているところをみると、感涙しているらしい。
「ロジオンはまだ結婚が決まっていないから、深夜から始まる舞踏会には参加しなくてはならないが……痛そうだしなあ」
代わりにディリオンがロジオンと話す。
「全治二週間で、一番腹部にきているから、まともな食事が取れないでいるのです」
アデラが答える。
ディリオンと補佐役のアリオンが顔を見合わせた。
「殿下、二ヶ月後には新年祭が控えてますから、それには必ず出席すると言うことで、今回は見送っても良いのでは?」
「……まあ、感謝祭は民衆のための祭りみたいなものだしな……」
まだ感激に涙を流している父陛下は二人の王妃に任せて、てきぱきと指示を与えるディリオン殿下とアリオンを見て、取り合えず次世代のエルズバーグ国は安心だとロジオンは思った。
その一方──。
「兄上! 今夜の舞踏会で兄上の武勇伝を詩にして歌いますよ!」
「いや、止めてそれ……」
瞳を輝かせて迫るユリオンを見て、自分と似ているのがこう言うの──だと思うと、物悲しい気持ちになった。