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イルマギア  作者: 鳴澤 衛
第一章
49/80

49 さよなら

「コンラート編」終わりです。

 どさり、とアデラの身体が地に着く。

 絞められた首を擦りながら彼──ロジオンの身体を乗っ取っているエクティレスを見た。


 ──この声……。


「ロジオン様……?」




《ちょっと借りるだけ、と言っといて……随分勝手なことしてくれるね? 許さないよ》

 ちっ、とエクティレスが舌打ちをしたが、すぐに禍々しい表情に戻った。

「引っ込んでろよ、ヘタレ。お前にはもったいねえんだよ、この身体も、この女も。今度からは俺が有向に使ってやる──この世界の粛清の為にな」

《覗いたよ……君の魂。君がやっていたことは粛清じゃない……ただの殺戮だ。そこには理想も理念も信念も何もなかった──狂者が面白がって力を使って、誇示していただけ……》

「それがお前の前世の一人だぜ? 」

《でも、今の僕じゃない。君が……悔いているなら、僕の中に溶けて……今に、共に贖罪を含めて生きるなら……受け止める》


 ──はん!


 エクティレスの、馬鹿にした笑いが辺りに響いた。

「神父にでもなったつもりか? 何様なんだよ、俺が出てこなきゃ攻撃魔法も録に使えなかった奴がよ」


《そうだね……お陰で分かったよ―どうすれば良いのか》


 内側から押し出される感覚にエクティレスは、驚き、また恐れる。

「何しやがる! これは俺の身体だ!」


《ボケてんの? 頭悪いの?》

《過去の自分自身欺いてさ、どうしようもないね》

《出てってね》


 溶け合わない魂の声の誹謗が、エクティレスにも届く。


「お前らだって、未練があって溶けないくせに! 出てけだって? 出てったら魂が欠けるんだぜ?」

《溶けない理由が違うよ》

《複雑なんだよなあ……その、魂が継ぎ接ぎだの、欠けるだのって》

《ロジオンは理解出来たのにね。やっぱ、馬鹿なの?》


「ぁあ? 意味分かんねえ!」




《──アデラ!!》

 ロジオン様の声だ!


 アデラの『女豹』と言う異名に相応しき駿足が、地を蹴った。

 あっという間にエクティレスの間合いに入る。

「──!?」

 腕を掴まれた──そう感じた時には、身体が宙に浮いていた。

 エクティレスの視界が回転し、身体に痛みが走り目が回る。

 逃さなかった──その時を。


 剥 が れ る


 繋ぎ目を一気に剥がされた感覚を受け、自分がロジオンの身体から追い出されたことを、明るくなってきた空から知った。


《畜生! 畜生!》


 形代が無いと日の光はキツい。


《きっと復活してみせるからな!》


 エクティレスは悪態を吐き、あっという間に西の空へと消えていった。







「ロジオン様!」

 はあ、と今まで呼吸をしてこなかったような大きな息継ぎが聞こえ、ゆっくりと起き上がる姿──のろのろとした動作。

 長めの前髪をふるふると振り、髪の間からアデラを見つめる彼は──。


「……ロジオン様?」


 ロジオンの中に何人かいるようだった。

 ロジオンじゃなかったら?

 恐る恐る近付く。

「アデラ……殴りすぎ。痛いよ……」

 平坦な、ゆっくりとした口調、声。

 自分を見つめ返すブルーグレーの瞳は落ち着いた海の色。狂気の光りがない。

「──ロジオン様!」


 ──ロジオン様だ、いつもの──


 アデラは、地で胡座をかいているロジオンを抱き締めた。

 驚いたのはロジオンの方である。

 何せ、エクティレスに防具服を破かれ、胸がさらけ出されているアデラに抱き締められたのだ。

「ア、アデラ……あの……」

 魔法使いでも年頃の男だ。こう抱き締められ、顔が女性の胸に埋まると言う状態が嬉しくないわけがない。

 しかも、露になっている胸に、普段心憎からず思っている相手。

 ふにゃん、と柔らかさの中に張りがある胸の中──。


(頭……沸騰する! 理性吹っ飛ぶ!)

 このご馳走を食して良いってこと?

 欲望に爆発寸前なロジオンの耳に、すすり泣く声が聞こえた。

 すぐ近く──目の前。

「……アデラ?」

 鼻をすする音と嗚咽に混じり、何度も同じ言葉が繰り返されていた。


「怖かった……戻ってこないのかと……良かった……」


「ごめん……」

 ロジオンの謝罪の言葉に、アデラの泣きが熱を帯びる。

「怖かったんですからね……! ロジオン様なのにロジオン様じゃないのが……! 変な人に乗っ取られないで下さいよ!」

「うん……ごめん。悪かった……」


 ──ああ、彼女は必死だったのか

 ──僕を取り戻すために──

 

 ロジオンは目の前のご馳走より、それが何より嬉しくて、アデラの背中を労るように撫でた。






 エクティレスがいなくなって、身が軽くなったエマとハインは、魔力を使いきって動けなくなったドレイクに、魔力を送る。

 魔力のカラーと言うべきか、性質は人それぞれだが、魔導師程になれば人から送られた魔力を自分に適した性質に合わせることが可能だ。


「もう大丈夫です」

 しっかりした口調と共に立ち上がったドレイクを見て、二人は安心した。

 ロジオンも、多少ふらつくが動ける。


 ──それより

「腹と背中……あと、こめかみ……痛い……」

 そちらの方が至って問題のようだ。

「すいません……」

 エマから借りたマントをしっかりと羽織り、反省しきりに深々と頭を下げるアデラ。

「いや……アデラの、この鉄拳で起きたようなものだから……」

 それで危機を回避できたようなものだから、ロジオンも責めるわけにはいかない。

「良いじゃな~い? 良い思いもしたんだしい」

 エマが自分の顔の前で、両手をパフパフと左右に動かす。アデラの小麦色の肌が、活火山のように染まった。


 まあね──と笑って見せ、ロジオンは静かに様子を見ていたドレイクに近付く。

 ドレイクは自分の魔法日記を開き、ある頁をロジオンに見せた。

「私の今の状態では、強力な魔法は施行できません。……どれを使うかは──ロジオン、貴方が決めなさい」

 

 それは、ドレイクが教会から手に入れた『消滅』『封印』『浄化』の呪文の頁だった。


 もう、動くことが出来ない小さな塊となった師の元へ出向く。

「師匠……」

 膝を付き、語りかける。

 仰向けで倒れているコンラートは、極端に細く、小さくなった両腕を懸命にロジオンに向け動かした。

「ホシイ……ホシ……イ、ロジ……オ……」

 もう、生前のコンラートでは無い。

 死ぬ前の己の願望や心残りが凝り固まって生まれた、残留思念の物質化。

 それでも、顔の部分にうっすらと残る彼の面影に、ロジオンの視界はぼやけた。

「……花火……」

 コンラートに語り掛ける。

「花火……青い、色……池の中でも見ること……出来ました?」

 長い沈黙が続いた。

 最初、何を言っているのか分からない様子が、記憶が甦ってきたのか、嬉しそうに身体を振るわせ始めた。

 それに合わせるように顔の輪郭もはっきりとし……。


「コンラート師匠……?」

 生前の、元気だった頃の顔立ちが浮かび上がる。

「は……なびは……青だった……」

「……出来はどうでした……?」

「美しかったよ……。夜に映える、はっきりとした青……卑しい心を浄化させるような……。私の好きな一番好きな……色」


 ──お前ロジオンの髪が風に乗って、たなびく時の色。


 コンラートの瞳に写る顔はロジオンの他に、向こうに誰が見えているのか──。

 ロジオンが流す涙が、コンラートの瞳から溢れる滴と合わさり、流れた。

 残留思念の塊の中に、生前の彼が残っていた。

 それがロジオンには嬉しく、また、悲しかった。


「ロジオン……お前の手で私を……。これ以上、醜態を晒したくはない……」

「は……い」

「お前の……手で逝くことを誇りに思う……お前も……それを誇りにしなさい……」

「……」

「親から引き離して……酷なことをした……」

 師の懺悔にロジオンは、言葉無く首を横に振った。

「……酷いことをしたと分かっているが……お前と過ごした日々は……誰にも渡したくない……宝だ」

「師……匠……」


 最初は自分が見付けた使命感だけだった。

 小さな、腕の中にすっぽりと収まる赤ん坊が、自分を見るたびに無垢に笑い、眠り、不快な表現を表すために泣き、そして無条件に慕い全身で愛情を向けてきた。


 ──何と新鮮な毎日だっただろう。


 子を育てた経験の無い自分が、全く苦労なく育てたわけじゃなく、苦労した部分の方が多い。

 なのに、思い出されるのは、成長してきたロジオンとの楽しかった日々ばかりだ。

「……楽しかった。ありがとう……ロジオン……」


 ──さあ、私が私であるうちに──

 コンラートが小さく、短くなった腕を広げロジオンを促す。

「お前が下す采配を……全て……受け入れよう」

 ロジオンとコンラートが触れている地が輝きだした。

 見ているだけで温かく、安らいだ気持ちになっていく、春の日差しより柔らかな光。

 ロジオンの瞳から絶えず涙が溢れていたが、口ずさむ呪文は震えがなく、しっかりと詠唱していた。

 光が球体となって浮き出し、コンラートを包む。

 幾つも幾つも生まれた球体は、コンラートの姿をすっぽり包んだ。


「僕も……楽しかった……。ありがとうございます……」



 ──さよなら、師匠──



 朝日が木々を、池を暁に染め、目覚めを要求する。

 それに混じり浄化の光は斑に空を上っていく。


 いつしか溶け込み、移り行く自然の一部になったかのように見えなくなり



 ──憂いの日々は終わりを告げた──




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