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イルマギア  作者: 鳴澤 衛
第一章
48/80

48 アデラ、キレる

「アデラちゃん……」

 

 ここで出てくるのか──スゴい! エマの素直な感想だ。

 自分もハインも、エクティレスの波動に身体が硬直して動けない。

 だが、アデラに至っては、全くいつも通りに動けているようだった。


 ──魔力を持つ人じゃないからかしらん?

 それにしたって、あの破壊力の魔法を目の当たりにして、びびったり泣き出したりしないところも凄いが──。


(その、おっかない本人を悪ガキ扱いして殴るところがまたスゴい)


 ──おとこだわ。


「……素敵」

「──え?」


 エマの反応にエクティレスに硬直していたハインの身体は、瞬時に解けた。




 


 驚いたのは二人だけではない。

 ドレイクもそうだが──


 半捻りで地に倒れたエクティレスが、一番衝撃だった。


 ジンジンと左頬が痛む。

 口の中が錆びた鉄の味がする。口を切ったんだと知った。


 ──何だ?

 何だ? この女?


 混乱したのは一瞬だけ。

 エクティレスは怒りを露にし、すぐに立ち上がるとアデラに掴みかかったが

「グフッ!」

 瞬時に腹に拳を入れられた。

「──てめ……!」

 間髪入れずに、前屈みになって隙だらけの背中に肘鉄が入る。

 痛い。特に殴られた腹の方が。胃の内容物が口から出そうだ。

 こんな事をされたことが無いエクティレスは混乱していた。


 ──何でだ?

 こいつ魔力を持たない只の人間じゃないか?

 何で俺、そんな奴にやられてるんだ?


 怒りじゃない違う感情が沸き上がる。


 ぐい、と両肩を掴まれ上半身を起こされた。

 すぐ目の前に女の顔があり、エクティレスは息を飲んだ。

 ガツン、と拳で両側のこめかみ部分をグリグリされ、脳まで抉られそうな痛みに叫ぶ。

「この! クソ女、止めろ! よくも俺にこんなことを!」

「悪ガキに罰を下すのが何が悪い! 」

「何だと! ババア! 俺に罰を下すだと? 笑わせんな!」

「笑わせとらん! 私をババアと言うが、お前は幾つで亡くなったんだ!」

「四十だ!」

 ──ギリギリと、こめかみから音が鳴った気がした。

「……お前の方が歳くっとるだろ……! それで人をババア呼ばわりか!」

「いだだだだだだだだだだだだだ!!」

 振り払おうとすれど、アデラの拳は接着剤でも付いているかのように離れない。

 それどころか、ますます痛みが強くなっていく。


「何でだ……? 魔法が使えない、ただの人間の女に俺が……?」


 罰とし、身体に苦痛を与えられている事実より、魔力の持たない女にこの様なことをされ、全く抵抗できない──恐怖を感じていた。


 青ざめて行くエクティレスにアデラは、つり上がった瞳で彼を睨みながら答えた。

「お前の身体はロジオン様の身体。ロジオン様はな、グウタラな生活を続けていたせいで、著しく体力が落ちているのだ!」

「魔力が大事なのに、体力なんか関係──」

「ある! ドレイク殿を見てみろ! 起き上がれなくなると言うのは、体力も共に消耗しているのだ! お前は先程、まだ強い魔法が施行できると豪語したが、こうやって『ただ』の人間の私に振り回されていると言うことは、ロジオン様自体の身体の体力は、限界に近いということだ!」


「──ぇえ……!」


 エクティレスは驚き、改めて身体の調子を確認する。

 確かに、足腰に力が入らない気がする。

 いきなり経験の無い大きな魔法を施行したせいで、身体が慣れなかったのだと思っていたが……。

「……ヘタレ過ぎる」

 雷が貫いたような衝撃だった──エクティレスには。

 どんだけひ弱で怠惰な生活してたんだ、こいつロジオン

 くたりと座り込んでしまったエクティレスの肩を、アデラは優しく叩く。

「ロジオン様を出すのだ。ヘタレだろうと、今の姿がこれなのだ。諦めろ」


 慰めているのだろうが、内容的に情けないことを言っていて、余計に哀愁が漂っている。


 諦めるだろうか? ──期待した。

 だが、含み笑いが彼の口から漏れてきたことで、まだ諦めていないことが分かった。


「──!?」


 襟首を掴まれ、持ち上げられアデラは呻いた。

「馬鹿か。今まで大人しく猫被って、この機会を待ち望んでいたんだぜ? 誰が渡すかよ」

 せせら笑うロジオンの顔は、悪意に満ちた凶悪な人相であった。

「体力なんぞこれから付ければ良いだけだろ。コンラートとか言う、こいつの師のせいで中々出てこれなかったんだ」

 ちらり、と小さく、弱々しく横たわるコンラートの成の果てを見ながら尚も笑った。

「──待ってろ、ゆっくりなぶり殺してやるよ」


 その前に──と、宙に浮いた状態で呻いているアデラと視線を合わせる。

「女、大したもんだぜ。この俺に拳を叩きつけるとはな。褒美として、可愛がって、ズタズタにしてやるよ」

「……な、ふざ……け!」

「この(ロジオン)の身体で可愛がってやる、ってんだ。本望だろ? お互いに。──まあ、最後にゃ肉の塊になる運命だけど」

 腕がアデラの胸に伸びてきた。

「──!」

 弾けた音にアデラは一瞬目を閉じた。擦られたようなヒリヒリした痛みが走り、まさか──と瞳を開けた。

 防具服が弾け飛び、自分の胸が露になっていた。


「見んな!」

 直ぐに反応したのはエマで、当たり前のようにハインの目を塞ぐ。

 この中で一番、煩悩を持つ男と判断された故だ。  

 その判断に異議の無いハインは、大人しく目を塞がれた。


「歴史史上、最悪の魔法使いの情婦になれる栄誉だ──ありがたく受け取りな」

 力加減無しで胸を鷲掴みされた。

 

 ──いやだ!


 そう思った刹那──。




《止めろ!》


 木霊する声に、皆、一斉にエクティレス──ロジオンの方を向いた。


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