48 アデラ、キレる
「アデラちゃん……」
ここで出てくるのか──スゴい! エマの素直な感想だ。
自分もハインも、エクティレスの波動に身体が硬直して動けない。
だが、アデラに至っては、全くいつも通りに動けているようだった。
──魔力を持つ人じゃないからかしらん?
それにしたって、あの破壊力の魔法を目の当たりにして、びびったり泣き出したりしないところも凄いが──。
(その、おっかない本人を悪ガキ扱いして殴るところがまたスゴい)
──漢だわ。
「……素敵」
「──え?」
エマの反応にエクティレスに硬直していたハインの身体は、瞬時に解けた。
驚いたのは二人だけではない。
ドレイクもそうだが──
半捻りで地に倒れたエクティレスが、一番衝撃だった。
ジンジンと左頬が痛む。
口の中が錆びた鉄の味がする。口を切ったんだと知った。
──何だ?
何だ? この女?
混乱したのは一瞬だけ。
エクティレスは怒りを露にし、すぐに立ち上がるとアデラに掴みかかったが
「グフッ!」
瞬時に腹に拳を入れられた。
「──てめ……!」
間髪入れずに、前屈みになって隙だらけの背中に肘鉄が入る。
痛い。特に殴られた腹の方が。胃の内容物が口から出そうだ。
こんな事をされたことが無いエクティレスは混乱していた。
──何でだ?
こいつ魔力を持たない只の人間じゃないか?
何で俺、そんな奴にやられてるんだ?
怒りじゃない違う感情が沸き上がる。
ぐい、と両肩を掴まれ上半身を起こされた。
すぐ目の前に女の顔があり、エクティレスは息を飲んだ。
ガツン、と拳で両側のこめかみ部分をグリグリされ、脳まで抉られそうな痛みに叫ぶ。
「この! クソ女、止めろ! よくも俺にこんなことを!」
「悪ガキに罰を下すのが何が悪い! 」
「何だと! ババア! 俺に罰を下すだと? 笑わせんな!」
「笑わせとらん! 私をババアと言うが、お前は幾つで亡くなったんだ!」
「四十だ!」
──ギリギリと、こめかみから音が鳴った気がした。
「……お前の方が歳くっとるだろ……! それで人をババア呼ばわりか!」
「いだだだだだだだだだだだだだ!!」
振り払おうとすれど、アデラの拳は接着剤でも付いているかのように離れない。
それどころか、ますます痛みが強くなっていく。
「何でだ……? 魔法が使えない、ただの人間の女に俺が……?」
罰とし、身体に苦痛を与えられている事実より、魔力の持たない女にこの様なことをされ、全く抵抗できない──恐怖を感じていた。
青ざめて行くエクティレスにアデラは、つり上がった瞳で彼を睨みながら答えた。
「お前の身体はロジオン様の身体。ロジオン様はな、グウタラな生活を続けていたせいで、著しく体力が落ちているのだ!」
「魔力が大事なのに、体力なんか関係──」
「ある! ドレイク殿を見てみろ! 起き上がれなくなると言うのは、体力も共に消耗しているのだ! お前は先程、まだ強い魔法が施行できると豪語したが、こうやって『ただ』の人間の私に振り回されていると言うことは、ロジオン様自体の身体の体力は、限界に近いということだ!」
「──ぇえ……!」
エクティレスは驚き、改めて身体の調子を確認する。
確かに、足腰に力が入らない気がする。
いきなり経験の無い大きな魔法を施行したせいで、身体が慣れなかったのだと思っていたが……。
「……ヘタレ過ぎる」
雷が貫いたような衝撃だった──エクティレスには。
どんだけひ弱で怠惰な生活してたんだ、こいつ。
くたりと座り込んでしまったエクティレスの肩を、アデラは優しく叩く。
「ロジオン様を出すのだ。ヘタレだろうと、今の姿がこれなのだ。諦めろ」
慰めているのだろうが、内容的に情けないことを言っていて、余計に哀愁が漂っている。
諦めるだろうか? ──期待した。
だが、含み笑いが彼の口から漏れてきたことで、まだ諦めていないことが分かった。
「──!?」
襟首を掴まれ、持ち上げられアデラは呻いた。
「馬鹿か。今まで大人しく猫被って、この機会を待ち望んでいたんだぜ? 誰が渡すかよ」
せせら笑うロジオンの顔は、悪意に満ちた凶悪な人相であった。
「体力なんぞこれから付ければ良いだけだろ。コンラートとか言う、こいつの師のせいで中々出てこれなかったんだ」
ちらり、と小さく、弱々しく横たわるコンラートの成の果てを見ながら尚も笑った。
「──待ってろ、ゆっくりなぶり殺してやるよ」
その前に──と、宙に浮いた状態で呻いているアデラと視線を合わせる。
「女、大したもんだぜ。この俺に拳を叩きつけるとはな。褒美として、可愛がって、ズタズタにしてやるよ」
「……な、ふざ……け!」
「この(ロジオン)の身体で可愛がってやる、ってんだ。本望だろ? お互いに。──まあ、最後にゃ肉の塊になる運命だけど」
腕がアデラの胸に伸びてきた。
「──!」
弾けた音にアデラは一瞬目を閉じた。擦られたようなヒリヒリした痛みが走り、まさか──と瞳を開けた。
防具服が弾け飛び、自分の胸が露になっていた。
「見んな!」
直ぐに反応したのはエマで、当たり前のようにハインの目を塞ぐ。
この中で一番、煩悩を持つ男と判断された故だ。
その判断に異議の無いハインは、大人しく目を塞がれた。
「歴史史上、最悪の魔法使いの情婦になれる栄誉だ──ありがたく受け取りな」
力加減無しで胸を鷲掴みされた。
──いやだ!
そう思った刹那──。
《止めろ!》
木霊する声に、皆、一斉にエクティレス──ロジオンの方を向いた。