47 残忍なエクティレス
「お互い猿芝居だったのかよ」
大口を開けて笑うロジオンの声は、酷く下品で耳障りだった。
「私を保護して、育ててくださったのはイゾルテ様──マルティン様は私に魔法は教えてくださいましたが、その他は一切関与しておりませんでした」
「かまかけたんだ。じゃあ、それなりに似た雰囲気だったってことだよな?」
さあ、どうでしょう?──ドレイクは先程のやりとりに、さほど興味を持たないようだ。
「死んでも尚、魂に溶けずに自己を保つか……往生際の悪い所は変わってませんね」
ぴたり、とロジオンの笑いが止まった。
好敵手と出会ったように瞳を輝かせ、口角は大きく上を向く。
ロジオンの姿は、挑み行く獣そのものだ。
「お前と決着を付けたかったのさ。それが心残りでさ──こいつと魂を繋ぐことが出来なかった。そうしたら!」
くっく、と肩を震わせつつ話を続ける。
「他にも繋ぐことが出来なくて、溶け込めない奴がいるじゃん! こいつ、すっげえ不完全なんな! こんな端切れだらけの魂で、よくまともにいられるよ」
「貴方も生前はそうでした」
「──だから、俺が生まれた、だろ?」
「違う、と言いましたよ。『生まれた』のではなく『作られた』と」
覚えていないのですか? とドレイクに問われたが、彼は初めて聞いたように大きく目を見開いた。
「エクティレス」
ドレイクが彼の名を呼ぶ。
「エクティレス」
再び名を呼ぶ。
「ああ……そうだ。思い出した」
彼は呟くと、歪んだ笑顔を見せた。
「狡猾な魔導師に育てられた。俺が『何者』か知っていたから。成長して、周りから言われた名前が『残忍な処刑人』」
*
「エ、エクティレス……!」
声を上げたハインに、エマは掌で彼の口を塞いだ。
エマもハインも、そしてアデラも、その名を知っていた。
──歴史上に残る、最も残虐な魔法使い──
魔力の持たない人間達を無差別に襲い、諌めようとした魔導師達をも死に至らしめた。
『数ある多くの血族を滅亡に導き、尚、我らの尊き血を濁す汚れた者達は、粛清されて当然』
──粛清
──粛清
一つの町を一瞬にして、躊躇うこと無く消滅させた。
魔法使いと言う地位でありながら、その魔力と魔法は巨大で強力であり──。
育てた魔導師同様に、狡猾で卑怯であった。
何人もの魔導師や魔法使いが挑みに行ったが、捕まらない──あげく殺される。
「負けなかった、誰にも。──だけど負けたんだ、あんたに。あと一刺しで殺れたのに……邪魔をしやがった。あの女──イゾルテの野郎が」
憎々しく目をつり上げ喋る顔は歪み、狂相がありありと晒け出される。
その、狂気の表情とオーラを身に纏い、彼はまた笑う。
「だが、今はいない──出てこれないんだろ? 絶好の機会じゃないか! はは! お前が俺に敵わないことはお前自身知ってること!」
エクティレスが言い終えた瞬間だった。
閃光が辺りを包んだ。
それはエクティレスが、ロジオンの身体を使い試行した、攻撃魔法だった。
強い閃光が辺りを白く、無に染める。
膨大なエネルギーを一気に放出したせいだ。
過去、一瞬にして町を荒野に変えた『白鎌』だと分かった時には既に遅い──いや、気付けたとしても、防げる防御魔法を施行できるか──。
答えは否。
白い閃光に視界も頭の中も遮られた。
*
次に目を開けた時は、もう、この世界の住人では無いだろう──アデラもエマもハインもそう思った。
瞼を閉じても、通して裏側まで入ってくる白い光が落ち着き、三人は恐る恐る目を開けた。
「──!!」
目の前には視界を黒く染める程の大きな、鱗を持つ動物が三人を守るように立ちはだかっていた。
大きな動物だ。顔を見ようとも見上げても、見えない高い樹のてっぺんのように。
黒光りする鱗、一つ一つも大きく、鋼鉄のように見える。
様々な文字が羅列された円周が幾重とつらなり、唖然と見ているアデラ達の身体を通り抜け、鱗を持つ動物の中へ入っていった。
その魔法陣らしき円周は、かなり広範囲に渡っているらしく、目の良いアデラには遥か遠くから滑るようにやってくるのが見えた。
「──!」
大きな黒い動物の姿が陽炎のように揺れる。
半透明になった動物に重なる人の姿──。
人の姿の方が色濃くなり、誰なのかはっきりと分かった。
「ドレイク殿!」
アデラは叫び、近付いたが人の姿になった彼を見て、ぎゃっと叫んで仰け反った。
──全身、何も着けていなかったからだ。
先程の鱗の付いた黒い大きな動物はドレイクの真の姿で、黒竜であることにアデラは気付き──全裸なのは、本来の姿に戻った時に服が破け飛んだのだろう。
「いやん、ドレイクったらあん」
エマが緊迫した場に合わない声を出し手で目を塞ぐが、お決まりで指の間から眺める。
アデラが慌ててハインからローブをひっぺがした。
「私のブランド品……」
ハインが憮然とした様子で呟いたが、ドレイクの身体を隠すには他に無い。
ドレイクは膝を地に付けたまま立ち上がろうとも、声を上げようともしない。
顔には疲労の色が濃かった。
「さっすが! ドレイクだ。あんたが魔法防御張らなきゃ、宮廷の近くまで焼け野原だったな! ──だけど」
「──!」
ヒュッと空を切る音が、アデラの前を通りドレイクに当たる。
エクティレスの蹴りがドレイクの左頬に当たり、吹っ飛んだ。
「魔力を使い果たしちゃったね。暫くは立つことも出来ないんじゃん?」
「……く……」
ドレイクは悔しさに歯軋りをするも、それさえも力が入らないようだった。
その姿を見てエクティレスは、暗い笑みをドレイクに見せる。
「……でも、俺はまだまだいけるぜ。このシミっ垂れた国を吹き飛ばせるくらいな」
「お前が、使っている……その少年の、生まれたく……にだ! 生まれ変わりの、者の……国にまで……手を……!」
途切れ途切れながらも、止めさせようと説得するドレイクに、エクティレスは言い捨てた。
「俺はこいつ。こいつは俺。身体の共有は当然の如し──」
「ふざけるな! この悪ガキ」
ロジオンの上半が捻り、身体が吹っ飛んだ。
誰かに殴られた、それは分かった。
しかし、誰に殴られたのか?
ザッと、地を踏みつける勇ましい足音。
「貴様は死んだのだ。さっさとロジオン様を戻せ!」
両足を広げ、背筋を伸ばし、ぐっと拳を上げ畏怖堂々と立つ乙女──アデラだった。