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イルマギア  作者: 鳴澤 衛
第一章
46/80

46 豹変

私用が一旦落ち着いたので投稿します。

 リシェルの『入魂』が終了し、安堵している場合ではなかった。


 激しい水音に池を見てみれば、ドレイクどころか、ロジオンもアデラも──コンラートもいない。

「やだ! もしかして全員、池に引きずり込まれた音?」

 三人青ざめて顔を合わせる。

「──エ、エマ! かっ……!つぅ──」

 雑木林から飛び出したエマを止めようとしたルーカスだが、肋の痛みで踞ってしまった。

「ルーカスとハインは、リシェル連れて避難してえ! 怪我してんだからあ!」

 エマは走りながらルーカス達に言い、どんどん池に近付いていった。


 池に引きずり込まれたなら、一刻も早く助けなければならない。

 ドレイクとロジオンなら、水中で何かしらの魔法を施行するだろうが

(アデラちゃん……!)

 アデラは魔力が無い。只人だ。

 一番コンラートにつけこまれ安いだろう。

「エマ殿!一人じゃ危ない!」

 すぐ後ろからハインの声がして、エマは驚いて振り返った。

「私しかいないでしょ! 動けるのぉ!」

「私だって動けますよ!」

「詠唱してる間にやられちゃうって!」

「魔法以外の──エマ殿!」

 池の中から飛沫をあげて飛び出してきた影が、エマに突っ込んできた。

「危ない!」

 ハインがエマを押し倒し回避する。


「──ね? 魔法以外でも役に立てるでしょ?」

「……もう少し気を付けて避けてよね」

 嬉しそうに話すハインに、エマは擦りむいた鼻を押さえた。





 闇の中に蠢く闇にハインとエマは目を凝らす。

 ──コンラートだ。

 二人身構えた。

 だが、コンラートが子供並みの大きさで眉を潜める。

 先程の少年の姿よりぐんと小さく、弱々しくなっているのだ。


 何があったのか?

 入魂に集中していたエマ達には把握が出来ない。


「──ひっ!?」


 自分の後ろから来る、凍てつくような波動にエマは思わず声を出した。

 声を出さなくとも、ハインも同じだった。

 恐る恐るコンラートを見ると──その、のっぺりとした顔には昔の面影も見当たらなく、ようやく目鼻立ちが分かる程度なのに──怯えている。人目で分かった。


 チャポン……


 再び起きた水音に振り向く。

 身体に、たなびく波紋は先程の凍てつくものと同じ。

 だけど──

 何故その波状が、ロジオンから出てるのか……?




 浮力の魔法施行で、ロジオンは水面に浮いていた。

 片腕にアデラを抱き、地面に着地する。同時、ロジオンはアデラを手放した。

 がくり、とアデラの膝が折れ、地に突っ伏す形で咳き込む。

「ぐ……ッ! ゲホッ! ゴボ!……」

「アデラちゃん!」

 水を飲んで吐き出しているアデラの背中を、エマは懸命に擦った。

 びしょ濡れで、後ろに結わき止めていた髪が肩に落ち、びったり肌や首にまとわり付いている。

「防具服着てるんでしょ? なら上着とシャツ脱いで。風邪引いちゃう!」

 エマは早口で捲し立てると、自分のマントをアデラに掛けた。

 エマのマントは袖を通せる型の物なので、上着の役割として充分果たせる。

 水を吐きながらもアデラは

「ロジオン様……はっ?! ご無事か? 水の中で様子がおかしく……なられて……!」

と懸命に尋ねた。

「アデラちゃんを抱き抱えて、水から上がってきたわよお……ただ」

 そう言うとエマはアデラの肩を抱いて、対物魔の結界を張った。


「中身がロジオンとは限らないかもねえ……」







 

 池に戻ってきてドレイクはその光景に愕然とし、また、恐れていたことが起きたことに血の気が引いた。

 コンラートはもう逃げ出せないほどに弱々しく、更に透明感を増し、地べたに這いつくばっていた。


 ロジオンは──

 今の状況を楽しんでいるのか、自信ある笑みを始終絶やさずにいた。

 師であるコンラートを滅することに、何の躊躇いも無いように。


 新たな気配に気付き、ロジオンはドレイクの方に振り向いた。

 彼はドレイクに涼やかな笑顔を向ける。

「やあ……ドレイク。久しぶりだね。息災で何よりだ」

 声音はロジオンだが、口調が違う。

 のんびりとし、平坦とした彼の口調ではなく、落ち着いた大人の男性のものだ。

 その口調にドレイクは覚えがあった。


「消滅の呪文を手に入れてきたようだが……骨折り損になってしまったね──もっと早く私が出てくれば良かったのだが……」

 コンラートの方を見ながら話しかけるロジオンに、ドレイクは言った。

「マルティン様……?」

と。




 ──マルティン

 魔法を扱う者達が知らないことは無い人物。

 魔法の創立者であり、魔導術統率協会の創設者。

 尊敬があまりにも深く、皆、子にその名を名付けるのを憚るほどに。

 その名は魔力の持たない者達──アデラさえも知っている。

 まさか──と、エマもハインもアデラも唖然と、ロジオンとドレイクのやり取りを聞いていた。


「私の魂を受け継いだ者が、上手に攻撃魔法を使えないようだったから、指南のつもりで出てきたのだが……余計なお世話だっただろうか?」

「──いえ」

 ロジオンは微笑みを深くする。

「表情が固いね、ドレイク。私が、今のこの身体を乗っ取るのではないか──と、疑ってはいまいか?」

「……マルティン様ならしないでしょう」

「──なら、久しぶりの再会だ。随喜の顔を見せて欲しいな。突然の事で驚くのは仕方ないが」

 ふっ、とドレイクの顔が緩む。

 普段、無表情に近い顔の彼が、このように柔らかく笑うのは珍しい。


 本当にマルティンなのか?──

 柔らかで清々しい笑みを浮かべるロジオンは、ずっと大人びて見え、いつもの、のんびりした口調ではないが。

 この、身もよだつ恐ろしさは何なのか?

『地獄の鑑賞者』達が大勢やって来た時よりも恐ろしく感じる。

 マルティンとは、このような人物だったのか?


 ──いや、そもそも──


(どうして、ロジオン様に? ロジオン様はどうされたのだ? ロジオン様がマルティンの振りをしている?)

 アデラの頭は混乱の渦の中、すがるようにロジオンを見つめる。

 それに気付いたのか、アデラの方を向いて彼は微笑んだ。

「心配しなくて良い。君の主人は中にいる──眠ってもらっているがね」

と、自分の胸に手を当てアデラに言った。

 アデラは返す言葉も浮かばず、ただ頷くだけだった。

 話しかけられただけで手足が震える。

 畏れ多いとか、畏敬の念で震えているのでは無いのだけは分かってる。


 ──ドレイクは何ともないのか?

 ──本当にマルティンなのか?


 それは、隣にいるエマやハインも同じ気持ちであった。

 しかし、自分達には遠い過去の存在であるマルティンが、どのような人物だったかなど知らない。

 マルティンの時代から生きている、ドレイクしか知らないのだ。

 黙って見守るしかなかった。




「イゾルテも変わりはないか?」

「はい。元気に過ごしております」

「それが気掛かりだった。ずっと君が付いていてくれていたのだろう?」

「私を保護し、育ててくださったマルティン様の大事な妹君ですから……」

「ありがとう、ドレイク」

 ロジオンの手がドレイクの、高さのある肩に触れようとする。


 ──が、ドレイクにかわされた。



 瞬時、アデラ達に防壁結界が施行される。

「……マルティン様ではありませんね? よく似た口調をしてらっしゃるが、狂心がただ漏れですよ」

 

 ロジオンは不貞腐れた表情をし、顔を下に向けた。長めの前髪が、たらんと下がる。

 くく、と含みのある笑いが、俯く顔から漏れた。

「ふ……ははははははは!」

 笑いと同時、顔を上げたロジオンは──。


 歪んだ笑みを浮かべ、ドレイク達を見つめ返した。



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