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イルマギア  作者: 鳴澤 衛
第一章
41/80

41 復活(2)

 ロジオンくらいの年齢だと思われる少年は、内側から光を放っているように明るかった。

 軽く両手を広げゆっくりと瞼を開く。

 ゆらゆらと池の上を浮く姿は、足元から頭まで色素が全く無く、人としての存在感はどこにも見当たらない。

 そのせいなのか、薄手衣を身に纏い風もないのに身体ごと揺らぐ少年は、蛹から孵ったばかりの昆虫のように見えた。



「……コンラート」

 ルーカスが呟いた。

「コンラートって若い頃、ああいう顔だった? 」

 エマが眉間に皺を寄せた。

 確かに美男の類に入っていた記憶はあるが、目の前にいる少年は中性的な美しさで、少女とも取れる。

「コンラートが少年だった頃の姿に、取り込んだ池の精霊の写実化の姿も写してるんじゃないか?」

「ああ、水の属性の精霊は美男美女が多いもんねえ」

とエマは頷いて見せた。


 その──色素を持っていない姿は、自ら放つ光で闇を溶かし自分の周囲をぼんやりと明るくしている。

 その様子も、風もないのに揺れる薄衣に、背中を流れる髪は神秘を纏い、確かに精霊の姿と類似していた。


 色素の無い瞳が、一番池の近くにいたカーリナを写す。



「コンラート……」

 カーリナに施行していた『閉幕への喝采』は既に弾き飛ばされた。

 自分の魔力で必死に抵抗して、全ての魂が吸われることはなかったが、身体に力が入らない。

 ──だが、カーリナは今嬉しさにただ涙を流す。

 何の感情もない無機質な様子の彼だが、カーリナにとって、こんな長く見つめられたのは初めてだったからだ

 感激で胸の鼓動が上がり、どうにかなりそうだ。

「私が分かる……? カーリナだよ。ずっとずっと、貴方だけを愛し続けたんだよ……。貴方が死んでからも、死んでから変わり果てた姿になっても……ずっとずっと」

 カーリナの幼い腕が、よろよろとコンラートに向かって差しのべられた。

「見て、私の身体……魂替えしたの。あと数年したら、貴方好みの女に成長するから──そうしたら、今の貴方に丁度釣り合いが取れるよね……」


 コンラートの手がゆっくりと、拙くカーリナの差しのべられた手に向かう。


 一途過ぎるが故なのか──

 情熱が過ぎるが故なのか──


 魔法を扱う者のモラルも、扱わない者のモラルも無視した自己中心な考えは、本人の性根の問題も抱え周囲の親い者達を巻き込んだ。


 ──全ては、コンラートに愛を受け入れてもらう為──その瞬間がようやく来る。

 願いが叶う


 ──カーリナは幸せの絶頂の中にいた。





 二人の手が重なり、繋がる。

 コンラートが悠然と微笑み、カーリナもつられて微笑んだ──瞬間。

 中途半端な悲鳴が起こり、がくり、とカーリナが乗っ取っていたリシェルの身体が倒れた。


「──コンラート!」

 ドレイクの横からの魔法攻撃に合い、コンラートが吹っ飛ぶ。

「この(リシェル)の身体は他人の物。──勿論、形成しているその身体も貴方のではない」

 ドレイクは腕を広げ、呟く。手の平から光輝く何かが、コンラートに帯状に向かった。

「離しますよ、その身体から」

 コンラートは逃げ去ろうとするが、ドレイクの掌から伸びる光は、彼を確実に仕留めた。

 すり抜こうとしても、またしつこく身体に巻き付いてくる。

 身体に付着すると、あっという間に広がり隙間無く繋がった。


 それは口以外の、コンラートの身体を埋め尽くす。

 地に転がる姿は、大きな蛹だった。



「……まだ知恵不足だったと言うことか……?」


 ドレイクは簡単に捕獲できたことに疑問を抱き、眉間に皺を寄せた。



 ロジオンとアデラは、倒れているリシェルの身体をエマ達の場所まで運んだ。

 仰向けにして脈を診ても診なくても、事切れているのは一目瞭然だった。


「お母さん……」


 リシェルの涙が幾つも頬を伝い、地に落ちる。

「罰をくらったんだ……。今までの重ねてきた罪の……リシェル……泣くのはいつでも出来る」

 ロジオンが泣き続けるリシェルを諭す。

「元の身体が物理的な死を遂げる前に……君の魂を戻さないといけない。分かるね……?」

 目を擦りながらも、懸命に頷くリシェルを仰向けに寝かす。

 続いて、その横にリシェルの身体を同じように寝かした。

「ルーカス、エマ……そしてハイン。頼むね」

「肋いってても、これくらいは出来るさ」

と、ルーカス。

「任せときなさいよぉ」

 エマにウィンクされた。

「微力ながら、やらせて頂きます!」

 不安なのか苦笑いをして頷くハインにロジオンは

「やり方、分かるよね?」

 少々不安になって尋ねた。

「はい。但し実践はありません、それが不安で……」

 ロジオンはポンと彼の肩を叩いた──小刻みに震えていた。

「統一された文章を読むだけだから……大丈夫。リシェルを助けたいと言う思いだけを心に抱いて……ハインなら出来るよ」

 ロジオンの真っ直ぐな瞳に見つめられ、ハインは「はい」と力強く返事を返した。




 各自の魔法日記が本来の姿に戻り、左手の上に浮く。

「『光聖』属性『救済』の章」

 声を揃え、魔法日記に命ずる。

 すると、パラパラと指定された頁を独りでに捲り、開いた。

『光聖』は魔法の中で特殊な属性で、権限は魔導術統率協会ではなく、僧侶を中心とした教会にある。

『信仰』性の強い魔法な為、教会に所属する者の方がより強い魔法を施行できるのだ。

 ──しかし現実問題、戦場など、危険な場所に出向くことが多いのは魔導師や魔法使い。

 相手側に『闇』が得意な者がいたり、死人使いがいたら有効なのは『光聖』だ。

 僧侶が所属する教会はなかなか迅速に動けないようで、対応に遅れる場合も多い。

 この辺りの兼ね合いから、教会から

『詠唱を各自で勝手に変えない』

『頁は必ず冒頭に記すこと』

と、条件の元に魔法日記に添えられている。


『光聖』は神話から始まり『召喚』『救済』『除滅』『鎮魂』『祈り』が大抵の魔法日記に頁として添えられた。


「『救済』の章『入魂』」

 右手をかざす。

「魂の闇路を照らし、萎み逝く命の花を咲かせるための恵みの露を、星影より乞う──」

 地が円形に紋様を描き光を放つ。

 閉じるような眩しい光ではなく、柔らかで温かみを帯びた優しい照らし。

「人智は果て無し、無窮のおち究め行かん。それ故、迷える魂に御手を与える慈しみと憐憫の教えを忘れたり──」



 そこだけ厳かな空間と成り、完全に周囲と遮断された。



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