39 想いの違い
「いゃあああああ!」
自分の叫びが観賞者の喜びの喝采に打ち消される。
耳障りな声が身体を突き抜ける度に力が抜けていく。
魂が
命が
吸いとられる。
──嫌よ!
コンラートに認めてもらうのよ
彼の恋人になるのよ
「──いや!」
観賞者を睨み付けようと顔を上げ、恐ろしさに目を見開いた。
観賞者の顔が──よく知る顔に形を変えていく。
「カーリナだ……」
エマがポカンと口を開けた。
「そりゃあ魂の記憶だもの……本来の彼女の顔が写し出されるよ……」
ロジオンの言葉にエマは「そうだわねえ」と頷いた。
これに一番衝撃を受けたのは、本人──カーリナだった。
本当に吸われてる。
魂が抜かれてる。
いやいやいやいや!!
「いゃゃゃゃあああああ! 絶対に嫌! こんなのがコンラートと同類? ふざけるんじゃないわよ! コンラートはこんなんじゃない! もっと理性的で理智的で素晴らしい男よ! 彼になら魂を吸われようが食われようが好きにされても構わない! ──ロジオン!」
「?」
「あんたのせいよ! あんたが大人しく身体を明け渡さないからこうなったんだよ! 師弟関係なら病に倒れた師の代わりに身体の交換位してやるのが当たり前なんだよ! あんたがしないからコンラートは化け物って言われて、私がこんな目に遭うんだ!」
「身勝手な言い分ですね」
ドレイクの台詞に皆頷いた。
──ロジオン以外は。
*
「ぁぁぁあああああ!」
カーリナの断末魔に近い叫びに、リシェルは耳を塞いだ。
アデラは彼女の頭を撫で、強く抱き締める。
小城で彼女から聞いた話を思いだしアデラは胸を痛めた。
カーリナの魂替の犠牲となった女性も、今や初老の姿となり──新たな犠牲となったリシェルの新たな魂の寄代であった。
魔力を扱う者は、魔力を持たない者に比べ生きる長さが違う。
個人によるが病死や事故死、戦死等々により亡くなった者達を除けば魔力を持たない者達より遥かに長い時を生きる。
──しかし、魔力を扱う者達にも、分からないことがある。
──何時、成長が止まるか──だ。
精神・魔力共々、最も高く、充実している時期に止まる。
それが体力的に最高潮の時に止まるのか、最も成熟した身体の時に止まるのか──分からないのだ。
幼い時に止まってしまった者もいれば、歳を取ってから止まった者もいる。
ルーカスやエマのように、身体が成熟した時期に止まった者もいる。
大抵は皆、すんなりとその事実を受け入れるが、稀に受け入れることの出来ない者が出てきた──カーリナのように。
カーリナは魔法使いとして修行している時期にコンラートと出会い、熱烈なアプローチを続けた。
しかし──何年たっても、自分の思いを受け止めて貰えない。
カーリナの本来の身体は四十代で止まり、コンラートは若い女性にばかり熱を上げる。
──この身体では駄目――
カーリナは友でもあった魔導師・サマンサを拐かし、撤廃の一つ『魂替』を行った。
その内容は卑劣で許しがたい。
騙されたサマンサは自分の命と引替えに『呪い』を施行した。
──かつて、自分の肉体であった身体の『若さ』が魔力を扱わない普通の人間達──いや、若干早く歳を取っていく。
喜びに浮かれていたカーリナの落胆と忸怩たる思いは言うまでもない。
そこで考えたのが、まだ子供が産めるうちに子を産み、その子と肉体を交換することであった。
産まれてくる子の造形を考え、美男を選び子を産んだ。
サマンサの容姿自体が美女の定義に入っていたお陰が、すんなりと相手を見つけることが出来たのは良かった。
サマンサの身体で身籠り、産んだ子は思惑通りの女の子──リシェルであった。
カーリナは夫となった男性とリシェルを捨て、姿を晦ます。
ここで彼女が巧妙だったのは、捜して来るよう手掛かりを残していったことだ。
母の温もりさえ覚えていない子が、恋しさで手掛かりを便りに会いに来る──カーリナには確信があった。
元夫は薄命の相を持っていたし、身内もいない。
国内が荒れ始めていた時期に姿を晦ましたから、元夫が亡くなったら厳しい国の情勢の中、己の食いぶちを減らしてまで他所の子の面倒を見ようなどと人の良い家庭など、ざらに無いだろう。
豊かで保安のしっかりとした大国・エルズバーグで宮廷に仕える為に家を出た──と言う話と証になるものを娘に手渡していれば──―元夫の死後、きっと訪ねにやって来る。
──かくて思惑通りに事が動いた──
必死に会いに来た娘を抱き締め、労り、可愛がり、手料理でもてなした。
『会いたくても宮廷で働くようになった自分は忙しくて会いに行けなかった』
『結婚し子供がいることは誰も知らない。知られたらここには居られなくなるから“知り合いの娘”としておいて欲しい』
そう説き伏せた。
リシェルにとっても、暖かい住居と安定した生活──何より、ようやく会えた母親から離れたくない。
素直に頷いた。
そうして師匠と弟子の関係で、周囲を誤魔化し生活していた。
魔法管轄処にいるのは、周囲に興味の無い同業者達──特に怪しむ者もいない。
師匠と弟子の関係でも、リシェルは幸せだった。
会いたかった母は優しい。
魔導師として自分に魔法を教えてくれるだけでなく、普通の母親のように一緒に料理をしたり編み物や刺繍もしたり、自分が思い描いていた母親像そのままだからだ。
──ただ、気になるのは普通の母親より老けていること──
遅い結婚だったと聞いていたが、今の母を見てどうしても五十代位に見える。
父から母の年齢を聞いていて、そこから計算してもおかしい。
そんな疑問がいつも頭にこびりついていた頃、母から
『呪いにかかり、早く歳を取っていく』
と涙ながらに告げられた。
驚きショックを受けるリシェルに
『研究して呪いを解く方法を見つけた。その為には、一度身体を取り替えないと解けない』
と話した。
『この魔法は私しか知らないの……リシェルにはまだ無理だし……自分が見つけた魔法を他の同業者に知られては名折れだし……リシェル、私の可愛い娘……貴女なら分かってくれるわね?』
母に乞われ、母を慕うリシェルに拒否など出来なかった。
呪いが解ければ元の身体に戻れるし、母が昔の若く美しい姿に戻れるというなら──。
──だから
それなのに──
身体は老婦人だが、子供の泣き方そのままに泣くリシェルが痛々しかった。
うまく区切れなかった~!