38 地獄の鑑賞者
「1、2……3!」
カーリナが掛け声と同時『トラップ』を施行解除し
「それ!」
アデラも同時に魔法日記を投げた。
──空高く
「高すぎだ! ノーコン!」
距離は良かったがカーリナの身長より、ずっと高い所まで投げたアデラに彼女は叱咤した。
「それで良いんです」
アデラが日記を見上げながら満足そうに言った。
突如、闇の中から現れた蔓に日記は絡め取られてしまう。
絡め取られた魔法日記は、そのままルーカスの手に渡った──。
「ナイスコントロール、アデラ」
ルーカスが細い目を更に細くし、笑って見せる。
だが、胸を押さえているところを見ると肋がやられたらしい。
「ルーカス! それを寄越すのよ!」
険しい顔で近付いてくるカーリナにルーカスは、痛みで荒くなる息を整えながら言った。
「……こっち(魔法日記)ばかりに気を取られている場合じゃあないだろう?」
「──!」
背筋が一瞬にして凍りつく眼差し。
難解な言語で詠まれる呪文。
──来る。大きな魔法が──
カーリナは振り返り様、対魔法防御を施行した時──。
ドレイクの紅い瞳が薄闇に煌めいたのが見えた。
割れる音が空に響く。
カーリナの施行した魔法は、ドレイクの魔法に負けた事を意味した。
ドン!
と、一度だけ大きな縦揺れが起き、静寂となった。
それは虫の声一つ聞かない静寂で、何かが起きる前触れだと、そこにいる誰もが感じ取っていた。
感じる圧迫感。
それは物凄い勢いで四方から迫り来る。
カーリナは感じていた。
──これは自分に向かって迫ってくる──
「……何……何が……!」
方陣で移動しようとするが足が地にピッタリ吸い付き、動けない。
「古代からの尊き血を受け継ぎながら、魔力を持たぬ人と同様な腐り果てた真似を……容赦せぬ」
ドレイクの冷えた声が冴えざえと辺りに響く。
「聴かせてやろう。コンラートと同類の闇の喜びの声を──」
──ヒィィィィゥオオオオオオオオオオオ
──ホホォォォァァァァァァァァオオオオオ
迫る大勢の低い呻き声は、地を張る。
それが物凄い勢いで自分に向かっているのが分かり、カーリナの身は凍え震えた。
──それは周囲も同じ反応だった。
アデラは、サマンサの身体のリシェルをしっかりと抱き締め
それ以外の者は魔法を扱える為、自然と防御の右手を構えていた。
ドレイクが施行したのだ──並大抵の魔法防御では、先程のカーリナの魔法のように負ける。
「……ちょっと……こっちには寄越さないでよ」
エマがドレイクに肩肘張るが冷や汗が流れる。
ミスは犯さない思うが、万が一を考えての構えだ。
そんなヘマはしない──そう言いたげにドレイクの口角が片方だけ上がった。
「ᛏᛟᚱᛋᛁᛟᚾᚫᛚ ᛋᛏᚱᚨᛁᛅ ᚺᛁᛗᛋᛖᛐᚠ ᛏᛟ 丯(歪な歓喜に身を捩れ)『閉幕への喝采』」
ドレイクが試行した召喚魔法の名を上げた刹那──
それはやってきた。
闇の向こうから、身体とも言えない身体を宙に飛ばして。
足は溶けた蝋燭のように形はなく、伸びた先は闇のまた向こう。
顔は皆、同じ顔──いや、顔がない。皆のっぺらで唯一口らしきところにポッカリと穴が開いているだけだった。
同じところと言えば、皆一様に骨で作ったカンテラを片手に握りしめて、喝采を送るべき相手を取り囲んだ。
──カーリナを──
*
ファァアアアアアアアア
カーリナを取り囲み、一斉に声を上げる。
それは木々を震わせ、周囲の耳をつんざき、押さえても意味がないほどであった。
取り囲まれたカーリナは特に堪えている。
ビリビリと身体が──魂が──振動する。
身体に力が入らない。
魂が
吸いとられる
「『地獄の観賞者』だ」
あんなに沢山呼んじゃって、と胸を押さえ痛みをこらえる様子でアデラ達と合流したルーカスが言った。
『地獄の観賞者』
普段は地獄にて罪人として落ちた者達をカンテラで照らし、その者の生前の生き様を見るという。
罪深き者だと喜び喝采を送り魂を吸う。
「初めて見ましたよ……流石ですね、ドレイク様。土台詠唱さえ長いはずなのに短かったし、更に高い召喚魔法に造り上げていて……」
「これならカーリナの魂を吸ってリシェルの身体を……」
アデラの台詞にサマンサの手が強く握られた。
辛そうに俯いている彼女の中身は、母に裏切られた子──リシェルなのだ。
しかし、裏切られたとは言え母は母。
どんな母でも子は慕い続ける──極たまに見せる『母』の思いやりに。
それに、母がこのまま『地獄の観賞人達』に魂を吸いとられていくのを見ているのは辛いことだ。
「リシェル」
見せないようアデラは彼女を抱き締めた。
「ただの『入魂』なら、俺たちでも出来るからね」
と、ルーカスは喝采を浴びているカーリナを見ながら告げた。
「──ただ、カーリナはしぶといからなあ……魔力も魔法も。このままうまくいくかなあ……」