36 咆哮
タイミングの良い所で切ったら短くなりました…。
詠唱が終わると同時、悪臭を放っていた水泥の怪物は掻き消されたかのように自分の世界へ戻った。
「ロジオン!」
腹立ちげに怒鳴り付けてきたドレイクにロジオンは
「師匠の魔法なら、大体の施行解除は出来る! 兎に角、一旦彼女を捕らえて!」
と怒なり返す。
咳き込み、草むらに倒れ込むカーリナに
「溃硒拍摄他的声音(彼の放つ音を潰せ)『絶音』」
今度はエマが魔法を施行する。
「エマ! それだけじゃ彼女の魔法施行は止められんよ! 頭の中で呪文を唱えられたら──!」
ルーカスが違う魔法施行を促すが、エマは余裕ある笑いを見せる。
「腐植の滓の臭いでやられてるわ……ルーカス!」
エマがルーカスを見て叫んだ。
「──!」
エマの叫びと同時だった。
ルーカスの身体が軽々と宙に吹き飛ぶ。
繁る木々の頂点を越え、凄まじく枝を折りながら落下した。
「……意識支配だ」
ドレイクが忌々しいしく呟いた。
黒い幼竜はその身体に見合わない猛々しい咆哮を響かせ、形を変えていった。
萌葉に似た薄い飛膜の可愛らしい翼は、太い骨格を持つ立派な大きな翼に。
小さな鱗で覆われた身体は、鎧を付けたかのように見ただけで固く丈夫そうな身体に。
怯えた情けを乞う紅玉の瞳は、その意思が全く見えない空の輝きを持つ大きな瞳に。
爪が出ているかいないか分からないほどの小さな鳥のような足は、荒々しい長い爪を持つ大きな足に。
成竜とみちがう姿に形を変えた幼竜は、黒竜の気性を現すように落雷に似た咆哮を轟かす。
ビリビリと身体中が痺れる感覚に耐えながら、ロジオンはドレイクに尋ねた。
「竜は一気に成長するものなの?」
「身体の成長を司る器官を狂わせたのでしょう……脳のある部分を魔力を注入して急成長させた。これはもう……」
助からない──
ドレイクの呟きが表情と裏腹で冷淡なのが、ロジオンには胸が痛むものだった。
腕の中に収まるほどの小さな幼竜が、見上げるほどに大きく急成長をした。
これが人なら急激に成長した身体に、内蔵はもちろん、骨や皮膚諸々追い付くはずがない。
身体の急成長に皮膚は裂け、骨はスカスカになり、急に肥大した内蔵は支障をきたすだろう──最悪、歩き出そうと足を上げた途端、身体は悲鳴を上げ崩れ果てる。
果たして竜はどうなのか?
ロジオン自身、竜の姿を見るのは初めてで、目を見張る大きさに呆然としていた。
──嘘付ケ──
「……えっ?」
何処からとなく聞こえてきた声に、ロジオンは周囲を見回す。
余計な人物がいる気配は無い。
──魂ガ覚エテイルハズ──
──研ギ澄マセ──
周囲から聞こえる声じゃない。
ロジオンは自分の頭を押さえた。
「──なっ……!?」
身体憑依でもない。
意識支配でもない。
頭の中から問いかけてくる声。
──過去二──
──遠イ魂ノ記憶──
「ぁあ……!」
頭の中で流れていく映像には多くの竜。
自由に空を飛ぶ姿を見る誰かの目。
竜だけではなく、今や書物の中でしか見ることの無い飛来動物達。
知ってる。
僕は知ってる。
書物の中ではない映像。
──どうして知ってる?
「魂の……記憶……?」
「ロジオン! 避けなさい!」
危険を案ずるドレイクの声と押された衝撃に、ロジオンは今の危機的状況の現実に我に返った。
「キャハハハ!」
少女の甲高い笑い声の意味する事──。
ロジオンを庇ったドレイクが、代わりに急成長を遂げた竜に捕らえられ、握りしめられていた──。