26 宴(2)
池の前にお供えのように、パン皿に載せた菓子に葡萄酒が疑問でアデラは主に尋ねた。
「師匠……甘い物が好物だったんだよ。お酒と一緒によく食べていたんだ」
「イメージが壊れまくりですね……」
そう言うアデラにロジオンは笑う。
「『疲れた頭には糖分』って……よく言っては食べていたんだよ」
さて座ろうか、とロジオンは自分の首に巻かれているスカーフを取ると、草地にそれをひき、アデラに進める。
アデラは驚きながら断った。
当たり前だ。本来ならば従者が主にしなければならないことなのだから。
「いけません。こんな高級なスカーフで。しかも私は仕える立場ですよ? ロジオン様がお座り下さい。私地べたは慣れてますから」
「どんな女性にも……紳士な態度は忘れるなって……師匠が言っていたよ。それに僕だって、そんな品良く育ってないよ?」
「時と場合によります」
「……良いから座ってよ。このスカーフ長いから、一緒に座れるだろうし」
さりげなく譲渡案を出したロジオンの意見に、アデラは渋々と了承した。
「では、失礼します」
と恐る恐るスカーフの上に腰を掛けるアデラを見て、やれやれとロジオンも座る。
その時だ。
──ヒュルルル
空中に響く高い音に二人空を見上げた。
「試作花火の打ち上げ……始まった」
大きな炸裂音の直ぐに空に咲く花のように、花弁を広げては消えていく。
黄と白が主体の花火が次々と打ち上げられ、暫しその様子にアデラは見とれていた。
「多分、次が最後……僕が作った花火……」
一際大きいことを裏づける、打ち上げてからの闇の空間。刹那、大きな炸裂音がなりその火花の彩りを見せた。
「……青い……。ロジオン様、花火が青と黄です!」
打ち上がった花火は青が主体の初めて見る色の花火で、アデラは興奮に思わず主の腕を掴んだ。
「……」
「……」
掴んだものの花火が終わった今、辺りは闇。
墨のように暗い池の周囲の向こうに宴の明かりが見え、辛うじて互いの輪郭が見えた。
ふいに生温かい感触が頬に触れ、それが主の唇ではないかと思い、全身が熱くなる。
「失礼しました! 馴れ馴れしいことをしてしまいました」
パッと離れ、怪しまれない程度に距離を取る。
主のいる側から舌打ちの音がしたのは、きっと自分の気のせいだとアデラは思い込むことにした。
しばらく沈黙の後、暗闇に慣れた目で主を見た。
彼もアデラの視線に気付いたのか顔を向ける。
「あの花火の青……なかなか綺麗に出なくて……どうだった?」
「綺麗でした。黄色と白以外の花火なんて初めて見ました。サファイア色で、とても……」
「師匠が拘ってたんだ、ずっと……病気で臥せっても……『はっきりした青を夜空に放ちたい』って」
「そうでしたか……」
ロジオンは思い起こすように瞼を閉じ、ゆっくりと花火の消えた夜空を見上げた。
「魔法を施行すれば師匠なら青の火花なんて簡単なのに……『人の手で作るからこそ、一瞬の美しさが心にいつまでも残るのだ』って」
「簡単に魔法が繰り出せるコンラート様だからこそ、そうお考えになったのでしょう……」
「子供みたいだったよ……瞳輝かせてさ。こう組み合わせたら配合がどうのこうの……って……」
会話が途切れた。
泣いてはいない──
だが、泣いているように唇が震えているロジオンの心の内は、皆が思うよりコンラートに対する、一言では言いきれない複雑な思いが混濁しているのだろうとアデラは思った。
ロジオンがコンラートと共に世界を放浪していた十数年、側にいたのはコンラートしかいなかった。
彼と生活をし、教えを忠実に会得し、親がいないと思っていたロジオンにとって、彼は師匠である前に親でもあったのだ。
魔導術統率協会──コンラートを追う側の指令者のドレイク。
コンラートが事実を歪めてロジオンに話していたことは、追ってきたドレイクやエマにルーカスに対する態度から見れば分かることだし、ロジオンに手出しできない魔導術統率協会は彼を使えば逃げること容易い──と、エマ達は話していた。
『それに関しては、ロジオンが成長した現在、誤解は解けている』
とも。
コンラートから聞かされていた話。
エルズバーグに戻ってきて知った真実。
ロジオンは、コンラートを恨むことは全く無かったと言い切れ無いだろう。
──でも、彼は間違いなくコンラートを好いている。
だからこそ、滅する方向ではない方法を模索しているのだ。
尊敬と愛情に反する
恨み、怒り
戸惑い──と共に。
「やっぱ……憎めないや……」
そうぽつりと言った。
宴の場所が騒がしくなってきている。
「帰り支度かな……もう、戻らないと……あっ!ごめん、アデラ。今日、起きたこと話すって言っといて忘れてた」
申し訳なさそうに謝るロジオンに、アデラは首を横に振った。
「謝ることはありませんよ。今日はもうお疲れでしょう? 明日にして今夜はごゆるりとお身体をお休め下さい」
「──いや……だけど。明日は明日で忙しいと思うから」
「焦らなくても私はロジオン様のお側にずっとついているのですから、その時に少しずつで結構です」
宴の場所から漏れる僅かな明かりを頼りに、ロジオンは自分に微笑むアデラをじっと見つめた。
そうして深い息を付く。身体の力が抜けていくように。
「アデラ」
「はい」
「……だからさ、そう言う誤解を受けるような発言は……」
「他の者がどう言おうと、関係はありません。私はロジオン様の従者なのですから」
「……僕が誤解するんだよね……」
「はい?」
疑問系の返事をしたアデラに、ロジオンは少し残念そうにこう言った。
「良いよ、もう……アデラは僕の従者。手放す気はありません」
この言葉をどう取ったのか──分かるアデラの歯切り良い返事に、ロジオンは苦笑し彼女の手を握った。
「いけません。従者と手を繋ぐなんて」
慌てるアデラにロジオンは
「じゃあ、腰なら良いわけ?」
と、可笑しそうに返す。
「ぅう、なお悪いです」
ロジオンのアデラの手を握る力が籠る。
「宴の場所に着くまでで良いから……アデラの手は気持ちが良い……落ち着けるんだ」
「……分かりました」
剣ダコのついている自分の手が落ち着けるだなんて以外だが、そう言うのなら主の言う通りしよう。
ゆっくりなロジオンの歩調に会わせ、二人は温かな淡い橙の明かりに向かって歩き出した。
*
一つのランプがうっすらと部屋を写し出す。
ドレイクが使っている部屋は、いわゆる書斎であった場所。
以前の所有者が残していった書籍の数々は、彼の暇潰しの書物でしかなく、これからに役立つとは到底思えないものばかりである。
国王陛下には城にあるものは自由に使って良いと許可を頂いているせいか、元々の彼の性分なのか、読んだと思われる本は部屋の片隅に積み上げられていた。
彼はと言えば、他の部屋から持ち出してきた壁掛けの姿見の前に立ち、鏡の向こうに向かって話し込んでいる。
『無理に戦わせることも無かったでしょう……』
「彼が早くに自分の力の不均衡に気付いて欲しいと思った故のことです。思ったより相手が小物でしたから、果たしてそれに気付くまでに至ったかどうかですが」
『彼の身体が充実するのはまだ先……焦ることはありません』
「それまで待てるのですか? 貴女は……イゾルテ様」
鏡の向こうからの声が止まった。
ドレイクの問いかけは続く。
「貴女はもう何百年も待った。次世代の魔承師を……。いえ、『あの方』を。これは貴女の為でもある。また過去に繰り返されてきた、コンラートのような者達に取り込まれても宜しいのですか? その度に私が『あの方』を抹殺し、また転生を待つと言うのでしょうか?」
『コンラートを含む、過去の魔導師達は……全て自分の支配下に魔導術統率協会を置こうとなど……考えてはいませんでした。……私と『あの方』の考えに共鳴出来ない者達もおりました……当たり前なのです。反対する者が出て当たり前……』
「時の流れだと言うなら、今もそうでしょう? コンラートが離れた今です。私が彼を導きましょう。的確に『あの方』を呼び戻せるように」
『……でも』
「私では不安ですか?」
『……違う』
そう答えたイゾルテと呼ばれた女性の声は、拙いものであった。
「『あの方』を幾度もこの手で殺めた私が、魔力も身体も成長に満する前にあの方を殺めた私が、またこの世代に手を下すと?」
長い静寂が続き『許して……』とすすり泣く声が鏡の向こうから聞こえ、ドレイクは拳を握った。
「……貴女が今だ迷っているのがよく分かりました。貴女の心のままにと思っていましたが……やはり、私が導きましょう。──ロジオンを」
『ドレイク!』
「心配なら監視を付けても構いません。……私も、もう待つのは疲れています……。ただ、これだけは分かって欲しい」
ドレイクは優しく鏡に触れ、向こう側にいる女性に告げる。
「私は長い貴女の憂いを、取り除きたいだけなのです」
と……。
花火は昔は色付きでは無かったと。
ただ、異世界風だし特にこだわる必要なないかな?と思い、現代でも結構難しいらしい青色の花火を出してみました。
お知らせ:「ムーンライト」ともう一つ「なろう」で掲載している話の続きを書く為に、しばらく休載します。再開は未定です。
18歳以上の方でしたら「ムーン」も読めるので、宜しかったら読んでみて下さい。
「ムーン」の方では「UTA」言うネームで掲載しています。