25 宴(1)
戻ってきたら驚いた──。
暫くの寝ぐらの小城の庭には人・人・人……。
既に炊き出しが終わり、庭に設置された台には鳩や家鴨に鶏の蒸し・焼きが、茹で豆が挽かれた皿の上に並び、秋の味覚の野菜のスープが湯気を立て食欲を誘う。
宮廷で焼いてきたパンにデニッシュ、タルト、パウンドケーキ。
連れてきた調理人は、焼き石の中に栗を放り込み焼き栗作りに専念している。
国王陛下に第二王妃、まだ小さな二人の王女達は連れてきた護衛や侍女に囲まれ、談笑しながら食事中。
手が空いている者達も好き好きに料理を手に取り、酒も口にし盛り上がっている。
異色と言えば宮廷の魔法管轄所の魔導師や魔法使い達だが、和気あいあいと皆に混じって食事をしていた。
(……何があったのだろう?)
とにもかくにも──陛下と王妃にご機嫌伺いに出向き、挨拶をする。
その席に、自分の主であるロジオンも同席していた。
気付かなかったのは、彼が王子らしい格好をされていたからだ。
今回は腰までの短いジャケットに、切り替えある膝までのシャツをウエスト部分で宝飾のベルトで留め、スパッツを履いていた。
ブーツは唐草の型取りをした物を使い、留め金に金のバックルが付いたものである。
髪の毛も散々くしけずられ、艶々と輝いていた。
アデラにとって見とれてしまう姿だが、ロジオンの方は彼女を見ると気恥ずかしいのか途端に談笑を止め、視線を合わせることもしないで、黙々と食事に専念し始めた。
「陛下に第二王妃様、拝顔賜りましたこと御礼申し上げます。参上するのが遅れましたこと謹んでお詫び致します。」
アデラは帯剣を自分の横に置くと、片膝を着き正式な挨拶をする。
「よい。ロジオンから聞いておる。面を上げよ」
はい、とアデラ。
「今宵は無礼講じゃ。アデラも皆に混じって飲んで食べて楽しむが良い」
「ありがたきお言葉にございますが……陛下、私には何が何だか……何故、このような宴がここで。しかも、わざわざ陛下や第二王妃様や王女様方まで……こちらにご訪問に出向きました理由が分かりかねません」
「おお。アデラは留守にしておったから詳しい経緯は知らんだな」
「父上」
突如、ロジオンが口を挟んできた。
「僕から後で話しておきます。彼女に頼んだ品を確認しなければならないので……その時にでも」
父王にそう話すとロジオンは、接待用だと思われる品のある笑顔をアデラに向け
「アデラ、ご苦労様。しばらく……皆と食事をしていると良い」
と告げた。
「はい。ではお言葉に甘えて馳走になってきます」
*
正規の皿代わりに使われるパン皿を貰い、バターたっぷりのデニッシュに肉汁がたっぷりと滴る鴨肉を挟みながら食べる。濃厚なソースと鴨の脂が口の中に一杯に広がる。口の中に残る脂を取り除くように、赤の葡萄酒を飲み喉を潤した。
この宴につかわれた料理素材も飲み物も、感謝祭用の物であろう。
ここで、これだけ飲み食いしても本番用は充分事足りるということだろう。
台の上に贅沢に並べられた食事と、それを手に取り立食して、喋り、笑い、飲む人々。
沈み行く太陽の地平線を彩る橙の光が、そんな人々の陰影を濃くし今日最後の輝きを成す。
点々と設置されたかがり火に台の上の蝋燭。
王族の占める場所には、一際明るい場面を提供するランプ。
──平和なのだな……。
アデラはふと、祖母のかつての仲間達の滅亡した亡国の話を思い出す。
戦に続く戦。
荒れていく地。
貧困
食糧難
疲れていく人々。
一握りの支配級の者達は贅沢を止めない。
負の遺産を背負わされるのは、何の力も持たない者達。
『救いが欲しくて、皆、一心に見えない神に祈るのよ。心の拠り所が欲しいの。生きていく希望をね……』
このエルズバーグに住む者達は、どれだけ恵まれた生活を送っているのか。命を繋ぐ衣食住の保証をしてくれるだけでも、どれだけ幸せなことなのか──見に染みている者だけが、平和を維持しようと躍起になった。
『アデラ、貴方には『覚悟』が足りない……』
祖母が放った言葉。私が聞こえなかった部分が、かつての祖母の仲間に会って、ようやく知り得た。
それを考えると
(ラーレ……あの子も今のままでは……)
まもなく祖母が亡くなり、空白になったままのアサシンの座を、一緒に鍛練を積んでいたラーレが受け継いだ。
勿論ラーレはまだ若輩。アサシン達を束ねるには経験不足と言うことで、先に入った年長者が纏めている。
世襲制と言うのは変わらないので、いずれはラーレが筆頭になるだろう……。
まだ、重要任務は任されていないとは話していた妹の様子は、緊迫感が全く見られなかった。
(四六時中、緊張していても疲れるだけだけど……)
やる時はやるのかな、あの子、兄弟の中じゃ一番要領が良いし。
パン皿の汁でふやけた部分をぼんやりと見つめ、思想に更けるアデラに
「アッデーラちゃ~ん」
と後ろから抱き付き、胸を揉む者──エマだった。
「ひゃぁぁああ! エマさん! いきなり何を!」
思わず身を屈め、投げ飛ばそうとしたが、相手は女性でしかも酔っぱらい。思いとどまり、エマをひっぺがそうとするが小判鮫のように背中から離れなかった。
それどころか
「アデラちゃ~んって、以外と胸あるのね~。普段ぺしゃんこなのはど~して~?」
と、ますます胸を揉み出す。
「普段は中に防具服を着込んでいるからです!」
「え~? それはまずいでしょ? 胸が横に流れちゃうよ~」
「ちょっ、ちょっ、ちょっ」
エマの自分の胸を揉む手付きがいやらしい。
(玄人? 慣れてる? )
大きさを確認するための手の動きじゃない。むずむずする感覚。
「ル、ルーカスさん!」
ルーカスに助けを求めるも、ルーカスも王宮の魔導師や魔法使い達に囲まれている状態で、談笑していてこちらをみていない。
「エマさん……! 酔い過ぎです!」
「う~。良いなあ~、本乳」
うっとりした声音で呟くエマには、アデラの声が全く耳に入ってこないようだ。
「こらっ」
──ゴッ
エマのしつこい乳揉みの手が離れた。
アデラの乳の代わりに今度は自分の後頭部を押さえるエマの後ろには、パン皿を持つロジオンがいた。
「い……ったあ! ロジオン、あんた何年もののパン皿で私の頭ごついたの!」
「公衆の面前でエロいことしているからでしょ」
衝撃で酔いが冷めたらしいエマの文句をさらっと流し、ロジオンはアデラに話しかけた。
「荷物は……?」
「はい。小城のロジオン様の利用しておりますお部屋に」
「食事は食べた?」
「はぁ……あらかた」
「そう」
ロジオンはそう言うと、先程エマの後頭部をどついたパン皿に、タルトやパウンドケーキにクッキーを盛る。
「あと……焼き栗と。アデラ、そこの葡萄酒の瓶持って付いてきて」
じゃあね、とブータレているエマに手を振り、さっさとアデラをその場から連れていった。
*
そう言えばドレイクの姿が無かったことに気付く。
「宴にドレイク殿の姿が見当たりませんでしたね」
先に進む主に尋ねる。
「宴が始まる前までは宮廷の治療系魔導師と話し込んでいたけど……始まった途端、食事持って小城に戻ったよ。魔承師に経過報告とか……って。いてもルーカスみたいに寄られるからね……あの人、集られるの好きじゃないし、そもそも人が苦手みたいだし……」
ああ、だからあんなに表情が無いのかしらとアデラは頷く。
「──?」
てっきり魔法日記の確認に小城へ戻るのかと思っていたのに、行く方向が違うことにアデラは気付いた。
「? ……あの、どこへ?」
「池」
ロジオンはそう答え、ずんずん先へ進む。
「時間的にそろそろだから……急ごう」
池とは結界を張り、コンラートを一時的に出さないようにしているあの場所だ。
宴の場所から人の笑い声が届く。
日が暮れ始め、滅多に人が来ないこの侘しい場所を、ほんの少しだけ明るくしている気がした。
「……カンテラ、持ってくれば良かったかな」
主がアデラの方を見て言っているのは、暗闇が苦手だと言う彼女に気をきかせているのだろう。
「平気です。──と、言うか平気になったみたいです」
「?」
不思議そうに瞼をしばたかせるロジオンにアデラは言った。
「霊とか、化け物とか、こうやって人の身体に入ってくるんだな、とか何となく分かりましたし、実物は闇より恐ろしいものだと知りましたから」
「……後者の言い分は分かったけど……前者の意味が分からない」
首を傾げる主にアデラは
「とにかく、何とかなったと──言うことです」
と苦笑いを見せた。
うおおおお! 体調激悪…。なるべく早く次ぎ投稿します。