19 代償
「ドレイク、今夜、用で城を抜けたいんだけど……」
キビキビと歩くドレイクの後を付いていきながら、ロジオンは頼んでみる。
「花火の試し打ちでしょう? 」
「知ってるんだ……」
「駄目ですよ。当に理由も陛下を通し、伝達されているでしょうから心配いりません」
「……」
「夜は闇の力が増大します。万が一、コンラートが結界を破って襲ってきたら、庭師や花火師の者達に被害が及ぶのを、君は良しとするのですか?」
「……いや」
ロジオンは首を横に振った。
「試作花火はここからでも見えましょう。コンラートの弔いも込めているなら、池の下にいる彼と共にここで観賞なさい」
「はい……」
これでも彼なりに気をきかせているのだろう。
師匠のコンラートと話している彼が好きではなかった。
恐喝と嫌みが混じった話し方。
殆どロジオンは外されて、コンラートとドレイク二人で話している姿を見ているだけで、話している内容は知らなかった。
── 一つだけ、彼が目の前に現れることは、この地を離れる事と理解していた。
(まあ、女性絡みもそうだけど)
最後に会った二年前──
ドレイクは師に
『ようやく戻る気になったのですか。とことん自分勝手ですね、貴方は』
そう言った。
──ドレイクは知っていたんだ。
師の病気も
この国に帰る理由も。
引っ掛かっていた、ずっと。
──師匠……。
聞きたくても聞けなかったこと、沢山ある。
この人は知ってる。
──彼に尋ねても良いでしょうか?──
「ロジオン」
ドレイクに呼ばれ、示した方向に目を向ける。
「私が張った結界を『壊した』のは君ですね?」
「ああ、ドレイクが張ったんだ。どうりで師匠が弾かれたわけだ」
「全く、無理に解いたから、あちこちに残ってるじゃないですか」
右手を振り払うように小刻みに動かす。
「張り直しできる? 手伝うよ」
「結構です。君が張る結界だとコンラートが侵入してしまう」
「じゃあ……違う結界、教えてよ」
ドレイクが無言でロジオンに顔を向ける。
彼のあまり見られない驚いた表情に、ロジオンは苦笑する。
「そんなに驚くこと?」
「大いに驚きますね。君が私に教えを乞うなんて。ただ……」
「ただ?」
「教えを乞う態度じゃありません」
「きちんとした態度なら教えてくれるの?」
「どうしましょうかね」
にやりとドレイクの口の片端が上がった。
「だと思った」
ロジオンだとて彼の性格を全く知らなくは無い。
それに──
「一人の師と仰ぐ人から基礎から教えて貰い、もう一人立ち出来る君がまた、他の者から教えて貰うには『代償』が必要です」
とドレイク。
『代償』
──魔法を扱う者同士が、魔法の技を乞う際に発生する取引。
土台と言うべき基礎は共通であるが、そこから先は自分が『師』と崇める人物が築いた魔法を教わる。
所謂──継承制。
大抵は四大元素を代表にあらゆる魔法が施行出来るようになるまで、師の元で修行を積んでいくが、魔法を使う者だとて人―得意・不得意が生じる。
自分の師が苦手で自分に身に付かなかった場合や、他の者達の魔法を見て会得したい。
だが、教えを乞いに行くにも師の恩義もあるし、相手にも魔法を造り出したプライドがある。
おいそれと簡単に伝授させるわけにはいかない。
そこで、教える代わりに『代償』を相手から貰うのだ。
最初に伝授する側がそれ相応だと思う『代償』を相手に掲示する。
伝授して欲しい側がそれを聞いて、受け入れるかどうかを意思表示する。
魔法の技術を広く進め、世に貢献する取引なのだから『昇華』と呼ぶべきだと唱えるものもいる。
──が
それが通貨であったり、品物であったりする時もあるが、他の、例えば労働であったり魔法技術の交換であったり、形あるものだけに限らない。
世俗に興味がないのが多い為か、道徳観や道理から離れた者もいる。
逆に欲にまみれた者もしかり。
恩師の命や
教えを乞いに来た者の身体や魂を要求する者もいる。
遥か昔に一国を築いた魔導師が、新しい魔法に惹かれ他所から来た魔導師に教えを乞いたら、国を引き換えにされたと言う記述も残る。
教えを乞う側が身体・精神に痛みを伴う場合が多いことから今だ『代償』と言われていた。
──とは言え、そこまで酷い取引は滅多に無い。
教えを乞う側もそれに対し拒否も可能であるし、代わりを掲示できるからだ。
大体のやり取りを交わし、お互い納得済みで『代償』が決まる。
(……と言うんだけどね……)
ドレイク(このひと)は何を掲示するか──。
でも、自分で魔法を創り出すのにヒントが欲しい。
師匠を滅する方向じゃない魔法。
(ドレイクの知識と経験は底知れない)
と師匠が話してくれたその魔法──知りたい。
「ドレイク。『代償』の掲示を」
*
「そうですね……」
ドレイクは顎に手をやり、ロジオンを見つめた。
何か思い付いたのか、僅かに口角を上げ顎に付けていた手を下ろす。
「土下座して私の靴下を舐める──は?」
──何それ──
ロジオンは無言で首を横に振った。
「コンラートがいる池に放尿」
「……取り込まれてる水の精に失礼です……」
自分の師匠のなれの果ては、どうでも良いらしいロジオン。
「感謝祭に城のバルコニーで腹躍り」
「僕的には良いんだけど、あれは腹に贅肉付いてないとウケないから、やり損」
「ビヤ樽、腰に付けてエルズバーグ一周」
「ど根性は柄に合わない」
「……教えを乞う側なのに我が儘ですねえ」
ドレイクが呆れたように深~い溜息をついた。
「羞恥プレイばっかじゃん……」
「今までの鬱憤が溜まっているのでね」
と、ドレイクはロジオンに影のある笑いを見せる。
──今までのこと、かなり根を持ってる──
(……この人やっぱり暗い……)
自分がドレイクにやらかしたことは忘れ、ルーカスに頼めば良かったとロジオンは思った。
「──あ……、じゃあ、こんなのはどう?」
「何です?」
何か良い『代償』を思い付いたらしいロジオンが、ドレイクに掲示する。
「王宮に仕えている美女百人に囲まれた、ハーレムな生活」
「……過去にコンラートが掲示した『代償』が、男性全てに当てはまる願望だと思わないように」
「ええ! そうなの? 僕は……結構嬉しいけど……。でも百人は相手にできないな……う~ん。頑張ってせいぜい五十人……う~ん」
「……」
──あの師匠にこの弟子あり──
ドレイクは深く長い溜息を付く。
「ドレイクは、女の人に興味が無い訳?」
「常人の女性には関心が無いだけです」
「……じゃあ……やっぱり……」
「──何です?」
ロジオンの自分を奇妙なものを見る眼差しが、ドレイクは気になった。
──コンラートから、何か変なことを吹き込まれている雰囲気はしていたが……。
「人の女性の好みにケチは付けたくはないけど……。爬虫類の雌を好んでも……僕は用意ができないんだけと……」
寒い風がドレイクの身体を吹き抜けたような気がした。
「……ロジオン」
「ん?」
「この件が済んだら、じっくり腰を据えて話し合う必要があるようです」
*
「ドレイク。もう真面目に『代償』を掲示してくれないかな?」
「最初の方は大分真面目でしたが……」
(……真面目だったんだ……あれ……)
冗談かと思って返してたよ……ロジオンはブツブツ呟く。
「そうですね。本音を言わせてもらえば、コンラートの魔法日記を所望したい」
「魔法日記……か」
魔法日記──魔法を駆使する者達の命と言われる位、魔法を使う者には同等に扱われる。
アキレス腱だ。
──故に、自分以外分からない場所か、見られても平気なように自分しか分からない暗号で書かれる。
過去の先人達の魔法日記が手に入った場合、これ幸いと皆、必死に解読し、自分の魔法とするのだ。
──それ程、自分の『魔法を創る行為』は難しい。
「良いよ。魔法日記……」
あまりにあっさりと承諾したロジオンに、ドレイクの赤い瞳が見開く。
「見越して、今日アデラに持ってきてくれるよう頼んであるから……来たら渡す」
「形見だと言える魔法日記に、随分と執着の無い……」
「日記に記された魔法は……全部覚えたから」
「──何だって?」
さらりと言ったロジオンの言葉に、ドレイクは信じられないと言う風に言葉を返した。
「コンラートの今までの魔法の記録を全て? 攻撃も? 他の属性の魔法も全て? ゆうに五十年分はあるものですよ?」
「うん。出来るかどうかも試してみたし……。僕にとっては覚えやすいんだ……師匠の魔法」
生きて十六年目に入ろうとする少年が、約五十年分の師の創り上げた魔法を全て理解し、施行出来ると言うのか。
そら恐ろしい──
「ただ……」
「?」
ロジオンが片眉を上げて、困ったようにその眉尻を掻く。
「攻撃魔法……かなり威力弱くて……。強い威力のやつも、ちゃんと施行してるのに……何でなんだか……」
「仕方ないでしょうね」
「? 何が仕方ないの?」
さらりと答えたドレイクに、ロジオンは少々ムッとする。
「コンラートがそう教えたからです」
「……師匠が……?」
どういうこと? ──訝しげな視線を投げつけるロジオンから、ドレイクは顔ごと違う方向に向き、じっとそちらを見ながら言った。
「……丁度、良い演習材が向こうからやってきましまよ。試してどこが悪いのか確認してみたら宜しいでしょう」
ドレイクの視線の後を追うと、そこには中規模隊位の人の数がこちらに向かってきていた。
「……えっ……!」
先頭で一際立派な馬に乗るのは──
「──父上……!」
次回は明日9/30です。
今回のドレイクの代償ネタ、なかなか思いつかなくて蒼井りゅう先生とふじやましのぶ先生にご協力いただきました♪
突然の相談にかかわらず、色々と使えそうなネタ提供をありがとうございました。