14 魔導術統率協会からの派遣者(3)
丁度良い区切りが見つからなくて短いです。
──凄い……。
宮廷にいる魔導師や魔法使い達と比較しようがない。
この結界の魔法だけを見るにも、エマと言う魔法使いさえ魔導師と名乗っても、おかしくはない腕前ではないか?
事の成り行きをただ呆然と見ているしかなかったアデラだったが、はたと主であるロジオンのことが気になり、そうっと彼の顔を見る。
ロジオンはこの結界を張ることに参加出来なかった。
『僕の魔法は全て師匠から教わったもの』
ロジオンから聞かされていた話を思い起こせば、無理らしからぬこと。
ここで参加してしまえば、ロジオンが施行した魔法から結界が崩れてしまう可能性が高い。
魔法に縁が無いアデラにも、そのくらいは理解できた。
ロジオンは最初に出会った頃のように表情が全く無く、ただずっと池の様子を見続けていた。
「ロジオン」
ドレイクが近付きすれ違い様にロジオンの肩を叩く。
「君には失望しましたよ……。一年にも経とうと言うのに、一時的に封じ込めることも出来ない上に、ここに来てようやく居場所を掴めるだけだなんてね」
すいません──ロジオンの口に含んだ謝罪の言葉がアデラの胸に痛く響く。
謝罪の言葉にドレイクは振り返り薄笑いを浮かべ、ロジオンに告げた。
「途中、小さな城があったでしょう? 私達は今、そこを寝倉としてエルズバーグ国王陛下からお借りしています。貴方もしばらくはそこで暮らしなさい」
*
「ロジオン、行くわよ。聞きたいこと沢山あるんでしょ?」
と、エマが微動だにしなかったロジオンの腕を掴み引っ張っていく。
「僕等も聞きたいことがあるんだ―えっと……君ぃは?」
ルーカスと呼ばれていた男がアデラの方を振り向く。
「アデラと申します。ロジオン様の従者を任されております」
恭しく頭を垂らす。
あーと、ルーカスは今さら気付いたように糸のように細い目を広げて頷いた。
「そうだった。一国の王子だったんだよな、ロジオンは。付き人がいて当たり前だった。忘れてたよ」
どう返答して良いやら──アデラは苦笑いをする。
その時
「彼女も化け物化した師匠に狙われている……部外者じゃ無いから……」
と、ロジオンが答えた。
「そっか……。側に仕えた故に飛んだとばっちりだな」
「そんなことは──」
とばっちりだなんて思っていない。
アデラは首を横に振り、ルーカスの台詞を撤回してもらおうとしたが
「彼女も来て頂きなさい」
と、言うドレイクの有無言わせない言葉にかき消されてしまい、アデラは何も言えず彼等の後に付いていった。
*
「何年ぶりですかね、ロジオン? こうやって君と顔を合わすのは……」
「二年ぶりです……エルズバーグに着く前だったから」
マントを脱いで椅子に座るロジオンは、心持ち緊張しているようにアデラは見えた。
のんびりな口調は相変わらずだが、表情は引き続き無いままで室内に入ったせいもあるだろうが、顔色も悪く見える。
いつもだらしなく座る主が、背筋を伸ばしてしゃんとしている姿もアデラは初めて見た。
「男の子は、これから一番変わる時期ね~。ロジオンは王妃様に似てるから将来は美男子に決定! 楽しみ~」
「……お前、それは王が酷い顔と言ってるようなもんだぞ……」
お茶を注ぎながらはしゃいでいるエマが漏らした台詞に焦るルーカス。
エマとルーカスは何気に、この雰囲気を和ませようと気を使っているのだろう。
それほどロジオンは張り詰めた。
扉の側で控えていたアデラは、そんな様子の主の横顔を眉を下げて見守っていた。
従者の自分にも茶を煎れ持ってきてくれたエマに礼を言いながら受けとる。
「──やんなっちゃうな~、ドレイク」
ぼそりと言ったエマの言葉が気になった。
喉を潤し、一息付いたドレイクは背もたれに身体を預け足を組んでロジオンを見つめた。
(……似てきてる、あのお方に)
光に当たると、白く輝く穏やかな波の色に似た銀色の髪。
長めの前髪に見え隠れしているブルーグレイの瞳の濃淡具合。
鼻の形
口の締まり方──疑い始めると、こと細かい顔の要素や仕草まで気になり、似ていない部分を探そうとする自分がいる。
そんな自分に溜息が出る。
(それはいずれ考えよう)
今は魔承師様のお心のままに──そう決めたではないか。
ドレイクは成長した目の前の少年魔法使いに話しかけた。
「今回、張った結界はまあ、感謝祭後まで保つでしょう。それから滅する方向でいくつもりです」
ロジオンの瞼が閉じた。
うすうす彼の決断を分かっていたかのような、ロジオンの反応であった。
「──でないと、取り込まれた精霊が自由になれません。分かりますね? ロジオン」
「何時から……師匠はあの池の精霊に?」
「三ヶ月ほど前だそうです。水の王が何をしても応えなくなった頃だそうで、正確だと思いますね」
「僕の召喚に応えてくれたことはないから……分からなかった……」
「当たり前でしょう。君の創る召喚陣は全てコンラートが創り君に教えたもの。精霊は得てして疑り深い。君の魔力で発動されてもコンラートの息がかかった召喚魔法じゃ、疑心暗鬼して現れるわけがない」
ロジオンの瞳がうっすらと開き、じっと冷めた紅茶をとらえていた。
「この事が意味するのは……? ロジオン」
「相手に知恵が付いてきている……」
「そう、この世のどれにも属さない物に生まれ変わったコンラートは、本当の意味で赤子同然だった。本能のままに君の身体だけを欲した。すぐに滅するか封するか出来たら話は早かった。──でも、君は一人でやると承諾をしてしまいました。その時点で間違いを犯してしまったんですよ」
ロジオンの隣に座っていたルーカスが、
「ロジオン、我々は君一人では無理だと最初から分かっていた。待っていたんだ、君から手を貸して欲しいと言ってくるまで」
そう初めて優しく口を挟む。
「すみません……緘口令が頭に引っ掛かっていて……宮廷内で事を済ませないととずっとそう考えていました……」
「そうだとしても、宮廷に仕える魔導師や魔法使いから助力を貰えたはずですよ? 宮廷筆頭魔導師のハインに話は通してありますからね」
何故、助けを求めなかった? ドレイクの厳しい口調の詰問が続く。
自分一人でやれると言う、ロジオンの自惚れだと思っている呆れと怒りの混じった声音であるのは、誰の耳にも明らかであった。
「──却下されました……」
ロジオンの以外な言葉にドレイク・ルーカス・エマ三人とも顔を見合わせる。
その視線は一斉にアデラに向けられる。
驚いたアデラではあったが
「そう伺っております」
と努めて平静に答えた。
ドレイクは再びロジオンに向き直す。
「それはいつの話です?」
「半年程前です……『私達が動くと陛下が知ることになります。それはお嫌でしょう?』と……それはその通りだったから……」
「……」
暫し、沈黙が続いた。
その間、魔導術統率協会の派遣者達は眉を潜め見つめ合い
ロジオンは無表情のままに冷めた紅茶を見つめ
アデラはそんなロジオンの横顔を見つめていた




