13 魔導術統率協会からの派遣者(2)
「──何者!」
アデラは反射的に飛び距離を取り相手を見つめる。剣の柄を掴み、臨戦態勢に入った。
「凄い跳躍ですね。まるで猫のようだ、驚きました」
そう男は言うが、口調といい、表情といい、驚いているように見えない。
──この男……只者じゃない。
瞬時に悟った。
生前のコンラートに似ている雰囲気はあるが、油断できない何かを持っている。
じりじりと迫る男の間合いを取る為、剣を抜き、横に反れる。
「──ぁあ、その剣の構え方、中東から東の方ですね。でも、短いか細い剣向きの持ち方ですよ──緊張が極度になると一番馴れた形を人は取りたがりますからね……気持ちは分かりますが」
「もう一度聞く。何者だ?」
男の瞳が細くなる。
僅かに口角が上がった所を見ると、アデラに向かって微笑んだらしかった。
男はアデラの問いが聞こえなかったように、詠唱を続けているロジオンの方に視線を向けた。
そしてロジオンのいつもの口調に似た、ゆったりとした平坦な口調で
「駄目だな……あれでは水の王は招かれん」
と呟いた。
男は黒いマントを翻し、ロジオンに近付こうと歩き始めた。
先程と打って代わり、マントの留め金の部分がカチャカチャと音をたてる。
「止まれ! これ以上主に近付くな」
アデラは横から抜いた剣を、男の喉元に突きつける。
かなり背の高い男だ。
アデラもエルズバーグの女性の平均より高めの方だが、その彼女が顎を上げるほどだ。
男と目が合う。
──瞬間、珍しい紅玉色の瞳がアデラの視線を釘付けにし、目が離せなくなってしまった。
「──!?」
意思とは関係なく手から剣が離れ、落葉した枯葉の上へと落ちる。
青年は僅かに口角を上げアデラに笑って見せ、彼女の腰に手を回した。
(動けない!)
自分の意思など無関係に青年の腕の中に包まれ、自ら寄り添った。
(なっ……! 私に何を!)
青年の瞳から目をそらせないことに、アデラは恐怖を覚えた。
「魔法を使う相手の目を、真っ直ぐに見てはいけませんよ。教えてもらわなかったのですか?」
自分の頬を撫でる男の手に、背筋がぞわりとする。
整った顔立ちの青年のこの男の手のしぐさが、見かけの年齢に見合っていないように思えて、余計に恐ろしい。
──なのに、身体も視線も男から離れることを拒絶している──
「僕の従者をからかうの、止めてくれないかな?」
*
ロジオンの声に青年は振り向き、自分より背の低いまだ少年の彼を見つめた。
「おや? 水の王を呼び出すのは止めたのですか?」
「これでは呼び出せないと……貴方が言ったのが聞こえましたから……無駄な魔力は使いません……貴方のことだから、もう事前に水の王から話は聞いてるでしょう?」
「聞きたい?」
男の意地悪な声音にロジオンは、いつもの調子を崩すことなく、彼の腕の中で硬直しているアデラの目の前で、紋様を描くように指を動かす。
「──はあっ!」
身体に更迭の糸を巻き付けられていたような感覚が抜け、アデラは息を吐いた。
そして魔法を扱う者達への注意事項を忘れて、それにまんまと掛かってしまったことに、憤りと恐ろしさを同時に味わった。
『敵の魔法使い及び魔導師と、目を合わせてはいけない』
──魔力の強い者になると身体だけではなく、心まで縛られ、生きる人形となる──
(こう言うことなんだ)
まるで海の底に沈められたような冷たい感覚に、アデラは呆然とした。
──ふいに背中を擦る温かい感触に気付き、それが自分の主の手だと分かり彼を見た。
「大丈夫? 彼の意識支配は強烈だから……」
長めの前髪から心配そうに自分を見つめるロジオンの瞳は、冴えたブルーグレイの色でもこの背の高い、血を思わせる色の瞳よりも温かだ。
「申し訳ありません。油断しておりました」
「緘口令を引いてる今、同業者が来るとは思わないしね……」
そうだ緘口令──
はっとアデラは背の高い男を見上げる。
宮廷内でしかコンラートの死は知られていない。
宮廷内にいる魔導師や魔法使いには見かけない顔だ。
なのに、何故宮廷の直轄地に魔法を使える者が──?
そんな疑問がアデラの顔に出ていたのだろう。
ロジオンが坦々と、それでいて、さもやる気なさそうに男を紹介した。
「魔導術統率協会から派遣された魔導師・ドレイク……さん。魔承師の補佐をしている人……」
*
「この場所から離れることの無いように、結界を張りましょう」
魔導術統率協会派遣されてきた者は
魔導師で魔承師補佐の地位にいるドレイク。
そして本部直属の魔導師で『地』の称号を持つルーカス。
魔法使いのエマの三人であった。
話しぶりからして、この三人はロジオンとは昔からの知り合いのようで、魔法使いであるエマなどは
「きゃ~! ロジオン! おっきくなったわ~!」
と女性特有の黄色い声を出し、その大きく実った胸をロジオンの顔に押し付け抱き締めていた。
アデラにはムッとする場面であったが、抱き締められたロジオン本人が、迷惑そうに顔をそらしていたので、機嫌を取り戻し従者らしく彼の後ろに控えた。
「ドレイクさん、私の属性を使って結界を張っときますか?」
ルーカスと言う魔導師が池を指しながらドレイクに尋ねる。
「『地』を使って結界を張ると、周囲の生態系に影響が出る可能性がある……。『聖光』を使いましょう。──エマ」
ドレイクの呼び掛けにエマは「はい」と歯切れ良く返事を返し、指示された位置に着く。
「結界印は表音でいきます。──良いですね、ロジオン」
「それが師匠には一番破りにくいでしょうね……」
そうロジオンを同意する。
ドレイクが詠唱を始めた。
先程ロジオンが両手を前に出し、平を合わせるような形とは、少し違う形で。
右手を下に上を左手に合わせて。
中からロジオンの時とは比較にならない強い光が、光線のように周囲を照らす。
眩しさにアデラは目を細めた。
「あれが……聖光結界の土台だよ……」
ロジオンは慣れているのか、平然とその様子を眺めていた。
「あれが……」
息を飲む。
「その土台にルーカスが結界紋様を描く」
ドレイクの手の平から放たれた光が、池の中に入り全体が光出す。
刹那、ルーカスがドレイクと違う語音で唱えていた詠唱のせいかなのか、池を輝かせていた光が輪に形作られていく。
輪の中に文字らしき紋様が、規則正しく並べられていく。
「下級や普通の冥府の者なら土台だけで十分なんだけど……相手は師匠だからね……何人かの魔法で重ねた方が複雑化するし……解きにくくなる」
ロジオンの説明が終わる丁度、エマの詠唱が止まる。
同時、何かの意味を表す巨大な文字が水面に浮かんだと思ったら、先に刻まれた紋様に溶けていった。
全てが済んだ後の池は、さざ波さえも起こらず、以前と変わらない見事な透明度を保ったままそこにあった。




