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イルマギア  作者: 鳴澤 衛
第一章
13/80

13 魔導術統率協会からの派遣者(2)

「──何者!」


 アデラは反射的に飛び距離を取り相手を見つめる。剣の柄を掴み、臨戦態勢に入った。

「凄い跳躍ですね。まるで猫のようだ、驚きました」

 そう男は言うが、口調といい、表情といい、驚いているように見えない。

 

 ──この男……只者じゃない。

 

 瞬時に悟った。

 生前のコンラートに似ている雰囲気はあるが、油断できない何かを持っている。

 じりじりと迫る男の間合いを取る為、剣を抜き、横に反れる。

「──ぁあ、その剣の構え方、中東から東の方ですね。でも、短いか細い剣向きの持ち方ですよ──緊張が極度になると一番馴れた形を人は取りたがりますからね……気持ちは分かりますが」

 「もう一度聞く。何者だ?」

 男の瞳が細くなる。

 僅かに口角が上がった所を見ると、アデラに向かって微笑んだらしかった。


 男はアデラの問いが聞こえなかったように、詠唱を続けているロジオンの方に視線を向けた。

 そしてロジオンのいつもの口調に似た、ゆったりとした平坦な口調で

「駄目だな……あれでは水の王は招かれん」

と呟いた。



 男は黒いマントを翻し、ロジオンに近付こうと歩き始めた。

 先程と打って代わり、マントの留め金の部分がカチャカチャと音をたてる。

「止まれ! これ以上主に近付くな」

 アデラは横から抜いた剣を、男の喉元に突きつける。

 かなり背の高い男だ。

 アデラもエルズバーグの女性の平均より高めの方だが、その彼女が顎を上げるほどだ。

 男と目が合う。

 ──瞬間、珍しい紅玉色の瞳がアデラの視線を釘付けにし、目が離せなくなってしまった。

「──!?」

 意思とは関係なく手から剣が離れ、落葉した枯葉の上へと落ちる。

 青年は僅かに口角を上げアデラに笑って見せ、彼女の腰に手を回した。


(動けない!)


 自分の意思など無関係に青年の腕の中に包まれ、自ら寄り添った。


(なっ……! 私に何を!)


 青年の瞳から目をそらせないことに、アデラは恐怖を覚えた。


「魔法を使う相手の目を、真っ直ぐに見てはいけませんよ。教えてもらわなかったのですか?」


 自分の頬を撫でる男の手に、背筋がぞわりとする。

 整った顔立ちの青年のこの男の手のしぐさが、見かけの年齢に見合っていないように思えて、余計に恐ろしい。


 ──なのに、身体も視線も男から離れることを拒絶している──


「僕の従者をからかうの、止めてくれないかな?」



 ロジオンの声に青年は振り向き、自分より背の低いまだ少年の彼を見つめた。

「おや? 水の王を呼び出すのは止めたのですか?」

「これでは呼び出せないと……貴方が言ったのが聞こえましたから……無駄な魔力は使いません……貴方のことだから、もう事前に水の王から話は聞いてるでしょう?」

「聞きたい?」

 男の意地悪な声音にロジオンは、いつもの調子を崩すことなく、彼の腕の中で硬直しているアデラの目の前で、紋様を描くように指を動かす。

「──はあっ!」

 身体に更迭の糸を巻き付けられていたような感覚が抜け、アデラは息を吐いた。


 そして魔法を扱う者達への注意事項を忘れて、それにまんまと掛かってしまったことに、憤りと恐ろしさを同時に味わった。


『敵の魔法使い及び魔導師と、目を合わせてはいけない』


 ──魔力の強い者になると身体だけではなく、心まで縛られ、生きる人形となる──


(こう言うことなんだ)

 まるで海の底に沈められたような冷たい感覚に、アデラは呆然とした。


 ──ふいに背中を擦る温かい感触に気付き、それが自分の主の手だと分かり彼を見た。

「大丈夫? 彼の意識支配は強烈だから……」

 長めの前髪から心配そうに自分を見つめるロジオンの瞳は、冴えたブルーグレイの色でもこの背の高い、血を思わせる色の瞳よりも温かだ。

「申し訳ありません。油断しておりました」

「緘口令を引いてる今、同業者が来るとは思わないしね……」


 そうだ緘口令──


 はっとアデラは背の高い男を見上げる。

 宮廷内でしかコンラートの死は知られていない。

 宮廷内にいる魔導師や魔法使いには見かけない顔だ。

 なのに、何故宮廷の直轄地に魔法を使える者が──?


 そんな疑問がアデラの顔に出ていたのだろう。

 ロジオンが坦々と、それでいて、さもやる気なさそうに男を紹介した。


「魔導術統率協会から派遣された魔導師・ドレイク……さん。魔承師の補佐をしている人……」




「この場所から離れることの無いように、結界を張りましょう」

 魔導術統率協会派遣されてきた者は

 

 魔導師で魔承師補佐の地位にいるドレイク。

 そして本部直属の魔導師で『地』の称号を持つルーカス。

 魔法使いのエマの三人であった。


 話しぶりからして、この三人はロジオンとは昔からの知り合いのようで、魔法使いであるエマなどは

「きゃ~! ロジオン! おっきくなったわ~!」

と女性特有の黄色い声を出し、その大きく実った胸をロジオンの顔に押し付け抱き締めていた。

 アデラにはムッとする場面であったが、抱き締められたロジオン本人が、迷惑そうに顔をそらしていたので、機嫌を取り戻し従者らしく彼の後ろに控えた。



「ドレイクさん、私の属性を使って結界を張っときますか?」

 ルーカスと言う魔導師が池を指しながらドレイクに尋ねる。

「『地』を使って結界を張ると、周囲の生態系に影響が出る可能性がある……。『聖光』を使いましょう。──エマ」

 ドレイクの呼び掛けにエマは「はい」と歯切れ良く返事を返し、指示された位置に着く。

「結界印は表音でいきます。──良いですね、ロジオン」

「それが師匠には一番破りにくいでしょうね……」

 そうロジオンを同意する。



 ドレイクが詠唱を始めた。

 

 先程ロジオンが両手を前に出し、平を合わせるような形とは、少し違う形で。

 右手を下に上を左手に合わせて。

 中からロジオンの時とは比較にならない強い光が、光線のように周囲を照らす。

 眩しさにアデラは目を細めた。

「あれが……聖光結界の土台だよ……」

 ロジオンは慣れているのか、平然とその様子を眺めていた。

「あれが……」

 息を飲む。

「その土台にルーカスが結界紋様を描く」

 ドレイクの手の平から放たれた光が、池の中に入り全体が光出す。

 刹那、ルーカスがドレイクと違う語音で唱えていた詠唱のせいかなのか、池を輝かせていた光が輪に形作られていく。

 輪の中に文字らしき紋様が、規則正しく並べられていく。

「下級や普通の冥府の者なら土台だけで十分なんだけど……相手は師匠だからね……何人かの魔法で重ねた方が複雑化するし……解きにくくなる」

 ロジオンの説明が終わる丁度、エマの詠唱が止まる。

 同時、何かの意味を表す巨大な文字が水面に浮かんだと思ったら、先に刻まれた紋様に溶けていった。


 全てが済んだ後の池は、さざ波さえも起こらず、以前と変わらない見事な透明度を保ったままそこにあった。




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