お前は、もう映ってない
翌日。
俺のチャンネルの登録者数は、五百万人を突破していた。
昨日まで、ゼロだったのに。
スマホの通知が、止まらない。
テレビ局、企業、ギルド――。
全世界から、コラボや出演の依頼が殺到していた。
呆然とスマホを眺めていると、玄関のチャイムが鳴った。
「天野陽斗くん、だね」
ドアの前に立っていたのは、銀髪のクールな女性だった。
「私は白河凛。世界最強ギルド『アストレア』の、スカウト担当」
「アストレア……!?」
知らないわけがない。
ダンジョン攻略ランキング、世界一位のギルドだ。
「君の昨日の配信、見たわ」
白河さんは、まっすぐ俺を見た。
「あの裏ボス"獄鉄王"の弱点は、世界中の誰も見つけられなかった。なのに君は、初見で看破した。あれは、まぐれじゃない」
「いや、俺は、その……ただの底辺で……」
「観察眼。あれは、最高峰の探索者にだけ宿る才能よ」
白河さんは、静かに続けた。
「右拳を振り下ろした後、左肩が0.5秒だけ無防備になる――その一瞬に全てを賭けられる人間を、私は十年探して、初めて見た」
白河さんが、すっと手を差し出した。
「うちに来て。あなたを、世界の頂点に連れていく」
その時だった。
ドンドンドン!と、別の音。
「陽斗ーっ! 開けてくれよ、親友だろ!?」
その声に、背筋が凍った。
拓海だ。
ドアを開けると、息を切らした拓海が、満面の笑みで立っていた。
「いやー、昨日のヤバかったな! さすが俺の親友!」
「……」
「なあ、コラボしようぜ! 俺とお前で組めば、最強のチャンネルになる! 昨日のことは、ほら、ちょっとした行き違いってことで!」
行き違い。
俺を封鎖区画に置き去りにして、笑っていたあれが。
「拓海」
俺は、静かに口を開いた。
「お前さ、運営に『はぐれた』って報告するって言ってたよな」
「え……あ、ああ、心配で……」
「実際は、なんて報告したんだ?」
拓海の顔が、引きつった。
「昨日の配信、全部録画されてるんだ。お前が扉を閉めて、『底辺は邪魔』って言ったとこも、全部」
切り抜きは、すでに数千万回再生されていた。
コメント欄は、別の意味で燃え盛っていた。
『黒木拓海、最低すぎ』
『置き去りにした犯人こいつか』
『登録者解除した』
『人気配信者の本性ヤバすぎ』
『天野くん、よく生きて帰ったな……』
拓海のチャンネルは、昨夜から登録者が、激減していた。
「ち、ちが……っ、あれは編集で切り取られて……!」
「ノーカットで全世界に生配信されてたけどな」
「っ……!」
拓海が、言葉を失う。
俺は、ふっと笑った。
不思議と、もう怒りはなかった。
「コラボの件だけど」
「お、おう! やってくれるか!?」
「断る」
拓海の顔が、固まった。
「な……なんで……っ、親友だろ!?」
俺は、隣に立つ白河さんを見た。
彼女は、小さく頷いた。
「俺、アストレアに入るから」
「アストレア……!? 世界一位の!?」
「お前が一生かかっても入れない場所だよ」
スマホを取り出し、配信ボタンを押す。
赤いランプが、灯った。
視聴者数が、一瞬で五百万を超えた。
昨日のあれは、まぐれじゃなかった。
それを証明するように、コメントが歓声で埋まっていく。
「今日からここは、世界に向けて配信される。お前みたいなのが映ってると――」
俺は、カメラのフレームから拓海を、そっと外した。
「俺の格が、下がるんだ」
かつて、こいつが俺に言った言葉。
そっくりそのまま、返してやった。
「お前は、もう映ってない」
ドアが、静かに閉まる。
白河さんが、口元を緩めた。
「いい啖呵だったわ。さあ、行きましょう」
差し出された手を、俺は今度こそ、しっかりと握った。
スマホの中で、コメントが滝のように流れていく。
『神回』
『ざまぁwwww』
『天野くん最高!!』
『一生ついていきます』
俺は、空を見上げた。
親父はきっと、あの石が魔物特効の希少鉱だと知っていた。
無能と笑われ続ける俺に、たった一つの手札を遺してくれた。
その意味が、今ようやく分かった。
もう、誰かに見下されながらじゃない。
胸を張って、前を向いて歩いていける。
「行こうか、白河さん」
「ええ」
陽の光が、まぶしかった。
ずっと裏方で、誰にも期待されなかった俺は。
ようやく、自分の人生の主役になった。
それで、もう十分だった。




