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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

聖女召喚された幼馴染みが処刑されたらしいので、俺は因果応報を決意した

作者: 間孝史
掲載日:2026/02/01


――痛い。


「殺せ、あの女を殺せっ!」


――苦しい。


「聖女を騙る、売女を殺せ!」


 降り注ぐ、罵声と投石。それがあたしの心と体を壊してゆく。

 血と涙に霞んだ視界。ぼやけて映ったのは、馴染みのある通り道。

 

 初めてそれを見たときは、まるでファンタジーの世界だって喜んだっけ。

 皆、あたしに優しくしてくれて。聖女様って呼んでくれたのに。


 ほら、あそこに居るパン屋のおばさんも。ふかふかのパンを「腹いっぱい食べな!」ってくれて。

 あっちに居る、子供たち。あたしが作ったシャボン玉を、嬉しそうに見てたっけ。


「なんで、こうなったんだろうなあ……」


 上手く歩けなくて、ふらつくたびに、傍に居る騎士さんに小突かれる。

 靴も、靴下すら履かせてくれない。多分、足の裏は血まみれだ。


 でも、しょうがないんだ。きっと、あたしが悪い。ぜんぶ、悪い。

 仲良くしてくれた、メイドの女の子たち。あの子たちも、巻き込んじゃった。


「ねえ、きいて。マオーが、くるん、だよ……みんな、にげない、と……」


 それでも、言わなきゃ。みんな、死んじゃう。それだけはイヤだ。

 今、こうなっていても。あたしは、みんなのことが大好きだったから。


「殺せ、あの女を殺せっ!」


 でも、あたしの言葉は届かない。みんなの元には、届かない。


 やがて、あたしは広場の前に連れてこられる。そこにあったのは、大きな木の台だ。階段が付いていて、その一番上には、ロープのような輪っかが、ぶら下がってる。


 ――絞首台。幼馴染が昔教えてくれた、処刑の道具が頭に浮かぶ。


 そっか、あれであたし……死んじゃうんだね。


「罪状を読み上げる! 異世界から来訪せし魔女、アカリ・ホンジョウ! 邪悪な妄言により、数多の人心を惑わした!」


 そうらしい。あたしが、みんなに色んな事を教えたの、ダメだったのかな。

 絞首台の前に立つ、神父様。いつも優しい笑顔だったあの人も、見た事の無い顔をして、あたしを裁こうとする。


「その、おぞましき魅了の力により、王太子のみならず、未来ある若き令息たちが魔へ堕ちた!」


 周りの声が、大きくなる。殺せ、って叫びが唱和する。


「アーシュ、くん、たちは……」

「貴様、殿下を呼び捨てにするか! この痴れ者めが!」


 騎士さんが、あたしを殴る。この人も、少し前までは、あたしに笑顔を見せて、くれたのに。


「殿下たちは、お前のせいで生涯幽閉となったのだ! この悪魔め!」


 痛い、痛い。騎士さんが、すごく怖い顔で、あたしを殴る。ごめんなさい、ごめんなさい……!


「……それくらいで良いでしょう」

「は、はっ!」


 声が響く。騎士さんが、ピタリと止まって敬礼する。

 王妃様だ、王妃様の声だ。


 この国で、二番目に偉い人。綺麗なドレスを着て、じっとあたしを見てる。

 怒ってるよね、そうだよね。あたしのせいで、息子さんが幽閉、されちゃったんだものね。


「――聖女を騙る魔女を処刑せよ!」


 王妃様の横で、王様が叫んだ。

 優しい人だった。白いお髭が素敵で、お父さんみたいに笑ってくれる人だった。

 その人も、やっぱり怖い顔。あたしはきっと、すごく悪いことをしたんだね。


『また、やらかしたのかよ。だから俺の言う事をちゃんと聞けって言ったろ?』


 そうだ、そうだった。いつも、あたしが間違ったことをしたら、『彼』が。

 あたしの幼馴染が、教えてくれたのに。


 でも、ここには居ない。アイツは居ない。居てくれたら、なにかが違ったのかなあ。


 首に、縄が掛かる。苦しい、怖い。死にたくない。

 なんで、どうして、あたしは……


「おかあ、さん……おと、さん……」


 視界が歪む。頭の中に、幾つもの顔が浮かぶ。

 お母さん、お父さん。おじいちゃんに、おばあちゃん。

 それに、クラスメイトや仲の良い友達と――


「とー、や……」


 最後に浮かんだのは、彼の。生まれた時から一緒の、優しい男の子の笑顔。

 大好きな、あたしだけのヒーロー。


 それに、救いを求めて。ただ、すがりつこうとして。


「やれっ!!」


 一瞬の浮遊感に包まれた後、あたしの目の前が、真っ暗に染まって――




               ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「――勇者殿!?」


 目の前の『彼』が、涙を流し始めたことに、王妃リーザは戦慄する。


 やはり、許可をすべきではなかったか。()()を請求されたとはいえ、迂闊であった。いくらせがまれても、了承してはならなかったのだ。

 悔やみと焦りがこみ上げるも、リーザはそれを気力でねじ伏せる。


 王家の秘儀たる。思念読心メモリーの大魔術。読ませる記憶は選んだ。それは間違いないと、リーザは何度も自分を納得させようと試みる。


――それに、まだこちらには切り札があるのだ。彼の真名を使って『縛れ』ば、最悪の事態だけは回避できるはず。


「大丈夫ですか、勇者殿!?」


 素知らぬ表情を作り、リーザは労わるように言葉を掛けた。

 

「ええ、申し訳ございません。すこし、意識を飛ばしておりました」


 『勇者』は、目元を拭い、微笑んだ。


「皆さんが仰った通りですね。本当に愚かで、救いようの無い少女でした」


 ちらり、と。王妃は傍らに居る魔術師へと視線を向ける。

 黒いローブのその下で、男は微かに頷いた。肯定、という事なのだろう。

 つまり、勇者は虚言を述べていない。かの聖女を――彼の前に召喚された、同胞を。心から愚かと思っているのだろう。


 リーザはホッとする。やはり、目の前の青年は――理性的な『勇者』であったのだ。


(あの聖女とは、まるで違う。同じ世界の人間だというのに、こうも資質が異なるものなのね)


 気が抜けた事を悟られぬように、王妃は凛とした姿勢を保つ。


「そなたの望む事は、知り得ましたか?」

「はい、しかと。心より感謝を申し上げます」


 これも、肯定。勇者は、あの記憶に惑わされてなどいない。


「それでは、参りましょう。宴の準備が出来ておりますよ」

「有難うございます」


 リーザの言葉に、勇者は恭しく一礼する。その動作はまことに自然で、見惚れるほどだ。

 侍女や兵士たちに案内をされ、王妃は彼に背を向ける。


(……許せ、とは申しませんよ。『聖女』殿)


 部屋を出る寸前、リーザは最後に振り返る。

 そこは、かつて『彼女』の為に用意された場所であった。

 

『あたし、かーいー物が、好きなんですっ!』


 彼女の注文通りに飾った部屋。可愛らしい意匠が施された、家具やベッド。

 机の上に置かれた花瓶が目に入る。それに生けられていた花は、とうに枯れて萎み、往時の可憐さの欠片も見えない。


 ――それが、あの無邪気な少女の面影と重なった。


 首を振る。もはや、全ては過ぎ去ってしまった事だ。

 後悔も、罪悪感も。この胸の内に閉まっておくべき事なのだ。


 在りし日の残影に包まれた、聖女の部屋。

 もう二度と訪れる事は無い、その場所を見据え――王妃は、微かにため息を吐き出した。


 

               ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「魔王を打ち倒した、偉大なる勇者! クルト・タナカを称えよ!」


 大広間に、歓声がこだまする。恭しく頭を垂れた青年の姿を、憧憬の視線が包んでゆく。


 短い黒髪・中肉中背。顔に眼鏡を掛けている事以外、特筆すべきものはなく、印象に残る物も無い、

 平凡な顔立ちであった。貧相でこそないが、特段に整った外見というわけでもない。

 

 それがまた、あの聖女とは異なる。見目麗しく、花のように可憐であった美しき少女とは――


(……なにを、比べているの。容姿の差など、些細なこと。あの方が成し遂げた偉業の前では、取るに足らないことなのに)


 リーザは内心に抱く、複雑な想いを自覚する。

 あの部屋に残っていた、魔力の残滓に当てられてしまったか。


「いえ、陛下。私は、すべきことを成しただけでございます」


 王が告げる誉れに対し、勇者は礼の姿勢を崩さない。


「おお、なんと謙虚な!」

「あの魔女とは違いますな!」

「流石は、勇者様! 救国の英雄!」


 口々に昇る、勇者を称える言葉。兵士も、給仕も、貴族でさえも。誰もが、うっとりとした目で、彼を見つめている。


「勇者様! 勇者様!」

「お顔をお見せください、勇者様!」


 歓声は、広間の外からも豪と響く。王城を取り巻くように、民衆たちが押し寄せているのだ。


(……無理もないわ。彼はまさしく救世主なのだから)


 勇者・クルト。それは、今から半年前に突如として現れた、異郷の青年だ。


 そのころ、王国は――いや、この世界は存亡の危機に陥っていた。

 暗闇の彼方より出でし、魔の根源。邪悪なる怪物たちを率いた魔王が、その猛威を振るったのだ。


 巨人・魔竜・大蛇に巨狼。あらゆる魔物が、生ある全てを打ち滅ぼさんと、押し寄せる。

 『予言』を聞いて、備えていたこの国であったが、彼我の戦力差は歴然。量も質も、何もかもが劣っていた。


 嘆きの声が地に溢れ、絶望が世界を覆いつくそうとした――その時であった。


 封じていたはずの召喚陣から光が満ち、一人の青年が姿を現したのだ。


 クルト・タナカと名乗った彼は、不思議な男であった。

 王国の窮状を聞くと、ただ頷き、その力を貸してくれた。


 比類なき、圧倒的な魔力。あらゆる魔法を使いこなす親和性。

 そして、そこから生じる超人的な身体能力。

 どれもが、感嘆すべきもの。人知を超えた、恐るべき力。


 しかし、彼の優れた点は、そこでは無いと、リーザは理解している。


「勿体なきお言葉です。皆様の力添えがあったからこそ、掴めた平和なのです」


 近寄って来た騎士に対し、彼はあくまで礼を失さない。


 これが、最も聖女とは違う点だ。

 彼ほど、理性的な人間をリーザは知らない。

 思慮深く、智慧に溢れ、理知的な姿勢を崩さない。


 誰に対しても一定の距離を取り、上にも下にも尊敬の念を持ってあたる。

 彼に近づこうとした令嬢たちは数多かったが、誰の言葉もその心を揺らすことは叶わなかった。


(……まあ、あの時と同じことが起こらぬよう、手を打っていたという事はあるのだけれど)


 聖女の失敗は繰り返さない。色恋沙汰は、あらゆる英雄を殺す毒となる。

 だからこそ、その手の誘惑を決して許さず、この日を迎えられたのだ。


「皆様のお耳を拝借したいと思います。実はわたくしから、申し上げたいことがございまして」


 宴が盛り上がり、誰もが勝利の美酒に酔いしれていた、その時。

 勇者が恭しくかしこまり、その言葉を告げた。


「なんでございましょう、勇者様!」

「どんな、素晴らしきお言葉を掛けてくださるのでしょうか」


 期待に満ちた視線、それが彼へと集中する。


「その前に、ひとつお伺いしたく存じます。皆さまは、かつて聖女と呼ばれた少女を、どうお思いですか?」


 参加者たちがざわめく。それは、今となっては王国の禁忌ともいえる名であったから。

 リーザもまた、いきなり何を、と目を瞬かせてしまう。


「わたくしは、さきほど陛下のご厚意により、彼女の部屋を拝見いたしました」


 自然と、皆が顔を見合わせる。勇者の意図が読めないのだろう。


「そこで、私は知りました。彼女がいかに愚かな行為を働いたのかを。まったく、同郷の者として、恥ずかしい限りです」


 勇者は、無念そうに首を振る。それに応じたのは、同情の声であった。


「いえ、勇者様! なにを恥じることがありましょうか!」

「そうですとも! 貴方は、あの魔女とは違う! 素晴らしきお方だ!」

「数多の男を誘惑し、情欲を煽り立てた魔性の女! あの大淫婦とは比べる事すらおこがましい!」


 なんとか勇者を慰めたくて、誰もが熱心に弁を打つ。

 その言葉の数々が、刃となってリーザの胸をえぐる。

 夫を横目で見ると、彼もまたわずかに顔をしかめていた。


 知っているのだ、分かっているのだ。彼もまた、リーザと同じ気持ちであると。

 あの日、裁かれた『聖女』の、アカリという少女の罪は確かに重い。

 訪れたのは、当然の結末。だが、自分たちに責任が無かったとは言えない。


 しかし、リーザも夫も為政者であった。たとえ、過ちを犯したとしても、それを認めることは出来ない。

 もしくは、そんな罪悪感が為した行いであったのか。あの部屋を、勇者に見せることを許可してしまったのは――


「ええ、本当に馬鹿な娘です。どうしようもない。少し考えれば分かるでしょうに。聖女とはいえ、平民なのだから。分を弁えるべきなのに」

「その通りです! 勇者様の仰る通り!」

「あの魔女も、勇者様のように聡明であれば、ああならなかったものを!」


 賛同の声に応えるように、勇者はニコリと笑う。


「まったく、まったく。どこまで人に迷惑を掛けるんでしょうねえ、()()()()()


 ――言葉に、違和感が混じる。

 聖女の名前を呼ぶ彼は、笑みを深くするばかりだ。


 何かが、おかしい。得体の知れない予感が、リーザの背を這い上がってゆく。


「……勇者、どの?」

「はい、王妃陛下。そこで、皆様に申し上げたいことがございます」


 心臓が、早鐘を打つ。何か、彼は決定的な事を言おうとしている。恐らくそれは、口にしてはならない禁忌の言葉だ。明かされてはならない真実を、勇者は告げようとしている!


 しかし、止めようと動く王妃に先んじて、勇者クルトが口を開く。


「聖女として召喚された本条灯里(ほんじょうあかり)。彼女はね、俺の幼馴染なんですよ」


 静寂が満ちる。今、彼はなんと言った? 

 オサナナジミ? それは、この国の言葉と同一の意味を持つのか?


 だとしたら、彼は――



「――動くな、クズども」



 一言、たったその一言が告げられた瞬間。


 大広間に居る全ての人間は、床に這いつくばった。


「ぐ、が……っ!?」 


 誰も、身じろぎすることは出来ない、叶わない。

 恐ろしいほどの重圧がのしかかり、王も王妃も貴族も騎士も、そして聖職者も――みな等しく揃って悲鳴を上げる。


「あはははははっ! 傑作だな! 俺はなあ……てめえらのその顔が、ずっと見たかったんだよっ!」


 両手を広げ、勇者は高らかに哄笑する。

 まるで別人。悪霊がのりうつったかのように、彼はひたすらに笑い続ける。


「ま、さか……! 彼女、からは。クルト・タナカという名は……」

「出るわきゃねえだろ? 偽名なんだから」


 心臓が、止まるかと思った。リーザは身を縛る重圧さえ忘れ、息を呑んだ。その可能性に考えが及ばぬほどに、彼の擬態は完璧であった。


「我慢してたんだぜ? あの部屋を見たかったからな。真実を、どうしても知りたかったからな!」

「ゆうしゃ――」

「うるせえ黙れ、口を開くな」


 糸で縫い付けられたかのように、リーザの唇が勝手に閉じる。


 ――恐ろしい、なんだこの力は!


 見れば、夫もまた、同じように顔を青ざめさせている。

 歴代最高と呼ばれた魔力保持者、比類なき才覚を有する国王ですら、全く敵わない!


 今のは、魔術言語ではない。詠唱ですらない。何気なく紡いだ、単なる言葉。


 それだけで、これほどの現象を引き起こしたのか!


「アイツがさ、悪いってのは分かってるよ。何をしでかしたか、大体は理解した。そら、処刑されるわな」


 やれやれ、と。勇者は首を竦める。


「魔術による絶対的な階級社会で、皆は平等――なんてお花畑思想を広めようとしやがって。しかも、相手は王子や大貴族の息子たちだぞ?」


 そうだ、『それ』もその通りだ。だから、彼女は。アカリは――


「そのうえ、奴らをたぶらかして、逆ハーもどきを作りやがって。婚約破棄騒動まで起こったんだって?」


 そして、『それ』もそうだと、リーザは思い返す。

 

聖女の魅力に屈した男たちは、こぞって彼女に求婚をした。そればかりか、家と家で結んだはずの婚約すら、一方的に破棄をして。

 中には、単なる政略結婚ではなく、心から想い合っていたはずの、恋人同士まで含まれていて……!


「自害しようとしたご令嬢まで居たんだって? 正直、それは同情する。何やってんだアイツは」


 そうだ、大貴族の娘まで被害にあった。世を儚み、毒を煽って――そして長い間、心身を壊していた者まで居たのだ。


「あらゆる状況が、アイツを殺せと断じている。罪を裁けと告げている。だからまあ、この国にとっちゃ当然なんだろうが――」


 勇者がうつむく。表情も何もかもを隠したのち、彼はゆっくりと顔を上げた。


「――そもそも、アイツをここへ『誘拐』してきたのは、お前たちだろ?」


 くぐもった悲鳴が上がる。

 それは、その言葉は。誰もが知っていながら、目を背けてきた事実で。


「確かに、アイツも悪い。だが、バカ息子どもの教育を怠ってた、テメエらだって悪いだろ? だから、責任を取ってもらう」


 勇者は凄絶な笑みを浮かべると、人差し指を宙に掲げた。

 そのまま、輪を描くように滑らせ、幾重にも図を描く。

 宿る魔力光、構築された複数の術式。その中の一つに、リーザは見覚えがあった。


「ん、ぐぅ……!」

「ああ、コレか? コピーさせてもらったよ。王家の秘術だかなんだか知らねえが、一度体験すれば十分だ」


 そんな、そんな馬鹿な。確かに彼は、あらゆる魔術を行使できる。

 けれど、それは教授が前提だったはず。そんな模倣は不可能だったはず!

 ……震えが止まらない。まさか、それも虚偽だったのか。リーザは、かつてない恐怖に混乱する。


「安心しろ、殺しはしねえ。まあ、死んだ方がマシだって思うかもしれねえが、な」


 その指先が、まばゆく輝いたと思った、その瞬間だった。



「ひ、ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」


 

 伝わる、重なる。脳髄から手足の先まで、感覚が一致する。

 無理矢理に流し込まれたのは、ある少女の記憶。

 罵詈雑言と暴力を浴びせられ、死への道を歩んだ、あの日の残影であった。


「あ、あぎぃぃぃぃ!!」

「や、やべ、やべてぐれええええ!!」

「じにたく、ない! やだ、いやだぁぁぁぁ!!」


 阿鼻叫喚。この世の地獄が、そこにあった。

 誰もがのたうち回り、悲鳴をあげながら悶絶する。


「おいおい、どうした? アイツは、そんな声は上げなかったぜ?」


 その声は、ゾッとするほどに冷たい。静かな怒りを舌に乗せ、勇者は嗤う。


「情けねえなあ? あんな小娘に出来たことが、お前らには無理なのかよ」

「ゆ、ゆるひ……ゆるひ、て……!」


 広間を警備する騎士の一人が、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で、許しを乞う。


「アイツは、そんな事は言わなかった」


 騎士の顔を、勇者が蹴り飛ばす。そのまま腹を踏みつけ、圧を掛けるように身を乗せた。


「お前、アイツを連行してた騎士だよな? あの日、アイツをぶん殴った騎士だよな!!」

「ひぃぃぃぃ!!」


 無様の極み。泣きじゃくる騎士を、しかし他の誰も笑えない。笑う余裕すらない。

 それは、リーザとて同じこと。鋼の精神で抑え込んではいるものの、その苦しみと悲しみは想像を超えていた。


(あの、娘は。こんな、こんな思いを……っ!)


 故郷に帰れない悲しみを。大切な友達を巻き込んでしまった苦しみを。ひたすらに、自分が悪いと苛む、痛みを。

 

 ――そして、ある一人の少年への切ない慕情を。


「縁をたぐった。正確に、やり返した。俺たちの世界には目には目を、って言葉がある。アレはな、それ以上はやり過ぎんなよ、って戒めでね」


 勇者は、もう一度騎士を蹴り飛ばすと、リーザとその夫――国王夫妻の元へと歩いてゆく。


「外の連中も、同じ目に遭ってるぜ。アイツを罵り、石をぶつけた奴ら。それをそのまま、味わってもらってる。あぁ、精神崩壊とかはしねえから、安心しな。トラウマは負うかもしれねえが、瀬戸際で留まるように術式を組んである」


 まさか、と。リーザは必死に身を起こす。集った民衆もまた、同じ目に?


「こ、この日を……あなたは、えらんで……」

「そうだよ。勇者の凱旋、宴の開催。あらゆる貴族や騎士たちが、こぞって押しかけるだろ?」


 ――もちろん、城下町の連中も。

 熱い、あまりにも熱い憤怒の炎を浴びて、リーザは震えあがった。


(だが、何故? 恐らく彼は、途中で気が付いたはず! アカリが、どんな目に遭ったのか……!)


「な、んで……この、くにを……」

「ん? ああ、どうして国が亡ぶの防いだか、って?」


 そうだ。だって、その義理は無い。魔王を倒す理由が、彼にあるはずがない!


「頼まれたんだよ。この国を守ってくれって」

「だ、れに……?」

「誰だと思う?」


 質問に質問を返し、意地悪気に勇者は笑う。


「灯里だよ。アイツがこの世界に俺を呼んだんだ。皆を救ってくれと、言ったんだ」

「な……っ!?」


 有り得ない、それだけは有り得ない! だって彼女は、彼女は――


『ねえ、きいて。マオーが、くるん、だよ……みんな、にげない、と……』


「あ……?」

「気付いたろ? だってアイツの想いを今、そうやって味わってるんだから」


 そうだ、彼女は予言した。悲惨な罰を受けながら、未来を見通すような目で、訴えた。


「アイツの願いだ。無下には出来ねえ。だから、お前たちは殺さない。国を滅ぼすこともしない」


 リーザ達を見下ろし、勇者は告げる。


「灯里の――聖女の、名誉を回復しろ」


 それは、それだけはダメだ。砕けた理性をかき集めて、リーザを首を振る。

 たとえ、自分がこの場で殺されようとも、それだけは――


 しかし、そんな王妃の儚い抵抗を、勇者は無残に跳ね除けた。


「……俺はね、知ってるんですよ王妃陛下。アイツがどうして、あんな風に殺されなきゃいけなかったのか。その、根本の理由を」

「――ッ!?」


 リーザの心身を、絶望が貫いた。この身を苛む死の恐怖さえも覆す、それは絶対的な畏れ。


 この男は、いったい何処まで……!


「なあ、王国の民全てに――いや、世界中に喧伝してやろうか。俺は別に明かしても構わない。損をするのは、お前たちだけだ」

「う、うぅぅ……あ、あぁ、あ……」


 苦悩するリーザの横で、夫が身じろぎをする。震える手が、王妃の肩を掴んだ。それは、制止ではない。指先から伝わる思いが、リーザの脳を揺らした。夫は、国王は悟ったのだ。もう、抵抗する余地は無い――と。


 国王夫妻の諦念を、勇者は正確に見通したようだった。その眼差しが、再び炎の色を宿す。


「取引成立だな。アイツが為した偉業を、きちんと伝えて、語り継げ。俺は見ているぞ、千年先でも見ているぞ。もしも、それを違えてみろ」


 勇者の気配が膨れ上がる。それは、殺気というには、あまりにもおぞましい憎悪。

 淡々と、彼は事実だけをそう告げる。


「たとえアイツの頼みを反故にしても、俺はやる。お前たち全てを、地獄の奥底まで叩き込んでやる」


 拒否は出来ない。出来るはずもない。


 リーザも国王も、王国のあらゆるすべての民は、今。この男一人に、屈したのだ。


「ようく、覚えておけよ。お前らは、自分達が殺した女に救われたってことを」


吐き捨てるような勇者の言葉が、決定的な一撃となって、王妃の胸を抉る。


(アカリ……わたし、は……)


 リーザの瞳から、涙がこぼれる。それが、どんな感情から来るものなのか。

 王妃である彼女自身ですら、分からなかった――



                ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

                

                

 うっそうと茂る木々を通り抜け、青年は鼻歌交じりに歩き出す。


空に輝くは、新円を描く双子月。優しい光に見送られるようにして、すいすいと道を進んでゆく。

 

 その片手には、小さな花束が握られていた。可愛らしい桜色の花弁に彩られたそれは、聖女の部屋にあったものと同じ花。そちらにチラリと目を落とし、青年は満足げに微笑んだ。

 

(アイツ、こういうちまっこい花が好きだったからなあ。季節が外れてなくて良かったぜ)


 在りし日の光景を思い浮かべるように、勇者クルト――来栖桃矢(くるすとうや)は目を閉じた。

 

『今年の誕プレは、花束ね! かーいーの、お願いっ!』


 にひひ、と笑う少女の姿が脳裏を掠める。

 

「すっかり遅くなっちまったなあ。あれから、何年経ったのやら」


 胸元をぽん、と叩く。そこに在るのは、桃矢の黒歴史的産物だ。長年積もった想い、それをどう昇華するかと、迷いに迷った挙句の劇物である。さて、これを今更どうしたものか。

 

 青春に別れを告げるか否か。しかし、その悩みは葉擦れの音に掻き消された。


 木々の向こう、月明りの下に立つ『彼』を見据え、桃矢は片手を上げる。

 

「よう、王子様。出迎え、ご苦労」

「……勇者殿」


 相変わらず、絶世のイケメンであると、桃矢は思う。


 背中まで届くほどの、長い金髪。すっきりと通った鼻梁と、宝石のように煌めく蒼い瞳。それは絵画の中から抜け出たかのような、美の化身。顔面偏差値の差は歴然であった。

 

「アイツのところへ、案内してくれるのかい?]

「いや、止めておこう。私にその資格があるとは思えない」

「へっ、さよけ」


 まあ、当然であろう。桃矢が同じ立場だとしても、御免被るというものだ。

 

「幽閉が解けて、良かったじゃねえか。熱に浮かれた頭は、もう冷めたのか?」

「貴殿は、知っているのだな」


 言われるまでも無い。目の前の美形のことは、既に調査済みだ。

 

かつての王太子、王位継承権をはく奪された、馬鹿息子。

 

 アーシュ・ブランデル。かつて、桃矢の幼馴染を聖女と崇め、共に破滅の道を歩んだ男のひとり。

 その顔には、疲労の色が濃い。頬は青白くやせこけ、衣服も泥と土にまみれて変色している。


(なるほど、あの記憶に一応は耐えたのか。王宮の連中よりは、ちっとだけマシだな)


 とはいえ、許せるかどうかは、また別である。この色ボケ野郎共が、血迷った結果がアレだ。そうでなければ、もう少し穏やかな結末があったはずなのだ。

 

「勇者殿、いったい聖女とはなんなのだ? 貴殿はそれも知っているのであろう?」

「ほぉ……」


 王子の瞳には、理知的な光が宿っていた。噂に聞く間抜けっぷりとは、ずいぶん印象が違う。

 

「母上が、アカリの真名を魔術で縛り、そして彼女が儚くなったあの日。あれから、私の頭はどうかしてしまったらしい」

「どうかしてたのは、それ以前じゃねえの?」

「……然り。貴殿の言う通りかもしれぬ。アカリとの日々を思い出すたびに、霞がかかったように記憶が歪む」


 ――やはりか。思った通りだと、桃矢は嘆息する。まったくもって、救われない。

 

「アカリの喋る言葉が、天上の調べのごとく美しく響いた。彼女の言う事は全て正しいと、そう思い込んでいた。私も、そして彼らも。これはどういうわけなのだ? 彼女は、無意識のうちに魅了の魔術でも行使して――」

「ちげえよ。そうなったのは恐らく、アンタの魔術適性が高かったからだ。それと年齢だな。アカリや俺と同い年だろ、アンタらは」


 意表を突かれた、とでもいうように。王子は目を瞬かせる。

 

「国王もそうだったな。父親のように慕われていたらしい。つまり、実の娘同然にアイツを可愛がっていたんだ。得体の知れない、異世界人の小娘を、な」


 ただ、彼の場合はすでに最愛の伴侶が傍に居て、年齢も倍以上に離れていた。だから、あの決断を王妃は下せたのであろう。

 

「どういう、ことなのだ?」

「その前におさらいだ。灯里が、聖女として召喚されたその経緯。ほれ、言ってみな?」

「……瘴気が王国中に広がっていったからだ。聖なる力を異界から招へいし、その清らかさを持って邪を阻む。古文書に記されていた通りの方法だ」


 そう、神の奇跡を謡う教会に請われ、王国の召喚術士たちが秘術を成し遂げた。

 千年前のある伝承を元に、国中の知恵者たちが頭を寄せ合い、そうして完成しえた大魔術。

 

 本来は、その聖なる力とやらだけを、この世界に引き込むはずだった。

 しかし、力と共に現れたのは、一人の人間であった――

 

「予定通りに瘴気は失せた。だが、ここで困ったのはその少女だ。ぶっちゃけ、見た目が良いだけの単なる女。なんの魔術も使えない。けれど聖なる力と共に現れたのも、間違いない」


 一方通行の召喚。返還は不可能。ゆえに、国王たちは彼女を『聖女』と呼んでもてなした。

 国に救いをもたらしたのは間違いなく、また呼び寄せてしまったのは、彼らであったから。


 だが、礼儀作法にも詳しくなく、自由奔放なその女は、いつの間にか何人もの男たちを惹きつけて。

 彼女を女神のごとく慕う王子たち。聖女の元に、皆は平等。その思想は自然と派閥を作り上げ、やがてそれは大人たちが看過出来ないほどに大きくなってしまう。

 

「だから、父や母はアカリを断罪したのだろう。すべては、私たちの愚かな行いが……っ!」

「お前らがバカなのはまあ、その通りなんだがな。事実は、ちっと違う。たぶん、それだけであったなら、まだ穏当に事を進めたんだと思うぜ」

「どういう意味――いや、そうか。妙に母上が急いたものだと、そう思ってはいたのだ」


 やはり、この王子さまは勘が良い。頭も回る。つくづく、勿体ないことをしたもんだと、桃矢は苦笑する。

 

「なあ王子様、もうひとつだけおさらいだ。この世界で魔術を使えるのは、お前ら王族や貴族、特別な血に連なるものだけ、そうだな? 平民は決して魔術が使えない。これは覆せない大前提。それで間違いないな?」

「ああ、そう――」


 はっきりと、王子の顔色が変わる。桃矢の質問の意図を、正確に理解したのだろう。

 もしかしたら、思い当たる節でもあったのか。

 

「まさか、冗談であろう? そんな、そんな馬鹿なことが」

「いいや、ちゃんと裏も取れてる。アイツと仲の良かった平民出身のメイドたち。減刑の嘆願をした彼女らは、揃って連座で処刑されている」


 それは、何故か。灯里の記憶をたどり、桃矢は答えを得ていた。

 

「聖女は――魔術の素質を他者に授けることが、出来るのさ。貴族王族平民、どんな身分も関係なく、な」


 王子が、ふらりとよろめき膝を付く。


「最も、まだその使い方が良く分かっていなかったらしい。使用例も数人だけ。だから、国王夫妻はその力に目覚める前に処刑した。召還された聖女は邪悪な存在であると知らしめて、召還陣も封印した」

 

灯里の死後に召喚された桃矢は、しかし上手く立ち回った。状況も良かった。人類滅亡寸前で、藁にも縋る思いだったのも幸いした。


それでも、用済みとされる可能性はあった。なにせ桃矢の力は強すぎる。王妃たちからすれば、聖女と同様の力に目覚める可能性もあり得えたのだ。


だから桃矢は、先手を打ったわけなのだが。


「あ、う……」


王子の表情は、死人のごとき土気色に変じている。恐らく彼は、悟ったのだ。千年前の伝承、かつて行われた召喚術。何故、王族や貴族しか魔術を行使できないのか。どうして、その血を厳しく縛り、守り続けてきたのか。

 

「千年前にも、聖女の召喚が……」

「ああ、こっちも確認が取れている。先代の聖女に選ばれた平民たち。それが、今の貴族や王族たちだ。だから先祖帰り気味だった連中ほど、アイツに親しみを覚えたろうぜ」

「そ、んな……」


 たぶん、伝承は不完全だったのだろう。なにせ千年前だ。もしかしたらそこに、ある種の意図があったのかもしれない。国王と王妃もまた、事の次第に気づいてから、断片を繋ぎなおして真実を知ったらしい。

 

 魔王討伐の旅の中、桃矢はそれを知りうる機会を狙っていた。やがてそれは、思わぬ形で叶う。

 

 ――千年前に封じられたという、その魔王。『素質』を埋め込み、獣を魔物に変えた張本人。この世界を誰よりも憎む『彼女』と対面し――

 

(……ま、そこまで教えてやることもねえか)


 狂気に満ちた『彼女』に引導を渡したのは、桃矢だ。

 あの時に交わした言葉は、その悲しみは。自分だけが知っていればそれでいい。

 灯里が生前に予見したもの。夢で見たというそれは、きっと同じ『聖女』からのメッセージで――

 

「では、アカリは。あの無邪気な娘は……っ! 我らは、とんでもない過ちを――」


 嘆く王子に、しかし桃矢は同情しない。どいつもこいつも、加害者なのだ。

 気遣ってやる必要性など、どこにも無かった。

 

 そのまま、王子の横を通り過ぎようとして――ふと、桃矢は足を止めた。


「なあ、王子様。お前は、これからどうするんだ?」

「墓守をする必要はもうないと、貴殿を見て分かった。かつての思想を広げるつもりも、最早無い。せいぜい、お飾りの王族として責務を全うするさ。聖女の傍に居た、我々にしか出来ないこともある。そんなことで『彼女たち』への償いになるとは思わないが」


 震える声で、王子は息を吐いた。

 積み重なった想いを、手放すように。

 

「……身分の関係なく、親し気に笑いかけてくれる、太陽のような少女を愛していた。身勝手で、傲慢な恋だと思う。魅了がどうとか、関係ない。上に立つべき者として、許されざることであった」

「そうだな」

「……この愚か者を笑ってくれ、勇者殿。アーシュくん、なんて言われたのはね。生まれて、初めてだったんだ」


 つくづく、恋愛というやつは度し難いと桃矢は思う。

 古今東西の歴史を振り返ってみても、それは明らかだ。恋に身を焦がして破滅したやつは、数知れない。


(……本当は一発くらい、ぶん殴ってやろうって。そう思っていたんだが、なあ)


 何が親し気に、だ。仮にも王族が世迷言を抜かすなと、憤慨する気持ちもあった。

 けれど、それを吐き出すことを、桃矢の幼馴染は望まないだろう。

 

 アイツは最後の最後まで、自分の友人だった者たちの行く末を心配していたのだから。

 

「……ああ、そうだ。これだけは言っておかねば。我らの恋は、何一つ叶わなかったよ。良いお友達でいてね、と笑って告げられたのだ。好きな男が他に居るから、と」


 ――まさかのキープ君扱いである。そのつもりも無かったのだろうが、なんという残酷なことをするのか、あの馬鹿娘は。

 

「アカリは告白をするつもりだったと、そう言っていたよ」


 弾かれたように、桃矢は体を捻る。


 再び向かい合った王子は、泣き笑いのような顔をして――ただただ、目の前の恋敵を見据えていた。

 

「聖女召喚に巻き込まれたあの日、本当はその男に長年の想いを告げるはずだった、と――」


 ――なんだ、それは。そんなことは、聞いていない。

 

 桃矢は、無意識のうちに胸元をまさぐっていた。

 馬鹿だ、アイツは本当に馬鹿だ。どこまでも馬鹿で馬鹿で、どうしようもない。

 

「……勇者殿。貴殿はこれから、どうするのだ? その力をもってすれば、元の世界にも帰れるのではないか?」


 それは可能だ。桃矢はあらゆる魔術を行使できる。なんでも出来る、どんな事でも叶う。

 

 ――たった一つの、奇跡以外は。

 

「俺は、この世界に残る。瘴気が湧いても、今後は俺が浄化する」

「勇者、殿……」

「聖女召喚は、アイツで終わりだ。終わりに、させる」


 その言葉を最後に、桃矢は王子に背を向けた。

 

「すまな、かった……っ!」


 地に何かを擦り付ける音がする。たぶん、灯里が教えたのだろう、その動作。振り向かなくても、その姿は予想が付いた。アイツは本当に、ろくでもない事ばかりをするものだ。

 

 けれども、それがあの幼馴染らしいと、桃矢はそう思った。

 


                 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

                 

                 

「よう、待たせたな」


 月明りが差し込む、見晴らしの良い丘の上。そこに、その小さな墓石はあった。                

 名前は無い、簡素なもの。みすぼらしいといえば、その通り。

 だが、周囲に雑草はまるでなく、石は表面が奇麗に磨かれていた。

 

 王子が手入れをしたのだろうか。墓守だったのは彼だ……と、そこでふと思い出す。

 

(……そういえば、国王夫妻は。月に一度、供も連れずにこの森の奥へ出かけていくって、大臣が愚痴ってたな)


 頭を振る。それがそうだとして、なんの救いになるものか。単なる欺瞞、偽善。つまらない罪悪感を誤魔化すための、自己憐憫に過ぎない。

 

 だが、この場所が有って良かったと、それだけはそう思う。

 

 墓石の前に置かれた、真新しい小さな花。それを押しのけるべきかどうか、しばし迷い――結局桃矢は、その上へと花束を重ねた。

 

【とーや……】


 風に乗り、かすかな声が聞こえる。懐かしい声、慣れ親しんだ声。らしくもなく、切なさに満ちた、その声を。

 ドカッと腰を下ろし、胡坐を掻く。ため息を一つ吐き、そうして桃矢は墓石へと向かい合った。

 

「ったく、面倒ばかりをかけやがって。お前はいつもそうだ。朝は弱ぇし、俺にいつも起こされてたよな?」


【――そうだね。とーやのモーニングコールが無かったから、こっちでは寝坊ばかりだったよ】


「自業自得だ、アホ。ああ、そうだ。テスト前もそうだな。赤点回避したいぃぃ!って、いつも俺に泣きついてたろ」


【――あはは、だってとーやの教え方、先生よりも分かりやすいんだもん】


 姿は見えない、気配もない。それでも、聞こえる。耳に届く。

 きっと、ここに来れば()()()と、そう思っていたのだ。

 

「その挙句に、これだ。こんな厄介な力も押し付けやがって。俺が天才でなかったら、どうなってたと思う?」


【――ごめんねえ、とーや。あの時、どうにかしたいって思ってたらさあ、気が付いたら呼べたんだあ。とーやは凄いから、あたしのヒーローだったから】


 デリバリーも真っ青な、まさかの理由。お手軽感覚にも程があった。

 ならば、もっと早くに呼べ。間に合わなかったじゃないかと、桃矢は思う。

 

【――ううん、違うね。本当はもう一度だけ、会いたかったの。とーやの声が、聞きたかったの】


「……馬鹿野郎が」


 桃矢は、昔から何でも出来た。

 勉強やスポーツに習い事、どんな事でも軽くこなす。最小限の労力で、最大限の効果を得る。それをごく自然に体現していたのだ。

 

(……本当は、コイツに与えられていたのかもな。今のこの、魔術のように)


 ずっと近くに居て、家族よりも長い時間を過ごした二人。少しずつ、彼女は自分に『才能』を分け与えていたのかもしれない。

 この世界に呼ばれる寸前、ほんの少しだけ交わした言葉を思い出す。

 

『あたしが、とーやに全部をあげるから。だから、お願い。あたしの友達が居たこの世界を、どうか守ってあげて』


 本来、数多の人物に分け与えられるはずだった、魔術因子。その殆どすべてを、そうして桃矢は授かった。

 だから最強なのは当たり前だった。人知を超えた能力を持ちえたのも、当然だ。

 

 無自覚に与えられたチート。ゆえに誇るべきことなど何もない。日々、増大を続けるこの力を抱えたまま、為すべきことを成すだけだ。

 

「お前が悪いんだぞ、分かってるのか?」


【――うん、そうだね。あたしが悪いよね。だから、あの子たちも死んじゃった。取り返しがつかないこと、しちゃったよ】


 その責任は、彼女だけが負うものではない。だが、たとえ許しを与えても、灯里は喜ばないだろう。

 

「まあ、尻ぬぐいはしてやるよ。いつものことだしな。この世界のことは、俺に任せておけ」 

 

治療魔術を使い、婚約破棄されたご令嬢たちのフォローはしておいた。けれど失われた命と、傷つけられた心は、幾つもあって。それを償うことは桃矢にも出来ない。


 だから、これから口に出すのは別のこと。二人の間でだけ、通じる会話。


「あぁ、そうだ。あの馬鹿王子から聞いたぞ。タイミングが悪すぎだろ、なんだそれ。本当に、本当にお前は……」


 懐から、それを取り出す。白い封筒に閉じられた、一枚の手紙。


 昭和かよ、と桃矢自身も思う。今時、そんなものを送るやつがどこに居るのか。だが、ことその分野に限っては、自分は不器用すぎた。素直になる方法は、それくらいだという自覚があった。

 

 だから口に出せなかった言葉を、ありったけの想いを綴って閉じた。届けばいい、響けばいいと、らしくもなくそう願って。

 

 何週間もかけて、文章を考えた。書いては消して、消しては書いて。


 そうして花束に、それを添えて。ただ一言と共に、贈ろうと思っていたのだ。

 

 叶うことは無いかもしれない。受け入れられずに、この関係も終わるかもしれない。

 恐ろしさに、眠れない日もあった。物が喉を通らないほどに苦悶した日もあった。

 

 それでも、なけなしの勇気を振り絞ろうと、そう思ったのに。

 

 ――桃矢がそれを渡す機会は、永遠に訪れなかった。

 

「お前の誕生日だったあの日。灯里が消えたあの日にな、俺はこれを贈るつもりだったんだぞ」


 声が震える。溢れ出る想いを必死に堪え、桃矢は言葉を重ねてゆく。

 

 あの日、言えなかったこと。伝えられなかったこと。

 

「俺は、灯里に告白するつもりだったのに……っ!」


 それが、限界だった。頬を伝わり、嗚咽と共に熱い涙が滴り落ちてゆく。


【――そっか、両想いだったんだね】


 あはは、と。力無い笑い声が胸を打つ。

 

【――あたしたちって、馬鹿だよねえ。もっと早く、言っておけば良かったのになあ】


 言葉が出ない、答えられない。

 後悔は先に立たず、もはや愛しい女を抱きしめることも叶わない。

 

 あらゆる魔法を使えても、生と死を超越できても。一度失われた命を、蘇らせることだけは、桃矢にも不可能であった。

 

【――ねえ、聞かせてよ。とーやの書いてくれた手紙の内容を、あたしは知りたいな】


「どんな羞恥プレイだよ。罰ゲームにも程があるだろ」


【――いいじゃん、誕プレだもん。ね、お願い! とーや!】


 ああ、そうだ。その言葉に、昔から桃矢は弱いのだ。

 

 震える指を叱咤し、手紙を開く。

 青臭い言葉、羞恥に悶えそうになる黒歴史。

 それを、ゆっくりと。噛み締めるようにして、想いを告げてゆく。 

 

 ……鼻歌が聞こえる。幸せそうな、歌声だ。


 鳥や虫の囀りすら聞こえない、静寂の中で。ようやく実現した、二人だけの時間の中で。桃矢と灯里は、互いの心を伝えあう。

 

 予感があった。確信があった。

 

 これを読み終わったその時、彼女は消えてしまうのだろう――と。

 

 つっかえながら、終わるなと願いながら。それでも桃矢は言葉を止めない。

 だって、それが彼女の最後の願いだから。これが彼女に伝えられる、最後の機会だから。

 

【――とーや】


 優しい声が響く。いつも一緒に居た、本当に好きだった女の子の、声。

 

いつか、また会える日は来るのだろうか。魂が巡り、無限の時を経た、その先で。あり得ないかもしれない、神ならぬ桃矢には予測すら出来ない。

 

 それでも、もしも奇跡が叶ったら。

運命がそれを許すのなら。


  その祈りを胸に、桃矢はこれから永劫を生きてゆく。灯里が輪廻の果てに幸せを掴むことを願って――この世界を、守り続けてゆく。

 

 やがて手紙は最後の一文、最後の一節。そこに差し掛かった。

 

【――ねえ、とーや】


 風が吹き、花びらが舞う。

 月光に照らされた、桜色の輝きを見つめながら――



【――だいすき】


 

――来栖桃矢は、本条灯里に、永遠の愛を誓った。

お読みくださいまして、ありがとうございます!


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なお、聖女が魔術を授けるのに、最初の聖女はどうやって召還したのか、とか。他国における魔術の扱いとか。裏設定は色々ありますが、その辺りは蛇足になりそうなので、皆様のご想像にお任せいたします。


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― 新着の感想 ―
過程はどうあれ、 最後は『純愛』…。゜(゜´Д`゜)゜。
この世界の聖女を害した奴らは未来永劫苦しんでおけばいい!
因果応報ならこいつらも処刑されるじゃないのが?
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