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サウイフモノニ

作者: ボラ塚鬼丸
掲載日:2026/01/23

 かかりつけの婦人科で紹介状を貰い、数週間前から通っている大学病院の診察室で、素人目にはロールシャッハテストのようにも見えるレントゲン写真を前にして、若い主治医が神妙な面持ちをしている。


「えーと、その、診断結果は……次回ご家族様と一緒にご来院された際にですね、詳しくご説明させていただきたいと思っておりまして……」


 あぁ、この主文後回しの判決を言い渡すような感じ。きっと私の病状は相当思わしくないのだろう。


「あの……夫はそういうコトに興味が無い……というか、無頓着なモノですから、差し支え無ければ今ここで教えてはいただけないでしょうか?」


 私よりも一回りほど年下であろう医師が、困った顔で頭を掻き毟りながら、大きく息を吐き出して私の方に向き直った。


 当然といえば当然だが、患者に病名を告知するコトは非常に気を遣うそうで、若い主治医は過去にソレで患者と揉めに揉めた経験があったらしく、本当に今すぐ告げて良いのか、家族が同席しなくて良いのかと、何度も何度も確認してから仰々しい同意書のようなモノにサインまでさせられた上、渋々私に病名を伝えた。


 主治医に気を遣わせてしまったコトが申し訳なくて、コチラが患者であるにも関わらず「大丈夫ですよ」と逆に励ましながら診察室を後にする。


 大学病院の受付は平日の昼間だというのに混み合っており、若干の待ち時間を要したが無事に会計を済ませて外に出た。


 大きく溜め息をついて、夫にメッセージを送るため、小振りのトートバッグからスマートフォンを取り出す。


『診察終了。子宮癌のステージ4だったよ』


 打ち込んだ後に、こんなコトを無機質なメッセージで伝えるのはどうなのだろうと思い直して全文を削除。


『病院行ってきた 詳しい話は夜にでも話すから』


 文面を当たり障りのない程度の報告に切り替えて送信すると、程なくしてスマートフォンがブルブルと震えた。


『了解』


 現時点では自分の妻が大病を患ってるという事実を知らないとはいえ、ロクに心配もせずデフォルトのスタンプ一つで返信を済ますとは、相変わらず呑気なモノだと思ったが、あの人は昔からそういう人なのだ。


 結婚して15年、付き合っていた期間を含めると、もう四半世紀以上も一緒に居るコトになる。


 高校の同級生だった夫とは、成人式の二年後ぐらいに開かれた同窓会で再会し、社会人に成り立てのグループで食事に行ったり遊びに行っていたのだが、仕事や家庭の都合で一人また一人と集まりに参加できなくなり、とうとう最後まで残ったのが私たち二人なのだ。


 二人しか居ないのに遊びに行くというコトは、世間的に言えば、つまりは交際しているという関係性なのではないかと気付いた時、おそらく夫もそれを察したのか、急に会話が余所余所しくなって視線も合わなくなった。


 当時の私はそれが堪らなく寂しく思えて、このまま自然と会わなくなってしまうのがイヤだったのか、何となく自分からお付き合いを提案していた。


 何となく付き合い始めた私と夫は、私の住んでいたアパートの更新を機に、一緒に住めば家賃が節約出来そうだという理由だけで同棲をするコトにした。


 夫は清掃会社の営業職として働いており、私は大学を卒業してから就職したDPE企業……いわゆる写真屋で働いていたのだが、いつしか写真なんて自宅でもプリントできる上、デジカメやらスマートフォンのストレージに保存するだけのモノに変わって行くと、誰も現像なんかしない時代になり呆気なく人員整理に遭ってしまったのだ。


 何となく付き合い始めた夫と同棲をしていた私は、夫の扶養家族に入った方が再就職して稼ぐよりも節税出来そうだという理由だけで籍を入れるコトにした。


 何となく付き合い始めた関係は、気付けば相手の思っているコトぐらい何となく理解出来るほどの年月が過ぎていた。


 私たちが籍を入れた頃、ちょうど友人達にはローカルなベビーブームが訪れており、出産祝いだけで最新型の冷蔵庫が買えそうなほど家計を圧迫し始める。


 何となく付き合い始めて籍まで入れた私と夫は、子どもが産まれたら今までの出産祝いを取り戻すコトが出来そうだという理由だけで、子作りというモノに励んだ。


 ただ、こればかりはさすがに計画通りにコトが進まず、受診した不妊検査で夫は無精子症だというコトが判明。


「出産祝いは回収出来なかったけど……子どもを大学卒業まで育てるのに、一千万円とか二千万円とか掛かるらしいじゃない? だったら二人でその分楽しく過ごしましょうよ!」


 ……と、自分が無精子症だという現実を突き付けられ、酷く落ち込んでいた夫にどう声を掛けて良いかわからず、その時は取って付けたような慰めをしたモノだった。


 夫が元の調子を取り戻したのはそれから数カ月後、普段通りの他愛もない会話で笑うコトも増えたのだが、実際には未だ過去を引き摺っているのかもしれないという可能性を、私は今でも捨て切れずにいる。


 私たち夫婦は、子どもを授かれないという事実を、何となく忘れるようにして生きてきたのだ。


 一般的に子どもに掛かるであろう費用を自分達のために使おうと決心してから、都内近郊のアパート暮らしから脱するため、郊外に引っ越した夫の実家を改築する計画を立てた。


 毎月の記帳で、残高がリフォームするには十分な額に達した頃には、私も夫も中年と呼ばれる年齢になっていた。


 早速ネットで評判の良さそうなリフォーム業者を入念に調べ、夫の実家に何度も足を運んでイメージ通りの設計で施工が終わろうという段階になると、義妹の旦那さんが経営していた会社が倒産したという連絡が入った。


 資金繰りがどうにも立ち行かなくなり破産したようで、抵当に入っていた自宅も手放し、三人の子どもと一緒に手狭な家屋に引っ越すコトを余儀なくされていたので、間もなく改築が完了する夫の実家には、義妹夫婦に住んでもらったらどうかと提案すると、夫は困惑しながらもそれを受け入れた。


 幸い、私達夫婦が住んでいるアパートの解約手続きはしていなかったので、こちらとしては何も変わらず今の生活を続ければ良いだけの話なのだ。


 正直、私が義父母との同居に自信が無かったコトもあるが、年老いて行く血の繋がらない家族の介護をしなければならない状況に陥るコトも考えていたので、経済的な話を抜きにして、嫁の立場からすれば渡りに船といったところである……と考えるコトにした。


 義妹の旦那さんは、義父母との生活で肩身の狭い思いをするだろうが、私の代わりに人柱になっていただくコトになったのだ。


 仮に義妹が私を余所者扱いして、改築した実家には自分が住んで当然という態度で来られようモノなら少しは抵抗するコトも考えたが、話がトントン拍子で進んで行く最中、義妹からは何度も謝罪と御礼の電話を受け続けるほど、常識も良識もある本当に良い子なので、改築の済んだ義実家には気持ちよく義妹夫婦に収まっていただいたのである。


 義妹は、その後もちょくちょく手土産を片手に私達の住むアパートに顔を出しては、自分が同じ立場なら快く住居を手放せない、義姉さんは優しくて見返りを求めない人格者だなんだと、宮沢賢治の雨ニモマケズが如く私を褒めちぎってゆく。


 そうは言われても、単に私は揉め事を起こしたくない小心者なだけであって、決してサウイフモノになりたかったワケではないのだ。


 そんな経緯もあり、私はもう何十年もずっと同じ生活を続けているワケだが、雨風が凌げて三度三度の食事ができるのだから何の不自由も無いのである。




 病院から帰宅して普段通りの家事をこなし、昼間に病気の宣告をされたコトなどすっかり忘れて、帰宅した夫と普段通りに夕飯を食べていると、ダイニングテーブルの向かいで口いっぱいに物を詰め込んだ夫が『んー!』と一声上げ、手にした箸を振りながら私を呼んだ。


「何よ? 急にお行儀悪い……話したいコトがあるなら飲み込んでからにしなさいよ」


 夫は眉間に皺を寄せ、怪訝そうに租借を繰り返して食事を飲み込むと、捲し立てるように口を開いた。


「いやいやいや、すっかり忘れてたけど、話したいコトがあるのはソッチでしょうよ? んで、病院では何て?」


 普段通りに何となく食事をしていて、すっかり忘れていたのは確かに私の方だった。しかもそんなコトには一切関心が無さそうな夫から、突然話を振られて驚いてしまった。


「あら、そんなに気になる? 私の心配するなんて珍しいコトもあるモノね」


「そりゃそうだろ? 何か重い病気でも見付かったら俺が困る」


 なるほどそうか、そういうコトかと妙に納得してしまう自分もどうかと思うが、この人は長く連れ添った古女房が病気になったら、自分の生活に支障をきたすコトが不安なのだ。


「そうよね……私が入院なんてしたら、あなたのお世話する人が居なくなっちゃうモノね? もしそうなったら、空になったカップ麺の容器と洗濯物の山が目に浮かぶわ」


「失敬な。俺だってお前と一緒に住む前は自炊してたし、洗濯も掃除も得意だよ! ……って、そうじゃなくて、診察の結果はどうだったんだって訊いてるんだよ」


 過去はどうだか知らないが、今のこの人に生活能力があるとは到底思えないけれど、そんなに言うなら心配は要らないのだろう。ならば私は、正直に病気のコトを伝えなきゃなるまい。


「うん。病院の先生が言うにはね……癌だって。子宮癌のステージ4」


「は? ウソ吐け! 医者がそんなコト簡単に伝えるモンか! 普通そういうのは病院に家族呼んで告知するモンだろ?」


 世間知らずだと思っていた夫が、そんな医療現場の常識を知っていたコトが可笑しくて、つい吹き出してしまった。


「ほら笑ってる。やっぱりウソじゃないか! そういう冗談は不謹慎だぞ? それで、ホントのトコはどうだったんだ?」


「ウフフ! 違うのよ、可笑しかったのはウソだからじゃなくて、あなたが意外なコト言うモンだから……」


 笑ってしまった理由を告げて一呼吸置くつもりが、思っていた以上に真顔になっていたらしく、つられて正面の夫の表情が曇る。


「え? まさか……本当なのか? ステージ4って言ったら、末……アレだ、その、何だ、割と進行してるってコトだろ?」


 きっと夫は、ステージ4と聞いて『末期』という言葉を飲み込んだのだろう。慌てふためいている割には私への配慮が出来ているモノだと感心してしまった。


「そうね、世間で言うところの『末期癌』て感じでしょうね? あ、そういえば私、ガン保険って入ってたわよね?」


「今そんなコトはどうでもイイんだよ! 病院、次はいつ行くんだ? 俺も一緒に行くから……それと、誤診ってコトもあるだろうから、セカンドオピニオンとか、ほら、そういうのも調べなきゃならんだろ?」


 食事中だというのに夫の焦り方が尋常ではなく、テーブルの上の食器を落としてしまうのではないかと不安になる程だった。


「もう……そんなに焦っても仕方ないじゃない。次は来週の水曜日の昼間。仕事休んでまで一緒に来たって面白くないわよ?」


「面白いとか面白くないじゃないだろ! 癌だぞ? どうしてお前はそんなに落ち着いていられるんだ?」


 自分の身体のコトならまだしも、私のコトでこんなに動揺する夫が不思議でならない。それとも他に、放射線や抗がん剤で掛かる医療費やら入院費用やらが心配なのだろうか?


 興奮気味の夫を宥め、次回の通院は同行してもらうコトにして何とかその日は収まった。


 翌日以降、夫は普段よりも少しだけ帰宅時間が早くなり、毎日よくわからない健康食品の類を携えて来た。


「毎日毎日こんなに買い込んで来て……無駄遣いじゃない?」


「イイんだよ。やれるコトからやってくんだから」


 所狭しと並べられた健康食品やら野菜ジュースやらサプリメントのパッケージには、『ガンのリスクを低減』だの『免疫力を高めてガンを予防』などと大々的に印字されている。


 今さら予防したところで、もう癌が発症しているんだから仕方がないコトなのだが、それでも私を気遣ってくれるコトは純粋に嬉しいモノだ。


「コレは食前に二錠、それからこのドリンクは食後に一本飲んで……ちょっと! 勝手に食べ始めちゃダメだって!! 野菜にはこのオイルをかけてから」


 料理を盛りつけた食器の他に、夫が買い揃えた健康食品で食卓が賑やかだった。


 こんな乱雑な食卓で食事をしていたのでは、もし子どもが居たとしても、食事中おもちゃで遊ばれたって、きっと咎められなかっただろうな……


 自分の人生が終焉に近付き、こんなタイミングであり得なかった未来に思いを馳せたって仕方がないのだけれど、後悔は無いと言えばウソになるが、夫には別の選択肢があっても良かったのではないかと考えてしまう。


 抗がん剤やら放射線やらの治療が始まってもいないのに、市販のあれやこれやを摂取させられて一週間。とうとう病院に夫が同行する日がやってきてしまった。


「先に言っておくけど、先生に失礼なコトとか言わないでよ? 病気なのは事実なんだし、先生だってちゃんと診察してくださってるんだから」


 待合室の長椅子に並んで座り、順番待ちをしながら貧乏揺すりが止まらない夫に注意を促す。


「俺だってそのくらいの常識はあるよ。ただ、出来る限りのコトはしてもらわなきゃ困る」


 ここで言う『困る』のは、夫自身なのだろうと思ってしまうから心配なのだ。


 コトがコトだけに、きっと先生だって慎重に言葉を選んで説明してくれるだろうから、それを夫が煮え切らない態度のように受け取りかねない不安を拭えないまま、名前を呼ばれて診察室に通された。


「前回からお変わりないですか? 少しでも体調の変化があったら仰ってください」


 若い主治医が緊張した面持ちなのは、きっと私の後ろで夫が険しい表情でもしているのだろう。


「それで! 妻の病状はどうなんですか? 誤診ってコトは考えられないんでしょうか?」


「ちょ、ちょっと! 急に何を言い出すのよ」


 診察室に通されて、まだ一分も経っていないというのに夫が前に乗り出して先生に詰め寄る。さっき失礼の無いようにって、あれだけ注意していたのに……


「奥様を心配されるご主人様の仰るコトもわかります。ただ、これだけハッキリと影が映っているので、正直に申し上げて見間違いであるというコトは考えづらいんですよ……」


 デスクのモニターをこちらに向けて、長時間かけて診察したレントゲンやらCTやらMRIやらの画像を見せながら、先生が丁寧に説明すると、夫は深い溜め息を吐いてようやく押し黙った。


「それで、今後の治療方針についてなんですが……」


「先生! 妻は助かるんですよね? 手術とか……ほら、抗がん剤とか放射線治療とか……やれるコトは、もう何でもやっちゃってください!!」


 夫が落ち着いたところを見計らって先生が切り出したのだが、再び前のめりで詰め寄る。


「ご、ご主人、落ち着いてください……その説明をこれからさせていただきますので」


 先生が両手で制するように、立ち上がる夫を宥める。


「先生……こんなに早くコイツに死なれたら、私ホントに困るんですよ……」


「もう、やめてよ恥ずかしい……先生ゴメンなさいね?」


 連れ合いが死んだら自分の生活が大変になるコトを、わざわざ他所様に大声で言わなくたってと、私は腹が立って仕方が無かった。


「恥ずかしいとか恥ずかしくないなんてどうでもイイんだよ! ……先生、いま妻に死なれたら困るんです。私、まだコイツに何もしてあげられてない……こんな人生で終わらせたくないんですよ。私のせいで子どもも作れない、私の家族のせいで広い家にも住まわせてやれない……コイツだって、もっと幸せになってイイはずじゃないですか! なんで俺じゃなくてコイツが……」


 ……意外だった。これまで自分勝手な物言いばかりしてきたこの人が、このまま私が死んでしまうコトを何より悩み苦しんでいたとは。


「ご主人……ご主人! 仰る通り奥様には最善の治療をさせていただくつもりですから、今日はそのお話をさせてください」


 気を取り直して今後の治療や検査について、先生が私達に説明をしてくれていたのだが、当の私はと言えば夫の心境ばかり考えてしまい、話が右から左へ通り抜けて行くだけだった。


 このままでは一生懸命に説明してくれている先生に申し訳ないと思い直し、いくつか提示された治療法を夫と検討してくれと言う内容と、次回の診療予定だけはかろうじて頭に叩き込んだ。


 病院の診察や会計、処方箋待ちですっかり遅くなってしまった帰り路、バスを乗り継いで自宅付近の商店街に降り立つと、普段以上に口数の少ない夫の隣を歩いているのが心苦しかったが、お付き合いをする直前の余所余所しい夫を思い出して、何だか懐かしい気持ちになってしまっていた。


 病院帰りの私に対し、少しでも家事の負担を減らしてくれようと、まだ夕飯時前で空いている蕎麦屋に入り、二人で鍋焼きうどんを啜る。


 ただ、食事中も私を気遣う言葉を掛け続けている夫が、付き合いたてで緊張していた頃のようで吹き出してしまった。


「な、何がそんなに可笑しいんだ? 俺、何か変なコトでも言ったか?」


「ううん? そうじゃなくて……何だか懐かしくなっちゃって。二人で外食なんて久しぶりだし、あなたも昔みたいに優しくしてくれるから……」


 配膳されてからしばらく経っているにもかかわらず、まだ土鍋に触れられないほど熱い鍋焼きうどんから立ち昇る湯気で、防衛本能によって鼻をすすっているだけかと思ったら、意図せず頬を涙が伝っていた。


「……ゴメン」


「いや、違うの……別にあなたのコト、責めたりしたいワケじゃなくて。だから謝ったりしないで? これは……そう! 嬉しい時のヤツだから、ね?」


 病で心が弱っているのかもしれない。私は元々そんな『しおらしい』態度をタイミング良く取れるほど器用ではないが、意図していないとはいえ今の夫には女の涙が絶妙に効いてしまったようである。


 それでも付き合いたての頃を思い出してしまった私は、店を出るなり昔みたいに夫の右側を歩き、そっと手を繋いだ。


 もう何年も手を繋いで外を歩くコトなんて無かったから、振りほどかれるんじゃないかと思っていたのに、意外にもそのまま自宅まで辿り着いてしまった。


 やはり女の涙が効果的だったのだろう。


 夜になり、そろそろ床に入ろうかという頃、急に昼間の診療を思い出して渡された資料をリビングで開き見た。


「わぁ~治療方法ってたくさんあるのね……え? この免疫療法? って物凄く高いじゃない! あら、放射線とか抗がん剤も新車が買えちゃうほどよ?」


「もう……お前は昔からそうだ。自分の命に係わるコトなんだから、金の心配なんてしなくてイイんだよ!」


 夫は私の方も見ずにそう言うと、リビングでリモコンを掴みテレビを点けた。


「ねぇ、病院の先生から夫婦で治療方法を検討してくれって言われたけど……私、入院とか手術とかしないで、自宅で緩和ケアしようと思うんだけど?」


「は? 何言ってるんだ! しっかり治療して、これからも長生きしてもらわなきゃ……俺が困るんだよ!!」


 強がってはいるが、夫の本心はさっき聞いてしまったから、その言葉だけでも嬉しくなってしまう。


「あ、そうだ! ガン保険て診断されただけでお金貰えるのよね? 治療費に充てないでそのお金で車買いなさいよ! ほら……いつだったか欲しがってたじゃない? あの大きい車」


 我ながら、そんな言葉だけで嬉しくなってしまい、この人の為に何か残してあげようと考えてしまう安上りな女なのである。


「イイ車乗ってたら、新しい出会いがあるかもしれないじゃない? 私が居なくなってみすぼらしくなったなんて思われたくないし……もっとバリっとしたスーツとかも新調して、小綺麗にしたら、きっと周りの女の人も放って……」


「やめてくれ! 冗談でもそんなコト言わないでくれ!!」


 怒られるコトは何となく想像していたが、私が居なくなった後の夫の人生を考えると、跡を濁さずに逝きたいと思うのは当然のコトなのだ。


 夫の怒声で静まり返った我が家は、深夜放送アニメの音声だけが流れており、その内容がトラックにはねられて亡くなった主人公が異世界に転生するという話だったので、夫は「くだらん!」と手にしたリモコンを操作して画面をブラックアウトさせた。


「こんな病気になっちゃってゴメンなさい……でも、出来るだけあなたに迷惑掛けたくないのよ」


「いや、そんなコト……謝るなよ。迷惑だなんて思ってないから。ただ、治療だけはしっかり受けるって約束してくれよ」


 これ以上夫を困らせても仕方ないので、治療方針について話し合い、転移や進行を食い止めるため、子宮摘出の手術は受けるコトにした。


 私の子宮が病気の原因になって、この歳で取り去らなきゃならないとわかっていたら、もっと早くに取っていれば良かったと考えてしまう。


 そうしたら、子どもを授かれないコトであんなに夫を苦しませなかったのに……あなたのせいだけじゃないのよ? 私も子どもを産めない身体なのよ? って、あの時もっと寄り添えた言葉を掛けてあげられたのに。




 翌朝、夫婦で話し合った結論を病院に電話で伝えると、次回の診察で手術についての方針を決めるコトになった。


 診療の日、再び夫も付き添って病院に行くと、手術の日程を伝えられ、翌週から二週間の入院が決まった。


「私が居ない間、レトルト食品ばっかり食べないでよ? それから洗濯物は溜め過ぎないようにして、ワイシャツはクリーニング屋さんに……」


「わかったわかった! 今は俺の心配なんてしなくてイイから、自分の身体のコトだけ考えなさい」


 家を空けているコトが不安でならなかったので、ストレッチャーに乗せられて手術室に移動しながら、夫に事細かく説明しようとしたがそれを制された。


 ストレッチャーが廊下の突き当りまで運ばれ、手術室の自動ドアが開くと、不安そうな顔をして私を見送る夫に手を振った。


 これから開腹して、子宮と付属器をごっそりと取り除かれるコトが未だ他人事のように感じているまま、全身麻酔で程なくして私は意識を失った。


 きっと大変な手術だったに違いなく、何時間経過したかわからないが、気が付くと病室のベッドの上で、傍らには夫が私の手を握っていた。


 麻酔によるせん妄なのか、この時の私は病気のコトなどすっかり抜け落ちており、自分の子宮がもう体内に無いのだという事実だけが頭を駆け巡っていた。


「あなた……ゴメンなさい。私、もう赤ちゃん産めなくなっちゃった」


「……うん。大丈夫だよ……退院して、元気になったら、二人だけで旅行でも行こう」


 夫の温かくて大きな手が、私の手を強く握り、鼻をすすりながら励ましてくれるのが嬉しかったが、一方では申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 赤ちゃん産めなくてゴメンね……


 悲しみと申し訳なさを抱えたまま、握り返す夫の大きな手に安心して、私はまた深い眠りに就いた。


 術後の経過観察は良好で、若干の転移はあったそうだが、抗がん剤や放射線など今後の化学療法を続けるコトになった。




「ちゃんとご飯食べてるの? お洗濯は?」


「だから、そんなコトぐらい俺一人でも出来るってば! 子どもじゃないんだから」


 面会時間ギリギリではあるが、毎日見舞いに来てくれる夫には、都度生活の確認をしてしまう。


 報告を受ける限りでは、簡単な料理で食事を摂っているようではあるが、私が居なくても問題無く生きられているコトが、少し寂しくもあった。


 ホントは私が居ないと何も出来ないぐらいの方が、日々必要とされているという実感が得られたからかもしれない。


 退院の日、夫がレンタカーで迎えに来てくれて、二週間ぶりの我が家に帰って来た。


「ちょっと……何でこんなに台所が汚れてるのかしら? あ! 洗濯物も溜まってるじゃない!!」


「あー、それはこの前、手の込んだ料理をしようとして……洗濯は、ほら、ここ最近天気が悪かっただろ? だから、ホントは今日やろうと思ってたんだよ」


 蛆が沸くような、一時期の男やもめの巣窟にため息が出たが、それと同時に少しだけホッとした自分が居た。この家には、まだまだ私の存在意義はあるのだ。


「帰って来て早々だけど、ちゃっちゃと片付けちゃいましょう! あなたも手伝ってよ?」


「えぇ~? 今日ぐらいイイじゃないか……お前だって病み上がりなんだから」


 私が先陣を切って片付けを始めると、嫌々ながらもそれを手伝う夫が、大きな子どものようで可愛くて仕方が無かった。


 長らく連れ添った夫に対して、こんなにも温かな感情を抱けるのなら、病気になるのも悪いコトばかりではない。


 これまでの生活では、夫に余計な家事をされて逆に手間が増えようモノなら、きっと苛立ちながら片付けをしていたであろうが、今は鏡を見ずとも自分の口角が上がり、自然と笑顔になっているコトがわかるほどだ。


 二週間の入院生活を経て、自分の身体を自由に動かして活動できるコトの有難さを、改めて思い知らされている。


 スポンジで台所の汚れを落としていると、この数週間で塵が積もった私の心も煤払い出来ているようで、退院したばかりであるというのに晴れやかな気持ちになった。




 私たち夫婦は、私の病気を境に過去一番で良好な関係性を築いている。


 手術から約一年。定期的な通院と治療はあるものの、自分の臓器が失くなっている以外は、告知前とさして変わらない生活を送れるようになっていた。


 ただ、正直なところ体調が良いとは言えず、残ったがん細胞にピンポインで放射線を照射するコトもあり、治療後はぐったりしてしまい家事もままならないのだが、そんな時は夫が家のコトをすべてやってくれる。


「ゴメンなさいね? あなたにばっかり家事押し付けちゃって……」


「気にしなくてイイよ。それよりも、最近は俺の家事スキルも向上してるだろ?」


 確かに私が入院していた時に比べると、夫は自ら率先して定期的に洗濯や掃除をしてくれるようになったし、食事も名前の付いた料理ばかりではなく、冷蔵庫の残り物や安い食材でちゃんとした調理が出来るようになっていた。


 それはそれで喜ばしいコトではあるけれども、夫の家事が上達すればするほど自分の存在価値が薄れてゆくようでならない。


「あ、そうだ! 次の検診で調子良かったらさ……旅行にでも行かないか? 通院の付き添いだなんだで会社休んでたけど、取得義務でまだ何日か有給取らなきゃならないらしいんだよ」


 夫との旅行なんて、家族同伴で行かされた会社の慰安旅行ぐらいなので、不意に提案されて緊張が走る。


「え~? イイわよ、お金だってもったいないし……」


「いや、オフシーズンだから、安く泊まれるトコも結構あるみたいなんだよ」


 経済的な理由で回避しようと思ったら、想定内とばかりに畳みかけられてしまった。出世していないとはいえ、さすがは熟練の営業マンである。


 夫は嬉々としてダイニングテーブルでノートパソコンを開き、普段は向かい合って置かれた椅子を片側に移動させ、私と隣り合わせで画面を覗き込み、旅行サイトでいくつものパッケージングツアーを比較し始める。


 結婚前だってこんな風に旅行の計画を立てたコトなど無かったのに、夫は子どものように目を輝かせながら、検索している宿の詳細を声に出して私に聞かせた。


「あんまり高いトコにしないでよ? 今後の生活だってあるんだから」


「そうかもしれないけど、起伏の無い生活じゃお前も退屈だろ?」


 私に対して何もしてあげられていないという夫の本音を知ってはいるが、それでもやはり豪華な旅行に行くコトは気が引ける。


 近い将来、夫よりも先に居なくなってしまうであろう私との思い出が、輝かしければ輝かしいほど夫を苦しめるのではないかと。


「お! ココなんか良さそうじゃないか?」


「おひとり様一泊六万円? やめてよそんなトコ! 二人で泊まったら一日でウチのお家賃より高いじゃない……お金だって無尽蔵にあるワケじゃないんだし」


 夫は私に咎められて、渋々諦めた様子ではあるが、正直どこに泊まろうが私は一向に構わないのである。


 それどころか、夫が私のために色々と考えてくれているコトだけで十分幸せを感じている。


「あなた……ありがとう。ホントに感謝してるのよ? 私」


「何だよ急に……最期みたいなコト言わないでくれよ。縁起でもない。そういうのは、旅行を満喫して帰って来てから言うヤツだろ?」


 確かに夫の言う通りではあるが、今ここで言わずにはいられないほどの気持になってしまったのだから仕方がない。


「ユカちゃん…………死なないでよ……お願いだから」


 夫が真剣な顔でこちらに向き直って呟く。もう何年も夫から名前で呼ばれていなかったので、突然のコトに驚いた。


「フフフ……そっちこそ急に何よ? まだまだ簡単には死ねないわよ、あなたが寂しがり屋だって知ってるもの」


 私に残された時間があとどのくらいあるかわからないが、強がる私の言葉に夫が優しい笑顔を見せた。




「大変申し上げづらいんですが……残念ながら複数個所に転移が見られます」


 私達夫婦が旅行に行けるかどうかの判断を下す検診で、主治医の言葉に夫は絶句していたが、私はそんな気がしていたので慌てふためくコトなく冷静に話を聞き続けた。


 夫には言わずにいたが、ここ数日は下腹部の痛みや血尿もあったので、病気が進行している予兆はあったのだ。


 ただ、今は転移しているコトよりも、旅行を楽しみにしていた夫を落ち込ませてしまうコトの方が辛い。


 せめて夫に最後の思い出を……いや、私が夫との楽しい思い出を残したいのだ。命が尽きるまで、悔いのないよう生き抜くために。


「ねぇ……旅行、行っちゃいましょうよ! 日帰りでもイイから」


 病院からの帰り道、明らかに落ち込んでいる夫にそう言うと、目を丸くして絶句していた。


「先生に相談したら絶対止められちゃうだろうから、もちろん内緒で……ね?」


 唇に人差し指を当てて、夫に悪巧みの提案をすると少し困った表情をしてこちらに歩み寄ってくる。


 あぁ……また怒られるのかと思い身構えていると、夫は骨が軋みそうなほど力強く私を無言で抱き締めた。


「ちょ、ちょっと……恥ずかしいってば! 人前でオジサンとオバサンが抱き合ってるなんて……」


「行こう! お前が行きたいトコなら俺がどこでも連れてってやるから!!」




 そこからの夫の行動力たるや、普段はファミレスのメニューすら決めあぐねている人と同じ人物とは思えないほど、トントン拍子で計画を立て始めた。


 行き先は、結婚前に私の誕生日で行った遊園地。当時はバスツアーでの一泊旅行だったが、私の体調を考慮してレンタカーを借りて日帰りで行くコトになった。


 その遊園地に結婚前に行った時、私は高いところが苦手だったのに、夫はどうしてもアレに乗るのだと、恐る恐る目を閉じた私の手を引き、半ば無理矢理に観覧車へ乗せられたモノだ。


 そして、観覧車が頂上に着いた時に目を開かされ、差し出された指輪とともにプロポーズされた私は、生まれて初めて乗った観覧車の高さによる吊り橋効果も相まって、すんなりとそれを受け入れて結婚したのである。


 きっと夫も、その時のコトを思い出して行き先を選定したのだろう。夫は数日まとめて有給休暇を取得し、着々と旅行の準備を整えてくれた。

 

 私が手を貸そうとすると、お前は当日を楽しみにしてれば良いと完全にお姫様扱いだった。そんなコト、結婚してから一度も無かったから逆に落ち着かない。


 そんな夫を横目に、私はもう他の何も要らないから、旅行が終わるまではこの身体が持ちこたえてくれと祈るばかりだった。


 人が変わったかのようにテキパキとした準備の甲斐あって、あっという間に旅行当日を迎え、夫は朝早くからレンタカーを借りに出掛けて行き、気が付くと私は、祈りも虚しく病院のベッドの上に居た。




 どうやら夫を待っている間に意識を失っていたらしい……借りてきたレンタカーのお陰で、私は救急車を待たずして病院に運び込まれたのだ。


「ゴメンなさい……もう、何も上手くいかなくなっちゃったみたい」


 私の手は暖かく、きっと傍らで夫がずっと手を握っているのだとすぐに理解し、すべてを察して謝罪の言葉が口をついて出ていた。


「はぁ~、良かった……気が付いたか。二日間も目を覚まさないから、ホントに……心配したんだぞ?」


 夫が涙声で私にそう言うと、ずっと握っていた手の力がより一層強くなった。


「旅行……せっかく準備してくれてたのに、台無しにしちゃったね」


「謝らなくてイイよ……俺も、有給取ってお前と……二日間ずっと一緒に居られたから……」


 横に居る夫に目をやると、無精髭の疲れ切った顔で目を真っ赤にして優しく微笑んでいた。


 少しは怒ってくれてもイイのに……そんなに優しくされたら、どんどん自分が嫌になっちゃうじゃない。


 こんな状況でも、夫は冷静にナースコールを押して先生を呼んでくれた。


 検査であちこち連れて行かれ、病室のベッドに戻ってくると、夫と先生が外に出て何か話している。


 きっと病状がかなり悪いのだろう。検査の結果を聞かずとも、自分の身体が自分のモノではないかのように自由がきかないのだから。


「具合……どうだ? 何か、欲しいモノがあったら言ってくれよ」


 夫は相変わらず涙声だ。私の病気が夫を悲しませているのだと思うと、悔しくて堪らなかった。


「欲しいモノ……もう、何も無いわ。もしあるとしたら、あなたが、これ以上悲しまなくても済むようにしたい……」


 思っているコトを口にして伝えるだけで、体力がどんどん削り取られてゆくのがわかる。私の声が届くウチに、夫に伝えられるコトはすべて伝えたい。


「じゃあ……ちょっと目を閉じてて?」


 夫が、握っていた私の手をベッドの上にそっと置くと、私の髪を撫でて目を閉じさせた。


 言われた通りに目を閉じると、夫が病室の中で動き回っている気配を感じた。


 電動でベッドの角度を調整し、やや身体を起こされると夫が私の隣に座って再び手を握られた。


「もう目を開けてイイよ?」


 夫の優しい声で目を開くと、あの日見た観覧車からの景色が目の前に広がっていた。


「旅行、行けなかったけどさ……同僚に頼んでビデオ撮ってきてもらったんだ。ユカちゃん……俺と、これからも……ずっと、一緒に居てください」


 観覧車からの景色が、涙でボヤけてゆく。吊り橋効果なんて無くても、私は夫の言葉に無条件で頷いていた。


「もう……私、こんな身体じゃなかったらなぁ……」


 夫が握る手を見ると、自分の手や腕が痩せ細っていて悲しくなった。


「何、言ってんだよ……お前の手も、指も、昔と全然変わらないから……ずっと綺麗なままじゃないか」


 そんなコト、私に一度も言ってくれなかったのに……


「俺ね、高校生の頃からずっとお前のコト好きだったんだよ? 照れ臭くて言えなかったけど」


「そう、なの? そんな素振り……一度も、見せなかったじゃない」


 口下手な夫が、頭を掻き毟りながら恥ずかしそうに目を逸らした。


「同窓会で再会した時……いつ切り出そうかと思ってたんだけど、全然タイミングわかんなくて……でも、みんなで遊んでた時、次に会う約束できるのが凄く嬉しかったんだよ」


 私も、約束してまた会えるんだと思うのが堪らなく嬉しかったのは覚えている。


「それで、集まれるのが俺とお前だけになっちゃった時、二人で会うコトを拒まれたらと思ったら急に怖くなって……」


 そう、私もそれがイヤで交際を提案したのよね。


「お前から付き合おうって言われて、夢じゃないかって何度も思ったんだ……やっと俺の初恋が報われたから」


 うふふ……ホントはあなたから言って欲しかったけどね?


「だから、プロポーズだけは絶対に自分からしようと思って、慣れないデートコース考えたり何度もシミュレーションしたりして……」


 私が高所恐怖症だってコト、すっかり抜け落ちてたモノね? だからあんなに必死に観覧車に乗せたがったのね。


「それで、やっと結婚できたけど……俺、お前のコトちゃんと幸せにできてるか不安で……子どももできないし、家だって上手くいかなかったし……」


 ううん? 私ずっと幸せだったよ? 言葉にしてくれなくても、どんな時だってあなたは私のそばに居てくれたから。


「だから、俺、お前に言えなかったコト、ちゃんと伝えたくて……」


 何年も一緒に居たら、そのくらい伝わってるわよ……でも、ありがとう。


「ユカちゃん……ずっと……心から愛してるよ!」


 ああ……私は幸せ者だ。大好きな人と同じ気持ちで最期を迎えられるのだから。


 子どもも家も要らない。あなたが私のコト、こんなにも愛してくれてるんだもの。


「病気じゃなかったら、お爺ちゃんとお婆ちゃん、になるまで、ずっと……一緒に居られたのに……ね」


「ずっと一緒だから! 約束する!! 俺、生まれ変わっても、お前とまた……」


 私の隣で、夫は顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら私の手を強く握った。


 こんなに嬉しい次の約束があるだろうか? 嬉し過ぎて、涙が私の頬を濡らしてゆく。


 生まれ変わっても……また一緒に、か。


 もし生まれ変わったら……今度は……


 雨にも風にも雪にも夏の暑さにも負けない、丈夫な身体で、あなたの子どもを欲しいだけ産んで、いつも静かに笑っている……


 そういうものに、私はなりたい。




**********************




 私が居なくなって、夫はしばらく塞ぎ込んでいた様子だったけど、時折私のコトを思い出しては重い腰を上げ、落ち込んではいられないと日常を過ごしている。


 何年か経ち、まだ若いんだから誰かイイ人を見つけろって職場で言われた時、


「いや、約束した人が居ますから」


って……ちょっと格好付けすぎじゃない?


 あなたとまた同じ時代を生きられるように、もう少しだけあなたのコト、そばで見てるからね?



以前NHKの100カメでやっていた

『余命と向き合う人』

という内容の番組を観て書きました。


この作品を読んだあなたが、愛する人に対して今まで以上に優しく接したくなるような気持ちになってくれたら幸いです。

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