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【常世の君の物語】No.15:鳥絵 ~室町時代の近江をおそう飢饉の中でたくましく生きる少年がいた~  作者: くさかはる@五十音


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最終話:一揆


テンの依頼を受けて、さっそくその夜、異朱は荘園領主の館に忍び込んだ。

調べるのは主に警備の者の動向と、橘の居所である。

どのような者が、いつ、どこに配備されているのか、そのとき橘はどこにいるのか――。

調べた結果を、誰がどのように利用するのかは、忍の掟として詮索しないことになっている。


館への侵入を繰り返し十日ほどが経った頃、異朱はテンの前に現れた。

「あらから調べ終わった。詳細はこの紙にしるしてある」

そう言って書状を渡そうとする異朱に、テンは待ったをかけた。

「できれば、書状は私の主に直接、手渡してやって欲しい。得られた情報とともにね」

異朱はしばし沈黙した。

「面倒なことをいう」

「縁をつないでいるのだよ」

テンはそう言うと、能面のような顔をつるりとなでてみせた。


翌日、テンは、鳥絵に異朱を紹介した。

「鳥絵、こちらが、このたび橘の屋敷に忍び込み色々と動いてくれた忍の異朱だ」

鳥絵にむかい、異朱は軽く頭を下げた。

突然紹介された黒装束の男を前に、鳥絵は「はぁ」としか言えなかった。

その様子を見て、テンはからからと笑う。

「なに、恐れなくてもいい。私は、この異朱が鳥絵くらいの年頃だった時のことを知っているが、たいして変わらなかったものだよ」

そう言ったテンを、異朱は目を細めて「おい」と制した。

「まぁ、そういうことだからさ。今回はこの忍の働きで橘の屋敷の警護の様子がおおよそ判明したんだ。それをこの書状に記してある。今から鳥絵はこの書状を父上に見せに行くんだ。何か問われれば、『つてを頼った』と言えばいい。言霊を強めておくから、それで話は通じるはずだ。実際、その言葉は正しいわけだからね、何も臆することはない」

テンはそう説明すると、鳥絵に例の書状を大事そうに手渡した。

「テンや異朱さんが、直接父上と話をつけてくれたらいいのに」

と鳥絵が言うと、「父親というものは、ぽっと出の大人にはたいそう厳しいものだよ。特にそれが息子の紹介だと言われると頑としてきかなくなるものさ」とテンは笑った。


果たして、父を捕まえ、家の最奥にある例の部屋に連れ込み、なかば強引に時間を取らせると、鳥絵は書状を取り出した。

そして、「これ、橘様の館の警護について書かれてある」と言葉少なに説明した。

すると父は、一瞬怪訝な顔をしたものの、そろそろと手を伸ばし書状を受け取りそれを床に広げると、しばらく眺めていたかと思うと顔色を変え、鳥絵の顔をじっと見て、「お前、どこでこれを……」と言った。

鳥絵はテンに言われた通り、「つてを頼った」とだけ、口にした。

すると父は「そうか、お前がなぁ」としみじみ感じ入ったふうに腕組みをして、じっと書面に目を落とした。

どれほどの時が経ったろうか、やがて父は「お前も――」とおもむろに発したかと思うと、一息おいて、「ガキ大将はもうしまいだな。もう立派な大人よ」と告げたのだった。


この頃、荘園領主の橘は、相も変わらず連日連夜、町を訪れる数少ない旅人を屋敷に呼び込み宴に興じていた。

この日の夜も、夕暮れが過ぎる頃になると、橘は既に顔を真っ赤にして、両脇に侍らせた美女たちの胸をもみしだきながら、旅人の土産話に耳を傾けていた。

一刻、また一刻と、その時が近づいていた。

橘は杯を空にしたかと思うとおもむろに「小便に行ってまいる」と宣言してのそりと立ち上がると、よく肥えた体を周囲に支えられながら、そのままのろのろと厠へ向かった。

「今日も酒がうまいのぅ。明日はどんな宴にしてやろうかいのぅ」

そんなことを傍の者にこぼしながら小便をしていると、橘の耳に、常日頃耳にしない妙な物音が届いた。

と同時に、廊下を誰かが走ってくる音が聞こえた。

「ええい、何事じゃ」

橘が苛立ちながら振り返ると、走ってきた者が息を荒くしながら、「大事にございます!町の者等が大挙して押し寄せて来ております!」と告げた。

「なにぃ」

橘は渋面を作り、厠の格子の間から外をうかがった。

するど確かに、大勢の男の声と、地面を打つような太鼓の音が聞こえ、塀の上のあたり、門から奥の方にまで、ずらっと松明の明かりが暗闇に浮いているのが見てとれた。

耳を澄ませると、多くの男たちの、野太い叫び声が聞こえる。


こ、殺される――。

橘は一瞬で己の運命を悟った。


その後の展開は早かった。

やがて舘に集った男衆の手により橘は表にひきずり出され、幸いに殺されることはなかったが、その代わり、館にある食料の分配と、町の者全員の借金を帳消しを書面で約束させられた。

乱闘もあり多少犠牲者は出たにせよ、この直談判は一応の成功をおさめたのだった。


幾日か後、鳥絵は、体調が崩れ宿で臥せっている貴世を見舞っていた。

「テンは、化け物だったんだな」

病床にあり仰向けで天井を眺めていた貴世のしわだらけの目が、すぅ、と細くなった。

「ああそうだ。私がもっと若ければ、もっと助けになれたんだがなぁ」

と、貴世はとぎれとぎれのしわがれ声で言う。

その言いざまは、心の底から悔しそうである。

「何言ってんだよ、貴世さんには本当に世話になったよ。ありがとうな」

返事はなかった。

貴世の魂がどこか遠い別の場所へと旅立ったことを、屋根裏で様子をうかがっていた忍の異朱は、若い頃を思い出しながら一人静かにいたんでいた。


「いいのか、こんなところで油を売っていて。貴世のじいさん、死んだぞ」

町中を駆けまわり居場所を突き止めた当のテンは、町のはずれの神社の境内で、木陰を選んで毛づくろいをしているところだった。

「悪くない最後だったのだろう?それならいいよ」

と、テンは言った。

そうして、「それにしても人の寿命は短いのぅ」と続けた。

「またひとつ、さみしくなるわ」

とも、口にした。


「これで、貸し借りはなしだな」

異朱は、相変わらず毛づくろいを続けるテンの横に座りながら言った。

「ほ、ほ。怪に対して、臆せぬ物言いだな」

そう言ってテンは毛づくろいを中断し、異朱をねめつけた。

「俺も――、もはや人の世では生きられぬ身なれば、な」

異朱は遠い目をした。

「なるほど、な」


気が付けば、夏は盛りを過ぎていた。

大きな大きな入道雲が、抜けるような青い空に浮かんでいる。


鳥絵たちの直訴は世の大事として受け取られ、多くの人々を動かし、やがて京の都にまで伝播した。

後の世の人々は、この騒動を「正長の土一揆」と呼んで言い伝えたという。


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