第5話:父
馬借である父が、夜な夜などこかへ出かけているのは、なんとなく知っていた。
厠にしては長すぎるし、女を買うような金などうちにはないはずだった。
父の行動をいぶかしく思いながらも、当の父は言葉少なに仕事のことを話すばかりなので聞くに聞けない。
そんな日々が続いた、ある日のことだった。
「鳥絵、ちょっと話がある」
そう父に呼ばれて向かったのは、家の最奥の部屋だった。
通りからは一番離れている。
いつもは寝室になっているその板敷の小部屋に、暑いのに男二人膝を突き合わせて座った。
「なんだよ、話って」
鳥絵は父の表情から読み取れるものはないかと、その顔をなめるように見つめた。
「実はな」
と、父はいっそう小さな、聞こえるか聞こえないか分からないほどの大きさで言葉を継いだ。
「我々の町に限らず、近隣一帯の町の馬借が寄り集まって橘様に直談判をすることとなった」
父は淡々と、まるで桶の水が地面に落ちそのまま静かに広がってゆくような勢いで一息に語った。
いきなり「直談判」と言われたって、鳥絵には何のことだか分からない。
「具体的には、何をするんだ?」
鳥絵の質問に父は一瞬、ためらいを見せた。
「橘様の屋敷を、町の男衆みんなで襲うんか」
鳥絵は父の顔をぐっとみつめた。
父は目を細め、しばらく沈黙した後、「そうだ」と短く答えた。
「襲って、どうするんだ。食べ物を奪うんか」
重苦しい空気が、小さな部屋の中に満ちていた。
「それもあるが、違う」
父はここでも、短く答えた。
「今、金貸しに金を借りている者の借金をなしにしてもらうのだ」
「借金を、なしに。そんなことができるんか」
鳥絵は父の顔を凝視する。
「してもらうのだ」
父の有無を言わせぬその口調に、鳥絵は黙ってうなずくしかなかった。
「俺も」
「駄目だ」
あらかじめそうくるとふんでいたのだろう、父の返事は早かった。
「なんでだよ!俺だって戦力になる!」
「お前には!」
語気を荒げた父に、鳥絵は目を丸くし口をつむぐ。
「お前には、直談判の後の世の中を背負って欲しいのだ。若い連中と共にな」
言葉の最後の方で、父はやわらかな視線を鳥絵に向けた。
ずるい。
ずるいよ父上――。
「話は以上だ。仕事に戻れ」
鳥絵はもう、何も言い返すことができなかった。




