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【常世の君の物語】No.15:鳥絵 ~室町時代の近江をおそう飢饉の中でたくましく生きる少年がいた~  作者: くさかはる@五十音


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第4話:橘様


「ここいらで商いをするなら、一帯の領主、橘様を相手にするのが一番なんじゃないかな」

そんな鳥絵の提案を受け入れ、翌日、貴世は橘様の屋敷を訪ねた。

うだるような暑さの中、しばらく待たされた後、屋敷の中から小太りの男が出てきて、自分は案内人だと告げた。

肉付きの良さから、屋敷の者がいいものを食っていることが分かる。

貴世の傍らでかしこまっていた鳥絵は、敵意を気取られないよう、そっと視線を男から外した。


「私は摂津国で商いをしております貴世と申します。日本各地の珍しい物を取り揃えてございます。きっとおめがねにかなう品もございましょう。ぜひ橘様にお取次ぎを」

貴世の慣れた口上に、鳥絵は目を丸くする。

「貴世さんって、すげぇのな」

男が屋敷の中に引っ込んだのを待って、鳥絵はぼそっとそんなことをつぶやいた。

猫のテンが、にゃあと鳴いた。


案内人の男に促され貴世と鳥絵は、屋敷の玄関脇の一室に入った。

そこはいかにも応接用の部屋といった感じで、床の間のつくりから欄間のこしらえまで、名のある職人の手によるものであろうと、素人の鳥絵の目にも分かるほどであった。

「俺、こんな立派な家に入るの、初めてだ」

鳥絵が思わずそうこぼす。

「鳥絵、橘様の扱いは私が心得ているから、君は黙って後ろではべっているようにね」

と、貴世が言った。

自分にもできることがあるのではないかと思い一瞬腹が立ったが、客間に通されただけで気圧されている自分を顧みると、貴世の言い分はまことに正しいように思われた。

やがて、先ほどの案内人の男とは別の男がやってきて、廊下につと両手をつくと、「宴の用意ができましてございます。ご両人、こちらへ」と告げた。


橘某という、ここいら一帯の荘園領主は、なるほど裕福なのであろう、昼間から美女をはべらせ、酒をあおり、大いに太った体を見せびらかすように畳の上に横たえていた。

その様子をひとめ見て、鳥絵は思った。

住む世界が違いすぎる、と。

貴人の扱いに慣れているのか、貴世は顔色一つ変えず、通された広間の中央まで進み出ると、案内人に運ばせた数々の品を橘の前に並べて説明を始めた。

貴世の語りは、商いに関係のない鳥絵の耳をも魅了するほどに巧みであった。

橘はおおいに喜んだ。

部屋の隅で小さくなっていた鳥絵は、場の空気に圧倒されると同時に、何もできない自分の無力さをこれでもかと実感するばかりであった。


宴もたけなわとなった頃、橘が少々疲れを見せながら、ぽつりと言った。

「それにしても、今ここいらは飢饉で大変じゃ。今年の年貢はどうなるのかのう。それだけが心配の種じゃ」

がりがりに痩せた鳥絵の、表皮の上に生える毛という毛が、一気に逆立った。

皆が飢えに苦しんでおるというのに、こやつ、年貢のことしか頭にないのか――。

悔しさのあまり涙がこみあげてきた。

だめだ、おさえられそうに、ない――。

鳥絵が立ち上がろうとしたその時、「では」と、貴世のひときわ大きな声が広間に響いた。

「本日はとても楽しい宴をありがとうございます。それでは、わたくしどもはこれにて」

貴世の、有無を言わせぬ幕引きであった。

橘は十分に酔いがまわっており、たどたどしい口調で「楽しかったぞ」と言ったきりだった。

貴世と鳥絵は、そのまま案内人に導かれるままに、少しの褒美を手に、橘の屋敷を後にした。



夕暮れ、家に帰った鳥絵は、さっそく父に今日あったことを話した。

橘がいかに傲慢であったか、貴世がいかに立派であったか、そして、自分がいかに怒ったか。

父は、言葉少なに「そうか」と言ったきりだった。


「父上は悔しくないんか?橘様は年貢のことしか頭にないようだったぞ。このままでは俺たちはやせ細ってゆくばかりじゃねぇか!」

鳥絵はいきり立って言った。

しかし父の胸ぐらをつかむほどの勇気はない。

「餓鬼は黙っとれ」

父はそう言うと、馬の世話をすべく厩へと去って行った。

鳥絵は怒りがおさまらず、思わず外へと飛び出した。

すると玄関先の門の下に立っていたセツと、ぱっと目が合った。

「あっ、鳥絵!」

鳥絵はセツを凝視した。

間の悪い奴だ。

鳥絵は思った。

「今日はどうしたの?みんな鳥絵を待ってたんだよ?」

セツは混じりけのない笑顔を鳥絵に向ける。

その笑顔が妙に癪にさわり、鳥絵は思わず怒鳴っていた。

「餓鬼は黙ってろ!」

鳥絵のその言葉に、セツは一瞬、全身をびくりとさせたが、しばらく沈黙した後、「じゃあ、もう夕方だから帰るね」とだけ言い、去って行った。

俺は、餓鬼じゃねぇ。

俺は、あいつらとは違うんだ――。

小さくなるセツの姿を背中で見送りながら、鳥絵は自身の内から熱いものがあふれ出るのを感じていた。



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