第2話:貴世とテン
「あ!鳥絵だ!」
セツと共に町に降りると、道端でたむろしていた子供たちが一斉に駆け寄ってきた。
みんな、飢えと暑さにやられて、ふらふらとして足取りがぎこちない。
「おいおい、あまり走るなよ。俺たち、ろくなもの食べてないんだから」
と鳥絵が笑ってたしなめる。
「違いねぇ」
「あー最後に飯をたらふく食ったのは何年前だろ」
「粥でもいいから腹いっぱい食いてえなぁ」
最初の一人を皮切りに、子供たちは口々に食べ物についてこぼしはじめた。
「いっそのこと、琵琶湖の水が全部、鍋になったらいいのにな!」
と鳥絵はみんなに聞こえるように大きな手振りを交え叫ぶように言い放った。
「あぁ、いいなぁ、鍋!食いてぇ」
「食いてぇよぉ」
鳥絵の一声に、子供たちから一斉に恨めしそうなぼやきがこぼれる。
そんな子供たちの顔を一人一人眺めながら、鳥絵は次のように語り掛けた。
「こんな飢饉なんかすぐになくなる。来年の今頃にはきっとたらふく飯が食えるから、今いっときの我慢だ。みんな、頑張ろうな」
鳥絵の言葉に、子供たちは「おう」とか「はい」などと返事をし、笑顔を見せる。
しかし鳥絵は知っていた。
そんな子供たちの中で、ここ一か月たらずで顔を見なくなった者が幾人かいることに。
そして彼らは二度と戻らない場所へと旅立ってしまったことも。
なぜ、こんなことがまかり通っているのか。
この怒りとやるせなさを、一体誰にぶつければいい――。
腹がすいてとっくの昔にまとまった考えなど出来なくなってはいたが、鳥絵は漠然と、そんな思いを抱いていた。
日が高い位置にある間、鳥絵はなんとか子供たちと一緒にいることで、彼らを元気づけようとしていた。
それは翻って、鳥絵に生きる気力を抱かせる行為ともなっていた。
「ただいま」
家に帰ると、父が馬の世話をしていた。
馬はいいよな、草だけ食べてりゃいいんだから。
そんな言葉が口をついて出そうになる。
しかし、そんなことを言っても、きっと楽しい会話には発展しないだろうことは明らかだったので、鳥絵は言葉を飲み込み父に会釈を返した。
「どこへ行っていた?また餓鬼どもと遊んでいたんだろう。お前ももう十六だ、家の手伝いをしてくれないと困るじゃないか。いつまでも餓鬼じゃあないんだぞ。このご時世だ、何か飯の種になるようなものでも――」
「別に遊んでたわけじゃねぇよ。それに餓鬼でもねぇ」
ただでさえ腹がへっているのだ、父の小言につきあう気力も体力も残ってはいなかった。
その場を去ろうとする鳥絵に、父は馬の背を洗いながら、「明日は朝から仕事があるから、お前もつきあえ」と告げた。
果たして翌朝、父はひとつの依頼を請け負った。
依頼人は一人の老人で、名を貴世といった。
白い眉毛が同じ色の髪の毛と交じるほど長い貴世は、一匹の猫を大事そうに抱えていた。
こいつの名前はテンというんだ、と貴世は父の手伝いをする鳥絵をつかまえて嬉しそうに話した。
このご時世に猫を飼えるなんて、どこのお大臣だよ。
と毒づきたくなったが、もちろん依頼人に対してそんなことは言えない。
自分よりもだいぶ肉付きがよく、どこか余裕のある風体の貴世に対して、決して面白いとは思えなかったが、鳥絵は愛想笑いを返しながら、腹の中では早くこの任務が終わらないものかと願っていた。




