尻尾
シャンレンに到着した翌日。
「おはようございます。ミア様。」
私が目を開けると、キラキラした笑顔のトールがいた。
「なんか眩しい。」
笑顔が眩しいとはこういうことなのだろう。
「カーテンを閉めますか?」
「大丈夫。」
優れた観察眼を持つ彼も、さすがに顔が眩しいと思っていたことは分からなかったようで、的外れなことを言ってくる。
「ご朝食は何を召し上がりますか?ベーコンエッグ、パンケーキ、オムレツ。それ以外でもご用意できます。」
なんか、態度は変わらないのに何か違うような、よく考えてみれば前からそうだったような。
私が首をかしげているとトールは嬉しそうに言った。
「私は今、ミア様に心からおいしい朝食を作って差し上げたいと思っています。私がそう心から思っていることを、ミア様は知ってくださいましたものね。」
そんな話だったっけ?と余計首をかしげる。
トールと話しているとなんだか力が抜けてくる。
このまま、彼が世話を焼くままに身をまかせてしまいたいというか。
「オムレツ食べたい。」
「かしこまりました。」
そう言って彼は私の頭を撫でた。
悪い気はしなかった。
トールが狭い部屋で調理する様子を眺める。
彼の場合、なんでも魔法でできるわけではないので、フライパンやボウル、へらを使って調理する。
けれどフライパンを熱したり、水で洗ったり、そういうことは魔法を使っていた。
大した魔法が使えないと言われている獣人ですらこれなのだから、魔法が使えるというのは本当に便利だ。
「さあ、できましたよ。」
「ありがとう。」
あっという間に朝食が小さなテーブルに並んだ。
トールとお祈りをしてから食べる。
「いかがですか?」
「おいしい。」
「それは何よりです。」
トールはニコニコ笑っている。
よく見たら尻尾が左右に揺れている。
あれ、動かせるんだ。
獣人の尻尾が動いているところを初めて見た。
「……ミア様、これが気になりますか?」
尻尾が左右に揺れると思わず目で追いかけてしまう。
「尻尾、動くんだ。」
「もちろんです。手足のように細かくは動かせませんが。」
「今まで動かしてた?」
「いいえ。必要がなければ動かしません。今は、ミア様の興味が引けるようなので。」
笑ったときに動かしていたのは無自覚なんだろうか。
「後でいくらでも見ていただいて構いません。まずはご飯を食べましょうね。」
そう言って、尻尾は止まってしまった。
結局、朝の支度が終わるまでお預けされて、ようやくトールは尻尾をちゃんと見せてくれた。
「触ってごらんになりますか?」
後ろを向いたトールが聞いてくる。
「尻尾触ると痛いんじゃないの?」
人間に尻尾を引っ張られて痛そうにしている獣人をみたことがある。
「いいえ。手を近づけてください。」
トールの尻尾に右手を近付ける。
尻尾が手のひらを通り抜けた。
「わぁ。」
ちょっとゴワゴワしているが、すごく触り心地がよかった。
「これくらいの力なら痛くありません。」
感嘆の声を上げる私にトールはほほ笑んだ。
「これ、髪の毛みたいに整えたらもっとさらさらになる?」
「試したことはありませんが、ミア様がお望みならば。」
そう言ってトールは魔法で毛流れを整え始めた。
「いかがですか?」
「極上。」
トールの尻尾はレベルアップした。
毛流れにそって撫でるとあったかくてサラサラのふわふわという極上の手触りだった。
「今日は忘れずにお弁当を食べてくださいね。」
「うん。」
「あまり暗くならないうちに宿へ戻るのですよ。」
「うん。」
「良いお返事をありがとうございます。それでは言って参りますね。」
「はっ。トール。」
尻尾が離れてしまって我に返る。
触り心地に集中しすぎて、てきとうに返事してしまった気がしつつ、私はトールを呼び止めた。
「いかがいたしましたか?」
「いってらっしゃい。」
「えぇ。行って参ります、ミア様。」
そう言って去っていくトールの背中の尻尾が左右に揺れた気がした。




