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シャンレン

無事にフォークロードを出て少しすると、トールが声をかけてきた。

「ミア様はお昼ご飯を食べましょうね。」

彼は片手で起用に横に置いていたバスケットを渡してくる。

どうやら市場で買っていたらしい。

「ありがとう。トールは?」

「私は後でいただきます。」


町の外壁の外はのんびりした風景だ。

道の周りの木々は伐採されていて開けている。

これによって、魔物が住み着くことはない。

行き交う馬車はたまにいるが、みんな意外とこちらなんて見ていない。

見ていたとしても、多分私を珍しい種族の魔族だと勘違いしている。

すれ違う馬車の御者をしている魔族が、人間には向けないような笑顔を見せてきて、やっぱりそうだと確信した。


「ミア様。食べ終わったようでしたら、いただきます。」

そう言ってバスケットを取り上げる。

トールは片手でサンドイッチをつかむと3口くらいでなくなった。

「早。」

「お見苦しいところをお見せしました。」

「いや、どっちかというと面白い。」

大きなバケットにたくさんの具が入ったサンドイッチが一瞬でなくなったのだ。

魔法みたいでおもしろい。

「それは良かった。」

トールは安心したように笑うと、もう1つあったサンドイッチも平らげた。

彼は基本的に私の倍くらい食べる。


道中の宿小屋に3回泊まって、ようやくシャンレンにたどり着いたのは夜だった。

「うわぁ。きれー。」

夜のシャンレンは息をのむほどきれいだった。

軒下に吊るされた赤い異国風の街灯が風に揺れ、通りごとに柔らかな光の道が伸びている。

水路を渡る橋は朱色に塗られ、星の光が水面に映って揺れていた。

澄んだ水の上を小舟が静かに進み、川面に街の赤や金が波紋となって広がる。

私はしばらくその情景に目を奪われていたが、ふと気になってトールの顔を見上げる。

トールは驚いたような表情で固まっていた。

それでも手を休めることがないのはさすがとしか言いようがない。

彼はシャンレンにも来たことがあるはずだが、そんなに昔と街並みが変わっていたのだろうか。

「トール?」

「あ、ええ。ミア様。ご宿泊はどちらになさいますか?」

私が声をかけるとトールは気を取り直したように言った。

「私は安いところでいいけど。」

「かしこまりました。」

トールは慣れた様子で馬車を走らせると小さな宿屋の前で停まった。


「なんか見たことない料理だ。」

机を中央に移動させて食事をする。

宿で提供されている夕食は、見たことのないものばかりだった。

「すみません。ミア様。以前来たときはこのような食事をしていなかったので、説明ができず……。」

トールは料理の説明ができないことが悔しいようだ。

「いいよ。東の国の料理は独特だけど美味しいって有名だし。」

そう言いながら口にした料理は噂通りとても美味しい。

私を見ていたトールも口にしてからわずかに目を見開いた。

「これは……どのように作っているのでしょうか。私も再現できれば良いのですが。」

「料理人の目線だ。」

道中で食べたトールの料理はとても美味しかった。

本当に何でも器用にこなす人である。

これで世間一般の評価が低いのが不思議だ。


「命令する。私を朝まで抱っこして寝て。」

もうすでに抱っこされてベッドに横になっているのだが、私は相変わらず命令していた。

いい加減、自分の弱さに呆れてしまう。

「ミア様。」

向かい合ったトールが小さく呼んだ。

髪を整えるように、けれどたしかに頭を撫でられて驚く。

必要があって、手を引いたり抱きしめたりすることはあったが、意味もなく触れてくるのは初めてだった。

「どう、したの?」

トールもまた驚いたように撫でていた手を止めた。

「ミア様、落ち着いてください。首輪を付けた魔族は主人を傷つけることができません。」

そう言われてほっと息を吐く。

「ミア様。私は今日、初めてシャンレンの街並みを綺麗だと思いました。何度も来たことがあるはずなのに。」

「そうなんだ。」

何の話だろうと思いつつ相槌を打つ。

薄茶色の瞳がじっと私を見ている。

「そしてようやく理解しました。ああ、あの時の小説の主人公はこんな気持ちだったのかと。」

「なるほど。」

どうやら過去に呼んだ小説の主人公に共感できるようになったらしい。

「今ならわかります。ミア様、あなたは人が怖いのですね。」

トールに穏やかに微笑まれて、私は固まった。

かすかに震える私の手を彼は自分の首元に持っていく。

「大丈夫ですよ。これがある限り、私は何があってもミア様を裏切ることはできません。」

ヒンヤリとした金属の首輪が手に触れた。

人が怖い。

優しい顔をして、次の瞬間には裏切られることをいつも恐れている。

けれど彼は裏切ることができない。

私はようやく力を抜いた。

「そこまで分かってて、どうして……。」

首輪が付いているから信用している、と言っているようなものだ。

なのに、彼は今、私に情を抱いている。

魔族と人間は相容れない全く別の生き物。

その考えはお互いにあるはずなのに、彼は今、私に同族に向けるような親しみを込めた目をしている。

「すべてはミア様のおかげです。」

その口癖を言うとき、彼はどんな顔をしていただろうか。

「街があんなにも綺麗なのも、人を恐れるミア様がこんなにも愛おしく、苦しいのも、すべて。」

トールの茶色い瞳から涙がこぼれた。

こんなに感情豊かな人だっただろうか。

「信じなくていいのです。けれど、この感情は私が心の底から思っているものだと、知っていてください。」

難しいことを言う。

けれど、まぁ、知っておく分には問題ない。

信じるかどうかは別として。

「わかった。」

「ありがとうございます。」

そう言って笑ったトールは、確かに心の底から嬉しそうだった。

「私、そんなにわかりやすかった?」

この病的な人間不信はそんなにはたから見てわかるものなのだろうか。

トールは夜のこの状態こそ知っていたが、それだけで「人が怖いから」という根本的な理由にたどり着けるものなのだろうか。

「いいえ。平和ボケした人間どもはまず気づきません。あなたの近くにいることを許されていない魔族たちも。」

人間どもって、やっぱ魔族の方も人間に対してそれくらいの気持ちなんだ。

「じゃあ、何でトールは分かったの?」

「ミア様はよく人を見ているので。ミア様は私に観察力があるとおっしゃいましたが、それはミア様も同様です。なぜ観察するのか。それは単純な興味関心からとも考えられますが、ミア様の場合、興味関心があるのは美しいものやご自身が心動かされること。どちらかというと他人に興味があるタイプではありません。」

確かに私は他人が恐ろしいが、興味があるわけではない。

「だとすると、私のように後ろ向きな理由しかありません。罰されることが怖いから、他人に害されることが怖いから、人をよく観察する。」

言われて見ればそうなのかもしれない。

私は自分の目の前に現れた人をよく見る。

時々、魔族に対する世間の価値観が自分の価値観と信じられないくらい乖離しているのは、その弊害とも言える。

実際に見る魔族は人間が信じているよりずっと賢くて感情のある尊い存在だから。

「ミア様にとっては後ろ向きな理由からですが、私を見つけてくださってありがとうございます。あなたから語られる私の姿はなんだか立派な人のようで少しむず痒いですが、そのご慧眼に違わぬよう全力を尽くすことを誓います。」

トールはそう言って私の手を取ると、手の甲にキスをした。

「う、うん。あの、ほどほどにね……。」

嫌ではないのだが、なんだか壮大な感じにまとめれて、私は少し落ち着かない気分になった。

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