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安い宿

夕日を描いていることに気づいて、そろそろギルドに帰らなければ、と思った。

私は町を隅々まで歩いた後、街の中心にある広場に座って、本格的に絵を描いていた。

孤児院から持ってきた絵の具セットを広げて、思うがままに絵を描く。

たまに私の絵の様子が気になった人に声をかけれれて、褒められたり、お菓子をもらったりした。

私は手早く絵の具を片付けて、まだ絵の具の乾いていないスケッチブックの画用紙を一番上にして、両手で持つ。

絵の具がよれないように慎重に、でも少し急ぎ足でギルドに向かった。


待ち合わせしていたギルドの入口付近にはすでにトールが待っていた。

「ごめん。遅くなった。」

「いいえ。私も先ほど来たところです。それよりも、そちらの絵を乾かしましょうか?」

トールは仕事終わりだというのに、特に汚れた様子もなく朝見たままの姿だった。

「うん。お願い。」

トールが手をかざすと徐々に絵の具が乾いていく。

髪を直したり、濡れタオルを作ったり、トールは細かい魔法のコントロールが得意なようだ。

「こちらが本日の報酬です。」

トールは絵を乾かす手はそのままに、ポケットから小袋を取り出す。

私の手に乗せられた袋は想像より重い。

中をのぞくと、安い宿なら5泊できるくらいのお金が入っていた。

「うわぁ、すごい。これならどこの宿でも泊まれそう。どこに泊まりたい?」

「もちろん、ミア様のお好きなところに。」

トールはそう言ってほほ笑んだ。


冒険者ギルドの近くは安い宿が多い。

人が多いので部屋が空いているか心配だったが、なんとか一泊できるところを見つけ出して、そこに泊まることにした。

宿は簡単な食事も提供しており、食堂でも部屋でも食べることができるようだ。

「2人分の夕食をお願い。」

私がそう注文すると、

「魔族用の食事も提供しておりますが、2人分でよろしいですか?」

と聞かれた。

私は食堂の隅の床で食べている獣人の食事を一瞥すると、首を振った。

「うちはそういう方針だから。」

注文をとっていたウサギの獣人は少しほほ笑んだ気がした。


トールに食事を運んでもらい、部屋に入る。

「うあー、疲れたー。」

ベッドを見た瞬間、吸い込まれるように飛び込んだ。

そのまま、服も着替えずにゴロゴロする。

「トール。その机、真ん中に持ってきて。」

トールは料理を乗せた机をベッドの近くまで持ってくる。

「で、椅子はそこ。」

そう言って、椅子を机を挟んでベッドの向かいに置かせる。

私はベッドの淵に座ると食事前のお祈りをした。

「よし、食べよう。トールもその椅子に座って食べていいよ。」

「……かしこまりました。」

トールは言われた通り、食事を始めた。

「トールは要領がいいよね。」

「そうでしょうか?」

「今だって、私の食事の作法を真似て見苦しくないようにしてる。」

「これは……ミア様と比べると私の作法は見せられたものではないので。」

彼は椅子に座って物を食べたことがほとんどないと思う。

初めてでこれだけきれいに食べられるのだから器用なものだ。

「それに字も読める。もしかして、本も読んだことがある?」

彼は看板の文字が読めていた。

生きているうちに身に着けたのだろう。

「……はい。読書をする主人は多かったので、荷台に積まれた本を読んだことがあります。」

確かに、働かない人間は余暇が多い。

読書を趣味にする人も多いだろう。

「面白かった?」

「そう、ですね。役に立つことも書かれていました。」

面白くはなかったらしい。

まぁ、小説の類は人間が主人公の話しかないので、感情移入しずらいのだろう。

「そんな優秀なトールは、このまま自由に働くスタイルが一番合ってると思うんだよね。」

良い言い方をしているが、仕事を丸投げしただけである。

「……そうなのでしょうか?」

トールは何と言ったらいいか分からない様子で私を見る。

「そうなんだよ。まずトールは冒険者ギルドで何年も働いているから、私より経験があるでしょ?それに、先輩みたいな優秀な冒険者の魔族も見ていたはず。トールは見たことを真似するのが得意だから、優秀な人を真似して、試行錯誤すればどんどん強くなれるよ。」

私は自信満々にドヤ顔した。

「……ご期待に沿えず申し訳ございませんが、私はいつも強い魔物と戦う前に売られています。強くなるといっても限界があるかと。」

トールは平然と言った。

彼にとってそれは疑いようのない現実なのだろう。

「ふっふっふ。みんなお金を稼いで強い魔族を買うけど、それだと限界がある。自分の頭で考えて、戦術を練ったり、今ある特性を生かす人。そういう人が結局は一番出世するんだよ。」

先輩の受け売りである。

正確には覚えていないが、私は先輩の話を聞いたとき、トールなら私以上に上手くやれるのではないかと思った。

彼にはたくさんの経験がある。いくつものサンプルがある。

おまけに本も読めるとなれば知識だってつめこめる。

それに優秀な考える頭があれば、本当に良い線行くと思う。

「毎回、報酬の半分は必要経費として好きに使ってよ。装備を整えてもいいし、戦術の本とか買ってもいいし、足りなければ食費にしてもいいし。」

「私がそのお金を、堕落したことに使うとは思わないのでしょうか?」

「思わないよ。だってトールは強くなって稼ぐほど、たくさんのお金を手に入れられる。くだらないことに使うより、強くなって報酬を稼げるようになった方が、使えるお金は増える。増えたお金はどう使おうとかまわないけど、君は利益に貪欲だから無駄なものにお金を使わないんじゃないかな。」

文字を読み、本から知識を得る。

「罰されない快適な生活」という利益のために貪欲に行動していた彼が、わざわざつまらないことにお金を使うとは思えない。


魔族は人間に命令されなければ働かない、堕落した生き物だと思われている。

私からすれば当然だ。だって働いても何も得られないのだから。

全く働いていない人間の方がよほど堕落している。


別にライラのように人間と魔族が平等だとは思っていない。

首輪がある限り、我々は不平等だ。

けれど、大多数の人間のように魔族が人間よりはるかに劣る、愚かな生き物とは思えない。

人間と似たような見た目の彼らは、私たちと同じように考え、日々何かを感じて生きているようにしか見えないのだ。

「トールが頑張れば、高級宿にも泊まれるよ。」

私がそう言うと、トールは微妙な顔をした。

なんで?良い宿に泊まりたいんじゃなかったの?

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