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南の街の暮らし

私たちの予想を裏付けるかのように、翌日の新聞には解放派を無理に弾圧しようとする王政に不満を表す記事が載っていた。

王都の教会は封鎖され、関係者以外は立ち入り禁止となったようだ。

その際に教会の管理を任されていたエルフが王族から罰を受けそうになったところ、その場にいた王族に向かって石が飛んできたらしい。

当然、護衛の魔族の魔法で当たることはなかったが、その王族は先生に罰を与えることなく、すぐに帰ったそうだ。

記事は石を投げた群衆を支持している。

最後には『我が新聞社も王家の弾圧に屈せずに、これからも真実を届けるつもりだ。』という文章で締めくくられていた。


先行き不透明な国の様子に不安を抱きつつも、マレッタでの生活は穏やかそのものだった。

おまけにこの街には私が見たことのない景色がたくさんある。

中でも私が気に入ったのは、マレッタの南に広がる広大で美しい海だった。

外壁に区切られることのない海は、広々としていて、果てが見えない。

ギルドでもらった簡素な木船をナギが魔法で動かす。

最初に乗った時トールが普通に手漕ぎで船を動かしたところ、私とナギは船酔いというものになった。

酷くなる前にトールが気づいたので大したことはなかったが、それ以来、船を動かすのはナギの役目になっている。

揺れる波を無視してスーッと水面を滑る船は、馬車とは違った乗り心地でとても快適だ。


船がぴたりと止まったところは、討伐対象の魔物がいると予想されるスポットだ。

当然スポットはトールが予想した。

ナギの魔法で船全体が空気の層に包まれると、そのまま海の中へ潜っていく。

魔法とは本当に便利である。

海の中は青く、緑の海藻や見たことのないカラフルな魔物にあふれている。

浅瀬を泳ぐのは大抵、自ら攻撃してこないような弱い魔物だ。

小さい魚みたいな魔物たちはカラフルな体をひらひらさせながら泳いでいる。

私はその様子を下から見上げるのが好きだった。

穏やかな水面に光が降り注いで波と一緒に揺れている。

その中を色とりどりの魔物が舞っているように見えるのだ。


私が水面を見上げている間にも船はどんどん進む。

そうすると、私たちを見つけた大型の魔物が襲い掛かってくる。

当然攻撃はナギの結界にはじかれた。

討伐対象のクラーケンだ。

体の表面はつるりとしていて、青白く発光している。

足がたくさんついていて、巨大な体をクネクネと動かす様は少し不気味だ。

トールが音もなく船から降りる。

呪文を唱えると、自らの体の周りだけ膜を纏った。

器用に体の周りだけに膜を作っているので、はたから見るとなぜか水に濡れずに海を泳いでいる人にしか見えない。

そうして私が目で追えないようなスピードで迫りくるクラーケンの足を切断する。

何度見ても水の中であの速さで動くトールが信じられない。

ナギは私をしっかりと抱きしめながら、呪文を唱えて応戦している。

それからしばらく奮闘したのち、クラーケンの肉体が砂のように消え去った。

残された特大の魔石を回収して、トールが船に戻ってくる。

「また速くなったんじゃない?」

私は首を傾げてトールを見る。

「この前ナギに教わった魔法を応用して、足を避けるのではなく切断してみました。」

トールは平然とした顔でそう言うが、クラーケンはAランクの魔物だ。

そんなに簡単なことではないだろう。

ナギが船を浮上させ、次に向かう場所もまた、クラーケンの住処だった。

なんとこの街の海での依頼はクラーケンの討伐だけなのだ。

森の方はもう少しバリエーション豊かなのだが、全体的に依頼の種類が少なめだった。

これも冒険者が長期滞在しない要因な気がする。

けれどあまりにも魔物を放置しては、数が増えすぎて街の近くにまで住み着く可能性がある。

豊富な魔力のあるクラーケンもまた、海だろうが陸だろうが生息できるのだ。

だから街は冒険者を歓待し、全力で滞在を長引かせようとしているわけである。


次のクラーケンを倒した後、少し早めの昼食を摂る。

だだっ広い海の上でご飯を食べるというのはまだ慣れなくて、その非日常的な感じが楽しい。

昼食の後はスケッチしたり、浅瀬を泳いだり、水面に浮かんで波に揺られたりなどの遊びをはさみつつ、ぼちぼちクラーケンを討伐した。


日が暮れるよりずっと前に切り上げて冒険者ギルドに向かう。

人口の割に広いので、道を歩いていても全く人に会わない、なんてことがざらにある。

畑で農作業をしている魔族を見かけることはあるが、人間はほとんど見かけない。


冒険者ギルドはなだらかな丘の上に建っていた。

少し周りよりも小高いところなので、見晴らしがとても良い。

屋根には高価な瓦が使われ、紋章を刻んだ金属製の看板が堂々と掲げられている。

周囲の素朴な家々の中で、ひと目で上質だと分かる建物だ。

扉を開けると、磨き上げられた大理石が床に敷き詰められている。

受付カウンターや掲示板に所々伺える意匠は明らかに職人の手によるものだ。

広くはないが上等な調度品に満ちた空間は、冒険者が来ることを心待ちにしていることが一目でわかる。

報酬はAランクの依頼の中でもトップクラスの金額だった。


宿に戻って、トールが手の込んだ夕食の支度に取り込んでいる間、私とナギは庭の花壇をいじる。

キッチンから庭が見える造りになっているので、これくらい離れていても彼ら的にセーフらしい。

二人は誘拐事件の後から、可能な限り私が目に届く場所にいるようにしていた。


何も植えられていないのに綺麗に整えられていた花壇は、宿屋によると好きに使って良いらしい。

言われた次の日から、早速私とナギは適当な種を買って植えた。

成長速度を上げる魔法の土が混ぜられているおかげで、短期間でどんどん成長していく。

そのうちのいくつかはナギの魔法の犠牲者で、茎がねじ曲がったり、あらぬところからとげが生えたりしていた。

強い魔法使いと一口にいっても、得意な魔法と不得意な魔法があり、魔力があるからといって同じように魔法が使えるとは限らない。

ナギがエントから教わったという魔法の実験台にされた植物たちは、多分エントの手にかかればすくすくと成長したのだろう。

今日もまた、ナギは呪文を唱える。

まだつぼみも付いていなかったのにみるみる成長して花が咲く。

今回は成功かと思っていると、その成長は止まることなく、最終的に花弁が大きくなりすぎて茎が折れ曲がってしまった。

「私も色でも塗ってみようかな。」

私は水をやることくらいしかやることがない。

「嫌だなぁ。そんなことをされたら花に嫉妬してしまうよ。」

ナギは壮絶な色気を振りまきながら、怪しく笑った。

花に嫉妬したり人間に恋したり、よくもまぁ自分とかけ離れた生き物にそれほど激しい感情を抱けるものだ。

「全部に魔法かけるとか、やめてね。」

「ふふ。」

ナギは笑うだけで返事をしない。

まあ、私は花にそれほど感情移入できないので、別にいいか、と思った。

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