新聞
のんびりとしたマレッタの暮らしの中で、新聞だけが、ひたすら不安定な世の中の情勢を私たちに伝えていた。
辺境の地といえど、新聞社の魔族が働いていて、魔法によって毎日新聞が届き、配られている。
なんと都市部では誘拐事件が横行しているらしい。
金品を目的としたもので、金を渡せばすぐに解放されるそうだが、あれほど治安の良い世の中だったのに嘘のような話だ。
「どう見ても強硬派の手引きでしょうね。」
トールは呆れた様子で言った。
人々の不安を煽ってもっと解放派の人間を増やすつもりなのだろう。
魔族に働かせれば簡単にお金が手に入る世界には変わらないのだ。
金品を目的とした犯罪などそうそう起きることではない。
翌日の記事を見て、都市部での誘拐は強硬派の仕業だと確信する。
『解放派の一派は魔族の首輪を外し、親し気に会話をしている。誘拐事件の犯人は未だ捕まらない。いつ魔族の首輪が外れるか分からない今、私たちは彼らの思想を取り入れていくべきではないだろうか。』
強硬派はついに、人の見えるところで首輪を外し始めたらしい。
これまでなら異常者として危険視される行動だが、記事は解放派に肯定的だった。
それからしばらくして『解放派の平民数名が王城の茶会に招待された』という記事が出た翌日、ここ最近の中でも一番衝撃的な記事が現れた。
王族主催の茶会にて突然、出席者全員の首輪の契約が切れたらしい。
その場にいた王族やほとんどの貴族たちは魔族に攻撃を受け、解放派の人間だけが無事だったそうだ。
無事だった人間の中に、ライラの名前もあった。
平民で、孤児で、誰から見ても邪気のない彼女の様子を、新聞は褒めたたえている。
彼女のように首輪を自ら外すことで、魔族と対等な関係であることを示すことが必要なのではないかという呼びかけで、記事は締めくくられていた。
「……ライラ。」
目の前で魔族に人間が攻撃されるのを見て、どう思っただろうか。
彼女は心から魔族と人間が平等に暮らすことを望んでいる。
そんな彼女が記事のような光景を目にしたのだとしたら……。
私はどうしてか、私がリーシャに裏切られた日のことを思い出した。
「目隠しを外して生きることは、そう悪いことばかりではないよ。」
ナギがそう言って後ろからそっと抱きしめてくる。
「主様も色々なものが見えるようになって、悪いことばかりじゃなく、良いこともあったでしょう?」
そう言って穏やかに問いかけて来る。
ナギは私の過去を知らないが、もうほとんど詳細に察しているような節があった。
「まあ、今なら、そう思わなくもないような……。」
私は今の自分が嫌いではない。
あの経験を経て、私ができるようになったことを誇らしく思って生きている。
とはいえ簡単にそうとは認めたくないような、私にとって苦い経験だ。
あの人間と魔族は平等だと心から信じている純粋な瞳。
それが歪んでしまったというのは、やっぱり少し惜しい気がした。
翌日、ナギの下に、手紙をくわえた鳥が飛んでくる。
エントからの手紙だろう。
封筒の端が魔法で消え去り、飾り気のない便箋が飛び出てくる。
封筒はキラキラと砂になって消えた。
しばらく手紙に目を走らせていたナギは、私とトールにその手紙を差し出した。
彼らはしょっちゅう文のやり取りをしているが、内容を私たちにまで共有するのは珍しい。
そこにはエントの古めかしく読みにくい筆跡ではなく、読みやすく整った文字が並んでいた。
どうやらアイザックさんが書いたようだ。
『ナギさんへ
解放派の様子を知りたいそうだね。
ご老人に問われて説明したのだが、どうも複雑な人間の情勢は理解しがたいようだったので、代わりに私が筆を執ることにした。
解放派は強硬派一強のムードになっており、新たに強硬派に加わる貴族も後を絶たない。
ただし、彼らは万が一契約が切れた際の魔族の報復を恐れて、形だけ強硬派になっているに過ぎないようだ。
茶会で首輪の契約が切れた原因も誘拐事件と同様に手口が分かっていないため、恐怖は広がるばかりである。
そして、これは私の推測に過ぎないが、おそらく古参の強硬派たちは首輪の契約を強制的に破棄する方法を知っており、それを用いて今回の事件を巻き起こしたのだろう。
誘拐事件に加担したのが我が同胞の一部の解放派だったことを、大変申し訳なく思っている。
翼人たちが持っていた攫う人間のリストは、強硬派が用意したものと思われる。
その対価に金品以外にも、魔法契約を破棄する方法を要求した可能性が高い。
今後とも不穏な彼らの動向を見張りたいが、仕事が忙しすぎてそれも難しそうだ。
国は民の信頼を取り戻すために、誘拐事件の犯人探しに躍起になっている。
騎士団長という任を預かっている私は、ミアさんが攫われた北の大地の近くから離れられない。
強硬派を抑えている暇などできないように、連中が私に仕事を仕向けているのかと疑うくらいだ。
けれど、実際のところ連中の関与はないに等しい。
やつらの企みならいくらでも覆せるが、これは王命で、私は忠誠を誓った貴族としてそれに従うのみである。
あまり考えたくはないが、強硬派は本気で国家転覆を成し遂げるかもしれない。
しかし、あのような過激でだれも見向きもしなかった団体が、本当にそんなことを成し遂げるだろうかと疑っている部分もある。
私は解放派に思い入れがありすぎて、どうも冷静な分析ができない。
君はどう予想するだろうか。
良ければ君の賢い仲間たちにも聞いてみてほしい。
アイザックより』
手紙を読み終えて、私はトールと顔を見合わせた。
多分、同じようなことを考えている。
「ナギ、アイザック様が翼人の兄弟を見つけるのはいつになると思いますか?」
「人間の寿命は100年くらいでしょう?たぶん一生無理じゃないかな。あのエントがいて、まだ見つかってないんだもの。」
ナギは質問の意図が分からないようで、きょとんとした様子で答えた。
「じゃあ、多分、本当に……今の王政は崩れるかも。」
私の言葉にトールが神妙な様子で頷いた。
「そうなの?私にはあまりよく分からないけど。」
ナギがピンときていない様子で首を傾げる。
「ここまで鮮やかにことを運んだ強硬派の手腕を見るに、そう予想せざるを得ません。彼らの最大の抑止力であるアイザック様は、仕事で解放派などかまっている暇はない。その仕事を任せたのが王だと言うのだから、今の王家の危うさは想像に難くありません。」
トールは真剣な表情でそう言った。
「へぇ。そういうものなんだねぇ。大丈夫だよ、主様。この国が住みにくくなったら国外にでも住めばいい。それとも人間のいない森の中とかがいいかな。私の魔法があれば雪山だろうが砂漠だろうが生きていけるからね。」
ナギはのんびりとした様子でそんなことを言った。
強い魔法使いが世俗に疎いのは、こういう考えが根底にあるせいだと思う。
誘拐事件を受けて世の中が変わっていく様子には警戒していたくせに、変化の行きつく先が分かったからか、ナギは余裕そうにしていた。
この人魚からすると国家転覆などなんてことないらしい。




