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命令違反の代償

「ミア、ああ、無事でよかった。」

ぎゅうと抱きしめられる。

教会の敷地内に踏み入れた途端、先生の腕の中に転移していた。

私も抱きしめ返すと、慣れ親しんだ体温が温かくて安心する。


私たちはようやく目的地である王都の教会にたどり着いた。

「この部屋、懐かしい。」

私は先生の腕の中でどうにか視線をめぐらす。

最低限の家具しか殺風景な部屋は、先生の私室だ。

先生と出会ったばかりの頃はよく入り浸っていたが、大きくなってからはあまり入ることもなかった。

「今は教会が全体的に騒がしいので、ここくらいしか静かな場所がなくて。」

先生は全く腕を緩めずにそう言った。

「解放派がこちらの教会を根城にしているとは、本当なのですね。」

私と一緒に部屋まで転移させられたトールが言った。

「ええ。」

私はそう言って頷く先生の表情を確認するが、今は再会できた喜びと、私が無事だったことへの安堵しか浮かんでいない。

「あれって放っておいて大丈夫なの?」

先生は教会の管理を任されているはずだが、無関係の団体に私的に利用されることを許して大丈夫なのだろうか。

「教会に人が集まることはおかしなことではありません。大丈夫ですよ。」

先生はそう言って、安心させるように私の頭を撫でた。

首輪の命令は、案外コツがいる。

本気で自分の思う通り動かそうと思ったら状況に応じて逐一命令しなければならない。

けれど先生の主は全く教会の様子を見に来ないので、どうしても抜け道があるようだ。

「ならいいけど。」

先生が大丈夫なら別に私にとってはどうでもいいことだ。

そもそもこの教会の教えすらよく分かっていない。

教会そのものに愛着はそれほどなかった。

あのステンドグラスが見られないのは少し惜しい気がするが。

「君は首輪の縛りを無視して魔法を使えるのに、どうして放置しているの?些細な存在とはいえ、煩わしいでしょう?」

ナギは不思議そうに首を傾げる。

「首輪の命令に違反する代償は、他と変わりありません。魔力です。私の魔力が豊富だから死なずに済んでいるだけで、簡単に命令を無視できるわけではありませんよ。」

先生は私に怪我がないか、頭のてっぺんからつま先まで確認しながら、ナギに答えた。

首輪の命令に違反することで、魔族は首輪に無理やり魔力を奪われる。

それはひどい痛みを伴い、魔力が完全に枯渇すると、魔族は死ぬ。

奪われた魔力は時間の経過とともに回復するが、完全に枯渇してしまったら、数分で絶命すると言われている。

「どんな代償を払ったって、首輪の罰を受けたまま魔法が使える君は十分化け物だよ。私なんて、首輪に魔力を吸われているときは、這いつくばって動くのがやっとだもの。」

「私からすると、それも十分化け物じみてますよ。罰を受けたまま動くなど、正気の沙汰ではありません。」

トールは少し引いた眼でナギを見た。

豊富な魔力と人魚の丈夫な体を持つナギだからできることのようだ。

そういえばナギと出会ったとき、彼は罰を受けながら娼館の裏口から出た様子だった。

あれはトールからすれば信じられないことらしい。


「……ミア、首輪をしていながら魔法が使える私が恐ろしいですか?」

私は頭ごと先生の腕に抱きかかえられていて、彼の表情をうかがうことはできない。

「……まあ、私は自分の首輪をしている人以外はみんな恐ろしいから。」

私はもともと、先生が首輪をはめた魔族だから近付いた。

人を傷つけないように命令されている先生は、私の首輪を着けてはいないものの、少しマシだった。

けれど主の気が変わればいつだって私を傷つけることができる存在に変わりない。

別に、前と同じようなものだ。

「そうでしたね。」

そう言った先生は少し悲しそうだった。

私は慌てて言葉を重ねる。

「けど、先生は私の恩人であることに変わりないから!それについては他の人とは違うから!」

そう言って今度は私の方がぎゅうぎゅうと先生を抱きしめた。


父親に毒を盛ってしまった私は、人が用意した食事が食べられなくなっていた。

夜は恐怖で眠れなくなっていた。

放っておいたら死んでいた子供を、なだめすかして手厚く世話を焼いて生き長らえさせた。

それが命令による先生の仕事だったとしても、それだけで十分恩人だ。


その上、先生は私が孤児院を出ても生きていけるように、色々な方法を考えてくれた。

飲み物は自分の魔族が用意した水しか飲まないこと。

他人が用意した食べ物を食べるときは、お祈りをして先に相手に食べさせること。

眠るときは必ず命令して、魔族に身辺を守らせること。

この習慣おかげで、私は平然と外を歩けるようになったのだ。


「……大人になるまで生きてみて良かったですか?」

先生は穏やかに、愛おしい者を見るように目を細めて言った。

その様子に、私は孤児院に来たばかりの頃を思い出す。


『どうせなら15までは生きてみては?自分の首輪をはめた魔族なら、あなたでも好きなだけ信頼できる。そういう人が現れてから、生きるか死ぬか考えても遅くないと思います。今死なれるのは面倒なので控えてください。』

孤児院の管理を命じられた魔族は、そう言って無感情な瞳を私に向けた。


「うん。」

私は先生の問いにはっきりと頷いた。

「私、人の用意したお酒を飲んだよ。お祈りもせずにご飯を食べたこともあったし、夜はちゃんと眠れようになった。」

私はもう、自分から生きることを諦めたりはしない。


「……もっともっと長く生きて、好きなだけ世界を堪能してください。私はそれをずっと見ていたい。そのためなら何だってするということが、今回身に染みて分かりました。」

先生はそう言って私の頭を撫でる。

私の身を案じて命令を無視したことは、先生の中でも予想外のことだったようだ。

「まるでこれまでは分かっていなかったような口ぶりだ。」

ナギが少しからかうように言った。

「ナギは分かっていたんですか?」

先生が不思議そうに聞く。

ナギは人の感情を読むのが得意だから、意外と素直に感情が顔に出る先生のことなどお見通しだろう。

「分かるよ。主様と5年も一緒にいて、まともでいられる魔族なんているはずがないもの。」

私は思ってもみなかった判断基準を明らかにされて、思わず笑ってしまう。

「確かに、今回は翼人たちを一瞬でたぶらかしていましたね。」

先生は神妙な顔で頷いている。

「ミア様は魔族を誑し込むのがとても上手でいらっしゃる。」

トールまでもがそう言って、私の頭を撫でる。

私は余計面白くなってしまって、しばらく笑いが止まらなかった。


私は変わった。

10年共に過ごしても、何の情ももらえなかった子供ではない。

人をよく見て、甘え、ねだり、思いやって何かをすることができるようになった。

挙句の果てには誑し込むのが上手いなどと言われて、私がねだらずとも、勝手に頭を撫でてくれる人がいる。

大人になるまで生きてみてよかった。

私は笑いながら、心の底からそう思った。

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