青いバラ
荷馬車でアイザックさんの屋敷に向かう。
門番に名前を言うと、やっぱりすんなりと通してくれる。
バラ園は相変わらず見事で、国一番に違いなかった。
青色が足された庭は、今日のグレイの空模様と相まって、滲んだ水彩画のような儚さを醸し出している。
「弟子と弟子のつがいと孫弟子が来ると聞いて身構えていたが、君たちのことだったか。いつの間にそのような交友関係を広げたのかと思った。」
私たちを見たアイザックさんはそう言って安心した笑みをみせた。
エントとアイザックさんがガゼボの下の一人掛けのカウチにそれぞれ座っていた。
「弟子のつもりだったんだね。」
「つがいって?」
「まぁ、別にかまいませんが。」
私たちは思い思いの反応を見せる。
「まずかっただろうか。」
エントは無表情で肩をすくめた。
「どちらかといえば文通友達じゃない?」
「多分間違ってます。」
「私はなんでもかまいません。」
私たちがそう言うとエントはゆっくりと頷いた。
「全員お前の友達だったな。」
「それは全員に否定されそうだからやめてくれ。もちろん彼らが受け入れてくれるのであれば、
やぶさかではないがね。」
アイザックさんはそう言って笑った。
私たちは彼らの向かいの長いソファに案内される。
3人で座ってもゆとりがある大きなソファだった。
「で、何の用?」
ナギが気軽な様子でエントに話しかける。
「人間のくだらない喧噪のせいで、庭を披露する機会が失われるのは惜しいと思ってな。」
「ふふ。それだけかい?」
「……もちろんだ。その横で私たちは話をするが、別にかまわないだろう。」
「そうだねぇ。少々気が散りそうだけれど。」
ナギはそう言って肩をすくめた。
「騎士団とやらの仕事はどうだ。」
エントは低い声でアイザックさんに問う。
「……北の地の事件の犯人はいまだ捕まらない。世論は騎士団を非難し、私は当然の指摘と思い職を辞そうと決意した。どんなに非難されても騎士団という組織は国に必要だ。私一人の決断で騎士団が動きやすくなるならそれでよいと思ってな。」
全く見上げた大人である。
「けど、お前は今も忙しそうだな。お前の家なのにわざわざ文を出さなければ庭も見に来ない。相変わらず、忙しなく外へ出ている。」
「ああ。私が職を辞する前に、世論の関心は別のところへ移った。魔族との関係性についてだ。」
「お前の好きそうな話だ。」
エントは無表情ながら、からかうような視線をアイザックさんに向ける。
「ああ。多くの人が私と同じ、解放派の中でも穏健派を名乗るようになった。」
解放派はさらに二つの派閥に分かれる。
魔族は平等だから首輪を外そうと主張する強硬派と、首輪を付けていても平等だと主張する穏健派だ。
アイザックさんは穏健派の人である。
「友達が増えたようで良かったな。」
その割に、アイザックさんの表情は晴れなかった。
「いや、私は彼らと話が合わない。彼らはまだ支配者のつもりだ。彼らは魔族に親切ややさしさを与えてやっている。私やミアさんのように相手を伺って、対話して、関係性を築いているわけじゃない。上から慈悲を恵んでやっているという感じだ。」
「首輪を外したがっている人間たちと似ているな。お前はあれと仲が悪い。」
私はライラを思い出す。
彼女も、あまり相手のことを見ておらず、魔族に見当違いな親切をしていた。
自分の思う仲の良さを相手に押し付けていた。
「ああ。けれど彼らと強硬派もまた違う思想だ。強硬派は魔族の首輪を取ることを目的としているが、彼らは首輪を取ることなど以ての外だと思っている。」
「全く逆の考えだな。なぜやつらは結果的に似たような行動を取っている。」
「強硬派は、もともと現状の国家に対する反発から生まれたものだ。今の国があるのは首輪のおかげ。それを廃止することで国家転覆を目論む、きな臭い連中なのだよ。ライラさんのように、本気で魔族との平等を望む者たちではない。」
私は思わぬ話にびっくりする。
確かに、以前ナギと拠点に行ったとき、ライラと他の強硬派に温度差を感じたが、それほど物騒なものとは気付かなかった。
「強硬派が魔族に優しくするのは首輪を外したときに自分たちだけ助かるため。そして、新たに穏健派を名乗る人々もまた、万が一首輪が外れてしまったときに助かるために、魔族に優しくしてやっているのだ。結局のところ、彼らは魔族なんて少し優しくすれば容易く操れる、取るに足らない連中だと思っている。」
アイザックさんは苦々しい様子でそう言った。
奴隷商人はいつまでも見つからない。
いずれ自分も攫われるかもしれない。
その不安に怯えて、救いを求めるように耳障りの良い言葉に流された。
「もちろん、事件をきっかけに魔族への偏見を改めたものもたくさんいただろう。犯人の魔族たちは自ら商売をしていた。命令しなければ働かない無能な生き物などではないと分かるはずだ。人間を奴隷として扱う様子と、魔族を首輪で支配する様子を重ねて、自分たちの行いを反省する者もいるだろう。それは喜ばしいことと思っている。」
そう言うアイザックさんの顔は嬉しそうだった。
「なぜ私たちにそんな話を?」
私はさすがに我慢できずに聞いた。
私たちは基本的に慎重だ。
好奇心は旺盛だが、わざわざ危険な団体に近づいたりしない。
ここへ来るのも渋ったくらいなのだ。
以前のように気軽に関わってはいけないことくらい分かっている。
「それはひとえに君たちの目的地、王都の教会が開放派の根城となっているからだ。」
アイザックさんはそう言って私のほうに視線を向けた。
彼は私と先生の関係を知っている。
誘拐事件で心配をかけた先生に会いに、教会に行くことを予想していたのだろう。
「騒ぎが落ち着くまで、教会に行くのは延期したほうがいいですかね?」
「ああ。君もエルフが心配だろうが、一応は魔族との共生を望む解放派だ。何かされるとは考えにくい。それより人間の君がエルフに会いに来たとなれば、君は否応なしに解放派に絡まれるだろう。」
アイザックさんはそう言って神妙に頷いた。
「なぜそんな話になるのだ。若い者の考えることはよく分からん。」
エントはそう言って、無表情のまま私とアイザックさんを見た。
私には彼こそ、なぜ今の話が理解できなかったのか分からない。
「はあ。君、本当に人間と長く暮らしているの?彼らは魔力の強さが分からない。だからエルフのお膝元である教会内であっても、人間か何かできると信じてるんだ。」
ナギはあきれたようにエントを見た。
エントは咀嚼するようにたっぷり時間を使ってナギ、私、アイザックさんを順に見ると、ようやく理解したように頷いた。
「あいわかった。心配せずとも、教会で何があろうとお前には人間も魔族も手出しできん。エルフが苦も無く守るだろう。」
エントは私を見てそう言った。
確かに突然の話に一瞬弱気になってしまったが、先生は転移魔法をバンバン使うことのできる魔法使いだ。
解放派に気付かれることなく、私と会うことすら余裕かもしれない。
「それで?君はどんな話がしたかったの?」
ナギはそう言ってエントに先を促した。
「人間の娘、お前はアイザックのことをどう思っている。」
何の話だ。
話の流れが分からず顔をしかめる。
つがいだのなんだの、もしかしてこの人はコイバナがしたかったのか?
「嫌っている、のか。」
エントは私の顔を見て無表情だがショックをうけたような声を出した。
「違うよ馬鹿なの。」
ナギは我慢ならない様子で、エントに風の魔法をぶつけた。
エントの長い髪が後ろに流されるが、体はしっかりと椅子に座ったままだ。
トールはいつも通りの微笑で、アイザックさんはなんだか居た堪れないような顔をしている。
「年長者に向かって馬鹿とはなんだ。」
「馬鹿は馬鹿だよ。主様はいきなりすぎる君の質問に戸惑っただけ。人の関係性を勝手に推測するには君には経験が足りなすぎる。」
「若造が魔力が豊富だからといい気になって、少しもんでやろうか。」
そう言って彼らは魔法で上空に飛んでいくとバラ園の上で暴れだした。
「「何がしたいんだ。」」
そう言って私とアイザックさんは二人で顔を見合わせて途方に暮れる。




