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影響

私たちはそれ以上、騎士団に呼び出しされることはなく、早々に事件の残り香の漂うハルヴィクを後にした。

先生に無事を伝えるために王都を最終目的地としつつ、寄りたいところに寄ってのんびり帰ろうという話にまとまる。

一時は半分になった私の財産は、騎士団によって正式に補填され、前より少し多くなったくらいだった。

トールとナギは私のそばを張り付いて離れなくなった。

二人はいつも通りの雰囲気を装いながら、確かに周りを警戒しているのだと思う。

その少しぴりついた雰囲気は、次第に街の中にも広がっていった。


「どうやら犯人は見つける前に、情報を解禁したようですね。」

トールが道端で買った新聞を流し読みして、私にも見せてくれる。

そこには魔族の奴隷商人による誘拐事件の全容が大きく書かれていた。

「そうだねぇ。」

ナギが私の横から新聞を覗き込んで頷いた。

「ナギ、あなたはどうして、あの翼人たちを逃がしたんですか?」

「もちろん慈悲だよ。同じことをやっているのに、魔族だけ罰を受けるのは不公平じゃない。」

奴隷屋敷から街へ向かう馬車の中で、ナギはヨルに早く逃げるように言った。

もしあと一歩遅ければ、彼らは捜索隊に捕まっていたかもしれない。

「……それで、本当のところはどうなんです?」

トールは胡散臭そうに美しい人魚を見た。

「……愛玩用魔族なんて生ぬるい。主様は震えながら立ち向かったのだから、彼らにも震えてもらわなければね。」

ナギはそう言って、私の頬を撫でた。

確かに彼らは捉えられて愛玩用魔族にされても、怒りで震えることはありそうだが、恐怖で震えることはなさそうだ。

しかし、だからと言って逃がしたのはどういうわけなんだろう。

追手に震えるような人たちでもなさそうだが。

「主様は人間だからピンとこないよねぇ。翼人たちはそこそこの強さだった。けれど、あの場所にはもっと圧倒的な強さの支配者がいた。翼人は縄張りを荒らした。彼らを追うのは人間が組んだてきとうな魔族の兵隊じゃない。恐ろしい力を持つ支配者さ。」

ナギはうっとりと笑った。

なんか怖いな、この人魚。

「なぜそんなことが分かるんです?」

トールが不思議そうに言った。

「彼らは御者の獣人に対価を払っていたからね。」

「それって普通のことでは?」

私は首を傾げる。

「普通じゃないよ。強い魔族は、そこにいるだけで対価を払っているようなものだ。あの屋敷の近くなら魔物に襲われることはない。それってすごい対価でしょう?」

確かに、屋敷の周りに魔物は出なかった。

3階の廊下の窓は広く、遠くまで見渡せたが、それでも魔物を見たことはなかった。

「けれど翼人たちは格下の獣人相手に対価を払っていた。だから、あの場所は彼らが守っていたのではない。もっと強い魔族の縄張りだったんだよ。」

「その支配者は、縄張りを荒らされたと怒るような者なのですか?弱い者など我関せずという可能性もあります。」

「労働には正当な対価を。少なくともそういう公平さを求めるタイプだ。弱い魔族に対しても平等。捜索部隊によって、一体どれだけ弱い魔族が脅かされるのか考えれば、彼らが制裁を免れないのは分かるよね?」

あの一体をくまなく捜索されて、一番困るのは首輪を付けていない弱い魔族だ。

首輪のない魔族は問答無用で捕らえられる。

たとえ目当ての翼人でなくても、大手柄だ。

「魔族の世界も意外と窮屈そうだね。」

魔法があるからどこでも自由に生きられるのかと思っていた。

むしろ魔力があるせいで、生まれながらに上下関係が細かくて大変そうだ。

例え首輪をしていなくても、そこまで自由には暮らせなさそうである。

「そうだねぇ。あんな狭いところで、一緒に暮らせる生き物じゃないんだろうね。けれど、人間にばれるわけにもいかなくて、あれはあれで窮屈そうだ。」

あの広い雪の世界が狭いだなんて、やっぱり魔族の世界は大変である。


ぴりついた空気は日を追うごとに強くなるようだった。

新聞の一面にはいつも奴隷商人の行方や騎士団に対する責任問題を追及する議論が載っている。

街の警備は明らかに増え、検問は厳しくなった。

街を歩く人も馬車も減って、人間は必ず自分の魔族を連れている。

「私以外の人間が、人を警戒している。」

私はなんだか不思議な気持ちだった。

前は自分だけ過剰に壁を作っている気分だったが、今はみんなどことなくふさぎ込んでいる。

「これまで感じたことのない脅威に怯えているようですね。少し愉快です。」

そう言ってトールは私の頭を撫でた。

性格の悪いことに、私も少し愉快だった。

「二人が楽しそうで何よりだけれど、人の不安が高まるときって何か大きな変化が起こるよ。今まで考えられなかったようなこと。」

ナギはそう言って私たちをまとめて抱きしめた。

別に不安そうな様子はなく、いつも通りののんびりした感じ。

「私たち警戒のプロだと思うけど、もっと警戒した方がいい?」

「そうですね。人の喧騒の少ない街に家でも買いますか?しばらくそこに籠城します?」

「楽しそうだねぇ。それもいいかもしれない。」

ナギはのんびりとそう言って笑った。


「魔族への差別反対!」

「彼らにも感情があります!命令せずにお願いをしましょう!」

長い長い旅程を経て、ヴァルノワに着いた。

ヴァルノワの中心の大きな広場に近づいたとき、私はその一団の規模がとても大きくなっていることに驚く。

「もしかして、大きな変化ってこれ?」

私はナギに聞く。

「そうだねぇ。人は不安に陥ると、いつもは見向きもしないものに飛びついたりする。これが救われる道かもしれないってね。」

ナギは私に内緒話をするように小さな声で耳打ちする。

それは今まで小さな思想の派閥でしかなかった解放派の運動だった。

彼らは以前見た人数の倍以上に膨れ上がっていた。

通りがかる人の中には、彼らの言葉に興味深そうに耳を傾ける人もいた。

トールが手を引くまま、3人で広場から遠ざかった。

あのままいると勧誘されそうだったのだ。

「バラ園に寄るのはやめておこうか。」

バラ園の主であるアイザックさんも解放派の人である。

あんな大きな変化の起きている最中の団体にからまれたら、今度はただでは済まなそうだ。

予定を変更して馬車に引き返そうとする私たちの前に、通信用の魔法の鳥が現れる。

それはナギの指の先に止まった。

「……エントからだね。」

ナギはアイザックさんのエントに魔法について聞くようになっていた。

彼らは文通友達のように、しょっちゅう文をやり取りしている。

豊富な魔力がなければできない芸当だ。

「やかましい人間たちの喧噪とは無縁だと我が名に懸けて誓うので、バラ園へ来てほしいってさ。多分、主様がバラ園の話をしていることを植物から聞いたんだ。」

どうやら魔法で私たちが街にいることに気付いたらしい。

ナギはエントの使った魔法が分かったことに誇らしげな様子だ。

私はナギの頭を撫でた。

「行っていいと思う?」

魔法使いが名に懸けて誓うなんて重そうな言葉だ。

私が不安になってそう言うと、もう一羽、鳥が今度は私の下に飛んできた。

『ついに青いバラが咲いた。バラ園は常にあっぷぐれーどしている。』

「行こう。」

それは気になる。

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