事件の行方
2日後、私は騎士団の建物に呼び出された。
「少しは落ち着いたかね?」
アイザックさんは気遣うように私を見る。
「はい。もうすっかりいつも通りです。」
私がそう答えると、アイザックさんは感心した様子を見せた。
「君は強い人だな。あのような事件に巻き込まれたら、普通、立ち直るのは大変だ。」
「私はずる賢く立ち回っていたので、あまりひどいことをされなかったんです。」
実際、傷つけられるようなこともなく、それなりに楽しく暮らしていた。
常に恐怖と隣り合わせの生活ではあったが。
「それも含めて強い人だ。捕らわれた人々は皆救出された。けれど、精神をひどくやられてしまっていて、すぐには元の生活に戻れない。国からの保護を受けつつ、いずれ社会に戻れるかどうかというところだ。」
1階にいた人たちは、おそらく2階で精神魔法をかけられすぎて、落ちてしまった人たちだ。
彼らが元気を取り戻すには相当な時間がかかるだろう。
「犯人の魔族の方は、まだ捕まっていない。捜索隊もギルド長も、かなり手こずっている。」
彼らの方が地の利がある上に、魔力も高い。
おまけに空を飛べる。
本気で逃げられたら捕まえるのは至難の業だろう。
「そして犯行の手口だが、彼らは金に目がくらんだ人間と手を結び、攫っても後腐れのなさそうな人物のリストを入手していた。そのおかげで、これまでの犯行はばれなかったようだ。街の中へ洗脳した人間を送り込み、気絶させて攫う。首輪の契約を切って馬車に乗せれば、居場所はばれない。首輪から解放された魔族たちはすぐにどこかへ隠れたのだろう。」
けれどそのリストの中に私がいた。
私は確かに攫っても後腐れのない、人間関係が希薄な人物だ。
身内もいなければ、定期的に会うような人間もいない。
けれど、そのリストは魔族との関係性を考慮に入れていなかったようだ。
「国の上層はこれですべて納得しているのだが、私には納得できない点が2つある。まず、犯人はどのように首輪の契約を切ったのか。首輪の契約は第三者が簡単に切れるものではない。」
「首輪をしていない魔族なら、魔法で契約を切れるのかと思っていました。」
「私もそう思っていたのだが、老練なエントに指摘されたのだ。どのような契約であれ魔法によって成された契約は、第三者が勝手に切れるものではないと。」
「ナギもそう思う?」
私は横に座っているナギに問う。
彼もまた、老練な魔法使いだ。
「そうだねぇ。魔法による契約とはそういうものだ。正当な手順による契約終了か、契約者の死以外では切れることはないよ。」
ナギはいつも通りのんびりとした様子で答える。
「ご老人も同じことを言っていた。」
アイザックさんは難しい顔で頷いた。
「それで、納得できないということのもう一つは?」
ナギはそう言って怪しい笑みを見せる。
瞳はアイザックさんを捉えながら、見せつけるように私の肩に身を寄せる。
「君があの屋敷の状況を魔法で把握したと言うのは本当か?あの屋敷には探索を阻害する魔法など、あらゆる魔法がかかっていた。それを遠距離から、場所どころか内情まで把握するなんてことが、君に可能なのか?」
私の居場所と状況を把握していたのは先生だ。
けれど、国に仕える魔族が、命令を無視して魔法を使っていたとばれたら大変なことになる。
それを隠すためナギが魔法でやったことになっていたが、気づく人がいるとは。
人間は魔法についてよく分からないので、普通なら疑われることはなかっただろう。
「それもお友達のエントから聞いたのかな?」
ナギはからかうように笑った。
「ああ。彼は首輪のない時代を生きたご老人だ。古い魔法使いは簡単に名を明かさない。けれど君は違うね、ナギさん。知識の制限のない時代を生きた魔法使いが、君の使った魔法が分からないと言っていた。」
騎士団長は確信を持ってナギを見つめている。
「……こんなことになるなら、正直に話してしまえば良かったですね。」
トールがほっと溜息をついた。
突然の横やりにアイザックさんは驚いたように瞬く。
「トール。まだまだ魔法のお勉強が足りないみたいだ。」
ナギは言葉の割に嬉しそうに笑った。
「ええ。私はやはり魔法についての見識が狭い。まさか先生がナギやエントも理解できないような魔法を使っているとは思いませんでした。こんなつまらないことで、ミア様の周辺を探られるくらいなら、正直に話せば良かった。」
トールは自分の行いを恥じるように目を伏せた。
「気にするところはそこなのか?エルフの安否ではなく?」
アイザックさんは拍子抜けした顔をしている。
国防のトップである騎士団長が私の経歴を探ることなどたやすい。
もう先生のやったことだとばれていたようだ。
「あれほどの魔法使いが、証拠など残すはずがないでしょう?君の性格から考えると、証拠もなしに進言することはないだろうし。」
「そうだったの?」
私はナギの言葉に驚いて聞き返す。
「そうだよ。主様もトールも、先生を見くびりすぎだ。あれはかばう必要なんてない、厄災みたいな魔法使いだよ。どんな窮地に立たされても、魔法で一瞬で解決できる、おとぎ話の化け物さ。」
ナギはそう言って呆れたように鼻で笑った。
どうやら私たちは、隠さなくて良いことを隠したせいで、痛くない腹を探られてしまったようだ。
「君の言う通り、ご老人にまで足を運んでもらって教会を確認したが、何の証拠も得られなかった。むしろ、こちらは都合の悪いことを探っているというのに、礼を言われたよ。あの子の助けになってくれてありがとうございます、と。つかめない人だが、ミアさんのことをとても大切に思っているようだな。」
アイザックさんはそう言って、優しい笑みを浮かべた。
私はほっと息をついた。
「証拠がなければ、憶測にすぎませんね。私の恩師が憶測で罰せられるのは嫌なのですが。」
私はそう言って、ニヤリと気の合う知人を見た。
「当然、私は騎士団長という立場ある人間なのだから、憶測を上層に伝えるわけにはいかない。よってこの件は、新たな証拠が出ない限りは不問となる。」
お茶目な紳士はこれ見よがしにすました調子で言った。




