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騎士団長

先輩は私からある程度の事情を聞くと、自分の魔族に細かく指示を出して、奴隷商人の捕縛を命令した。

捜索部隊は少し前に出たらしい。

すれ違わなかったのは、あのリスの獣人が上手いこと避けたからだろうか。


私は事情聴取のために騎士団の建物に連れていかれた。

普通なら貴族しか入らないところなので、調度品も内装も品が良く高級なものが使われている。

客間のようなところに通されると、中で待っていた人物に私は驚いた。

「ミアさん。無事なようでなにより。」

そう言って品よくほほ笑むのは、ヴァルノワに国一番のバラ園を持つアイザックさんだった。

「ご心配おかけしました。それにしても、どうしてこんなところに?」

ここはヴァルノワから遠く離れた、ハルヴィクという辺境の小さな町だ。

ヴァルノワの一等地に屋敷を構えるような大貴族が来るところではない。

「このような大事件、いくら騎士団の長と言えども、遠隔から支持を出している場合ではないと思ってね。」

かなりの立場にいる人だろうとは思っていたが、騎士団長だったのか。

騎士団は国の防衛を担う重要な役職。

その長ともなれば、相当な権力者だ。

「誘拐拉致監禁。おまけに、犯人は首輪のない魔族だなんて確かに大事件だが、まさか騎士団長自らお出ましになるとはなぁ。国の重鎮が案外フットワークが軽くて感心したぜ。」

なぜか私たちに付いてきた先輩はそう言って興味深そうにアイザックさんを見た。

「国の重鎮というのも案外暇でね。仕事ついでに気の合う知人に会うために、遠出をするのも悪くないだろう?」

いや、この人はとても忙しいはずだ。

前に会った時も忙しい合間を縫って会いに来てくれたようだった。

「ありがとうございます。」

「なに、気にすることはない。」

そう言って茶目っ気たっぷりに笑う。

相変わらず魅力的な紳士っぷりである。


「なるほど。話に聞いていた通り深刻な事態だな。しかも多くの人がすでに攫われていて、そのことに気付いてすらいなかったなど、騎士として何たる怠慢。このようなことになったのも我が騎士団の甘さ故。心身ともに傷ついたあなたに、心からお詫び申し上げる。」

アイザックさんは私の前に片膝を付き、真剣な表情で謝罪した。

「うわぁ!」

私はあまりのことにびっくりして思わず声を上げる。

貴族が平民の小娘の前に最上位の礼をするなど、あり得ないことだからだ。

「すまない。年若いお嬢さんには重すぎたかな。」

アイザックさんはすぐに立ち上がると、いつもの気軽な調子に戻った。

「捜索部隊はすでに動いている。攫われた人たちもすぐに保護できるだろう。罪人も必ず捕らえる。後のややこしいことは偉い人たちに任せて、君はゆっくり静養するといい。」

お茶目な老紳士はそう言って先輩の方に視線を向けた。

「ああ。お嬢の人脈のおかげで、この仕事の報酬はかなり期待できそうだ。全力で取り組んでやる。」

抜け目ない優秀な冒険者はそう言ってニヤリと笑った。



トールは騎士団の魔族の転移魔法で、次の日には私の前に現れた。

「ミア様。どうぞ無能な私に罰をお与えください。そして叶うのならばもう一度あなたの傍にいることをお許しください。私のすべてをミア様に捧げます。だから、どうか……」

トールは私を見た途端、その場に膝を付いて、懇願するように見上げてきた。

ここは騎士団の詰め所だ。

転移魔法を補助した魔族と、首輪の契約のために待っていた先輩が、変なものを見る目で私たちを見ている。

「あー、うん。分かったから落ち着いて。とりあえずこっち来て。」

私がそう言うと、一瞬でトールが足元に来る。

速すぎて何が起こったのか見えなかった。

「やたら優秀なのを育てたと思ってたけど、いくら何でも方向性がヤバくないか?」

先輩はうろんな目を私に向けながら、トールの首輪に触れた。

「育ててません。勝手にこうなったんです。私のせいじゃありません。」

私も首輪に手を添えて、先輩から目をそらした。

トールは感極まった様子で一心に私を見ている。

尻尾はゆっくりと左右に揺れていた。

トールは必要がなければ動かさないと言っていたが、多分これは感情が極まると無意識に動くものなのだと思う。

契約を終えた私は、視界の端で揺れる尻尾をハシリとつかんだ。

手触りは相変わらず極上である。

「本当に、よく、ご無事で……」

途切れ途切れの声に顔を上げると、トールの瞳はいつもより潤んでいた。

つられて泣きそうになるが、続く言葉に私はぴたりと止まる。

「……ところで、翼人の羽がお気に召したようですが、私がもいできましょうか?ミア様が望むものは、すべて用意して御覧に入れましょう。」

トールは先ほどの表情とは一変して、すっかりいつも通りのキラキラとした笑顔になっていた。

「ほどほどにしとけよー。」

先輩は投げやりな様子でそう言って、さっさと詰め所から出て行った。


夜、そろそろ寝ようかと宿のベッドに寝転がっていた。

騎士団の厚意によって用意された部屋は、辺境の地の宿にしてはそれなりに豪華だ。

けれどベッドは1台しかないので、多分、騎士団長が手配した部屋ではないだろう。

彼ならばベッドが3台ある部屋を用意するはずだ。

「全く、もう少し主様を独占させてくれても良かったのではない?」

私の左側に横になったナギは、不満そうにトールを見る。

「あなたがミア様を独占?どちらか1人なら、選ばれるのは私ですよ。」

トールは私の首元まで布団をきっちりかけてから、余裕の笑みを見せる。

私はどちらかを選ぶところを想像して、そんな状況がそもそも嫌だな、と思った。

目線でバトルしているトールとナギの手に、そっと触れる。

「2人とも、そう簡単には諦められない。契約が切れたのに、もう一度私の首輪を付けてくれた。これってすごいことだよ。私が誰かとこんな関係を作れたなんて、奇跡みたいだと思う。」

どこまでいっても、私との信頼関係には首輪が付きまとう。

それを受け入れてでも、私の傍にいたいと思ってくれている。

彼らの想いが心の中に降り積もって、私はいつの間にか涙をこぼしていた。

暖かい手がそっと目元をぬぐうのを感じながら、私は目を閉じる。


夜は嫌いだった。

目を閉じると、恐ろしい光景が頭の中に浮かんでくる。

世界で一番信頼していた人の、何の感情もない瞳。

どんなに美しいものを見たところで、忘れることなどできなかったというのに。

けれど今私の目の前には、穏やかな夜の闇が広がっていた。

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