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兄と弟

私はナギが提示した分のお金をきっちり払わされた。

私の財産の半分くらいだ。

あの金貨はやっぱりトールが管理していた私のお金だった。

「これがお前が稼いだお金だなんて不思議です。お前が働くところなど想像もできない。」

お館様はそう言って笑った。

「実際のところは、もう一人の私の魔族が稼いだお金です。人間は働きませんから。」

「そうでしたね。」

彼は屋敷の魔法を維持するためにほとんど外に出なかった。

私たちの暮らしなど想像もつかないのだろう。

「ところで馬車でのお見送りサービスはありますか?」

ナギはここまで転移魔法で来たらしい。

2人一緒に転移するには魔力が足りないので、断られたら歩いて帰るしかない。

私はおねだりするような媚びた目をお館様に向けた。

「はぁ。ヨルなら喜んで馬車を出すでしょうね。」

お館様は深いため息をついた。


「これは勝てないな。」

荷馬車の淵にもたれかかっていたヨルは、ナギを見てそう言った。

ナギはずっと守るように私の肩を抱いている。

「おや、こちらの方がよほど……」

「兄さん。こいつら街の手前まで送れって?」

ナギが何かを言うのを遮って、ヨルはぶっきらぼうに聞いた。

「ああ。危なそうならお前はすぐに引き返すように。」

お館様はそう言ってヨルの肩に手を触れる。

ヨルもお館様の肩に手を触れて、向き合った2人は額を軽く触れさせた。

そのまま2人とも目を伏せて、お館様はなにか呟いているようだ。

小さすぎて何を言っているのかは分からないが、それが彼らのお祈りのようだった。

真っ白な世界で身を寄せて祈るそっくりな兄弟の姿は、まるで神聖な宗教画のようだ。

けれど彼らは奴隷商人で、人間を捕まえて洗脳し売り払っている。

見る側面によってこれだけ違うのだから、全く人というものは複雑で困ったものだ。

祈りを終えたお館様はこちらに近付いてくる。

「お前の絵を見るのが好きでした。見たことのない美しい景色の中に、私の知る世界が並ぶことは何より誇らしかった。ずっとそばで私が気付けないこの世界の美しいところを教えてほしかった。」

「ありがとう、ございます。そんなに絵を褒めてくれて。」

私は思わずお礼を言う。

彼が私の絵をそれほど気に入ってくれていたとは知らなかった。

長髪の翼人はアイスブルーの瞳を僅かに見開く。

「行こうか。」

ナギはそう言って私を持ち上げるとそっと荷台に乗せる。

荷馬車のカーテンが閉まる直前、私はお館様が翼をはためかせて空に飛びあがる瞬間を見た。

彼が飛ぶところを見るのは初めてだった。

もっと見ようとカーテンを開けると、彼は館の上を何度か旋回した後、3階のバルコニーに降り立つ。

もう遠すぎて、その表情を伺うことはできなかった。


御者は来た時と同じようにリスの獣人がしている。

私は屋敷のほとんどの場所にいったが彼女はいなかった。

毎回どこかから呼びつけているのだろうか。

「で?館の中を覗いたエルフは、こいつを返せばもう手出ししないんだろうな?」

荷台に座ったヨルは鋭い眼光でナギを見た。

「多分もう君たちなどに興味はないだろうね。」

ナギは少し首を傾けてどうでも良さそうに言った。

私はどういうことだと首を傾げる。

「ああ。主様は聞いてなかったね。主様の居場所を見つけてくれたのは先生なんだよ。居場所どころか状況まで把握していたみたい。」

相変わらず私を後ろから抱っこしているナギは、そう言って頬にすり寄ってきた。

「……そっか。きっと酷い罰を受けたよね。」

先生は教会の外に魔法を使わないように命令されている。

「……すぐに里帰りしてあげれば、元気になるよ。」

ナギは笑ってそう言うと、私の頭を撫でた。

「そのえげつない加護を付けたのもそのエルフか?」

ヨルは私たちの様子を見ながらそう言った。

「そうだよ。君、わざわざ確認したというの?用心深いことだねぇ。」

ナギは少し意地悪な顔で笑った。

どうやら加護は簡単に確認できるものではないらしい。

「普段は軽く見るだけだ。けど、こいつはこんな感じだから、万が一変な加護でもかかっていたら面倒だと思って詳しく調べた。」

「で、えげつないのを見てしまったと。」

ナギは面白そうな様子で笑う。

「あれは、なんだ。」

「分からない。その様子だと君のお兄さんも分からなかったみたいだね。あっさり解放されたのも、そのせいかな。」

「当たり前だ。でなければ人間の首輪をつけたお前など、滅ぼしていた。」

ヨルは怖い顔でナギをにらみつけた。

「どうだろうねぇ。魔力だけで見れば、2人まとめてかかってきたらギリギリ負けそうだ。」

ナギは発言の割に余裕そうな顔をしている。

「けれど、私を倒してしまったら、もっと恐ろしい使者が来るだけだからね。」

そう言ってナギは私を見た。

「トールのこと?」

「そう。あの子は君たちをこんな簡単には許さないよ。少なくとも、主様と同じ目に合わせるくらいのことはする。首輪をつけて、愛玩用の魔族として商人に売りつける。多分、君たちにとってはエルフに一瞬で殺されるより辛いんじゃないかな。」

トールはそんなことするだろうか、と一瞬考えて、確かにしそうだな、と思った。

「トールとやらは、そんなに強い魔族なのか?」

「いや。犬の獣人さ。」

ナギが肩をすくめるとヨルは拍子抜けしたような顔をした。

「犬の獣人なんぞに俺たちが負けるはずもないだろう。」

「ふふ。あの子が来た時点で負けなんだよ。ねぇ、主様。トールだったらどうやってあの屋敷を攻め落とすと思う?」

ナギは期待した様子で私の顔を見た。

「まず先輩に事情を伝えて、警備隊を出動させる。王都のギルドマスターが首輪を付けていない魔族を確認したと言えば、しかるべき部隊が組まれるだろうね。ついでに先輩も連れて行けば、多分、勝手に攻め落とされるんじゃない?」

確かにそう考えるとトールが屋敷に来る時点どころか、トールに居場所が割れた時点で詰んでいる。

「まぁ、私にはそんなこと思いつかないのだけれど。でもそうなると、首輪をはめられたくなければ、今すぐ逃げた方がいいかもね。」

ナギはニコニコの笑顔でそう言った。

「トールは本当に容赦がないよ。同じ魔族だからという慈悲も全然通用しない。あの子は自分の欲望を一番に優先するからね。」

「そんなことある?」

私はナギの言葉に首を傾げた。

どちらかというと私のことばかり優先していて、自分のことは後回しなイメージだ。

「主様のために行動するという欲望さ。」

「なるほど。」

私はナギの言葉に納得した。

「どうやら俺たちはお前を攫った時点で詰んでいたらしいな。」

ヨルはそう言って羽で私の頬をもみくちゃにした。

羽は柔らかくて全然痛くない。

「加護を見つけた時点で、手放す羽目になると分かっていた。兄さんは手遅れだったから、せめて、お前の見た景色をたくさん魔石に閉じ込めた。けど、トールとやらはその置き土産すら俺たちの元に残すことを許してくれないようだな。」

確かに、屋敷を放棄して逃げなければ間に合わないかもしれない。

トールは最良のルートを、最短で進む人だから。

「お前を抱えて、空を飛んでみたかったな。きっとお前も気に入る。今思えばお前とやりたかったことが沢山ある。情が移るのなんか気にせずに、もっと色々なことをして遊べばよかった。」

アイスブルーの瞳が少しだけ悲しそうに伏せられた。

「主様に首輪を付けてもらえばいい。連れて行くとしたら、どちらかといえば君だよ。兄の方が魔力は強いが、君の方がよほど賢い。同じことをしても君の方が余程うまくやる。どうして奴隷の調教は君がやらなかったんだい?」

ナギのいう通り、お館様よりヨルの方がもっと質の良い愛玩奴隷を作れただろう。

魔法を細かく調節することも得意そうだった。

「奴隷は兄を説得するための外に出る理由だ。そんなものどうだっていい。」

ヨルはつまらなそうに言い放った。

まさか奴隷商という商売そのものが、彼の暇つぶしだったとは。

私も攫われた人たちも、ただの暇つぶしであんな目にあったというのか。

「ほら。こんな性根の腐った悪人なら、羽を切り落としても罪悪感はないでしょう?連れて行くならやはりこちらだよ。」

そう言ってナギは私の頬を撫でた。

だからそんなグロテスクなことをしてまで、私は羽を持ち歩く気などない。

「そう。俺は悪人だ。この馬車は足が付くから置いていく。ではな。」

ヨルはそう言ってニヤリと悪そうな笑みを浮かべる。

真っ白い羽が頬を撫でた感触と共に、荷台から翼人が飛び立った。

カーテンがはためく向こうは、見渡す限り一面の雪。

混じり気のない白の羽と光を反射する銀の髪は、あっという間に美しい景色の中に溶けていった。

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